玲香
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
玲香は古びた箱の前で立ち止まって、呼吸を整えた。 目の前には、陰がいる。 ポッカリと空いた眼窩が玲香を覗き込むように見ている。
大丈夫。 私は『山』の養成学校『丘』を首席で卒業したのだ。 他の新人法師と比べたら、マシなはずだ。 それに、いざとなったら、霊刀『照世』がある。 それに、與座に言われたのは、箱を確認する事だけだ。 あとは包みを元に戻せば終わるのだ。 何も問題はない……はずだ。
玲香は、腰にぶら下げている長い包みを触りながら考える。 その中身は『丘』を卒業する際に貰った霊刀だ。『丘』を首席で卒業する者には、自らが選んだ法具が与えられる。 玲香が選んだのは日本刀だった。 新人用の霊刀とは言え、『山の典太』と謳われる刀工が打った刀で、並の妖であれば、その輝きだけで退けられるほどの逸品だ。
玲香は、『丘』を卒業してから、妖と対峙する際、その霊刀に身も心も助けられてきた。 そして、今回も怖気付いた心を落ち着けるために、その包みに触れた。 やはり、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。 あの日、自分を助けてくれた憧れの人と同じ法具を持つ事で、自分もその人に近付いているような気がした。
玲香は、幼い頃から普通の人と違う世界で生きていた。 自分が当たり前に見えるソレらが、実は自分にしか見えていないという事に気付いたのは、小学校に上がった頃だった。
「冷蔵庫と壁の間に、ペラペラの身体をした黒い人がいる」
玲香は、目に見えた事をそのまま話しただけだったが、両親はそれをやんわりと否定した。
「いいかい? 玲香ももう小学生なんだから、そういう嘘を付くのはもう卒業しようね?」
父は、玲香の頭を撫でながら、優しく諭すように言い聞かせた。
「そうよ。 そういう嘘を吐かなくても、私達は玲香の事が大好きだから、ね?」
母も、笑顔で同意した。 両親は、玲香がかまって欲しくて嘘を吐いていると思ったのだ。
両親が、笑顔で玲香を否定した時、冷蔵庫の隙間にいた黒い人が笑っているように見えたのが、たまらなく怖かった。
それからは、ソレらが見える事はひた隠しにして生きていた。 ソレらにも見える事を気付かれないように、無視をして生きていた。 あの日までは……。
それは、玲香が小学五年生になった時だった。
高学年になり、部活に入る際に体験入部として、希望する部活を体験する日だった。 玲香はバスケ部を選んだ。 理由は、NBAにロサンゼルス・レイカーズというチームがあると知ったからだ。 自分の名前に似ているチームがNBAにある。 それだけで、自分はバスケをやるべきなのだと考えた。
だが、それが間違いだった。
体育館シューズを履いて、数人の希望者と共に体育館へと向かった。 顧問の先生は、普段、三年生の担任をしている若い男性教師だった。 一通りの説明が終わった後、パス練習が始まった。 バスケは、体育でやった事があったが、部活というだけで、とても新鮮な気持ちになれた。 その日の練習は、パス練習の後、ドリブル練習を行い、最後にシュート練習の流れに決まっていた。
異変が起きたのはシュート練習の時だった。
シュート練習の時、顧問から「一人ずつ打つように」と言われたにも関わらず、打ちたい気持ちが逸り、コートの両サイドと真ん中の三列で並んでいた三人が、同時にシュートを打ってしまった。
その時はみんなで笑い、「しょうがないなぁ」と順番を決めて一人ずつ打つ事となった。 ……にも関わらず、同時に打つ者が再び現れたのだ。 しかも、ボールの軌道から、決められた三箇所以外から打っていると思われた。
玲香は思わず、誰が邪魔しているのかと、シュートが打たれた方向を見た。
そこには、首から上がないユニフォーム姿の子供が立っていた。
「ひっ!」
思わず声を上げる。
「へぇ、見えてるんだ……」
テンテンとボールの弾む音に紛れて、声が聞こえる。
声の方に振り向くと、ショートカットの少女……の頭がボールのように弾んでいた。 首のない身体が、頭をバスケットゴールに向かって投げていたのだ。
にぃやぁあ。
少女の口元が嫌らしく歪み、……笑った。
「また後でね……」
少女の頭と首なしの身体は、そう言い残して消えていった。
玲香は、ガタガタと震えが止まらなかった。
部活が終わり、みんなで着替え、下校となった。 集団で歩いていると、校門の前で夕日をバックに立っている人影があった。 玲香は部活中のショックから立ち直れないまま、そこを通り掛かった。 そして、その人影を間近で見た時、心臓が止まりそうになった。
夕日をバックに立っていた人影は、先程、体育館にいた首なしだった。 首なしは、頭を抱えた状態で玲香を待っていたのだ。
「……ふふ、見えてるんでしょ?」
再び、問いかけてくる首なし。
「……ねぇ、見えてるんでしょ?」
「……」
玲香は下を見ながら歩き通り抜けるが、ずっとついてくる。
「ねぇ、見えてるんでしょ?」
「……」
ひたすら無視して、みんなと歩く。 ……が、やがて、一人二人といなくなり、玲香一人になった。
「……ねぇ、新しいボール、ちょうだい……」
下を向いて歩き続ける玲香の顔を覗き込むように、少女の顔が差し出された。
「ひっ!!」
思わず、のけ反りながら声が漏れる。
「きゃはははは! やっぱり見えてるんじゃん」
首なしが笑った。
玲香は足に力が入らず、駆け出す事が出来ず、軽く後ずさる事くらいしかできなかった。
「……邪魔」
その瞬間、首なしの姿が掻き消えた。
首なしのいた位置の少し後ろに黒髪の少年がいた。中学生くらいだろうか?黒い学生服を着ていた。異質なのは、その手に日本刀が持たれていた事だった。
玲香が見た時、少年は日本刀を鞘にしまうところだった。 にわかには信じられない事だったが、その少年が首なしを斬ったとしか思えなかった。
「はぁはぁ、隼斗君、急に走らないでくださいよぉ」
その後ろから、息を切らせて女性が走ってきた。白いブラウスに黒いスーツの女性だった。 にも関わらず、靴が真っ白なスニーカーというところに違和感を覚えた。
「ん」
少年が女性の方を向きながら、玲香を指差す。
「……金の卵」
「え?」
女性が驚きながら、玲香を見る。
「磨けば光る。 いい法師になる」
少年は、女性にそう言った。
そこからは、あまり覚えていないが、その二人と共に家に帰り、女性と両親が話し合っていた事だけは覚えている。 その後、中学を卒業したら『山』という政府公認の機関が運営する『丘』という学校に通う事が決まった。 その女性は、『山』の営業だという事だった。
『丘』に入り、隼斗と呼ばれた少年が巨大な霊力を持ったエリート法師だと知った。 玲香は隼斗に憧れ、いつか隼部隊に入れるように、精進してきた。 そのおかげか、『丘』を首席で卒業できたのだ。
こんなところで怖気付いている暇はない。
そう思った玲香は、陰を見ないように包みの端を掴む。 その手は震えていた。 大丈夫だ。 サッと包みを結んで、與座の所へ行き、『童箱』だったと伝えるだけだ。 後は、與座の指示に従えばいいのだ。 だが、気持ちと裏腹に手は震える。
あっ。
と、思った時には箱の装飾に手が当たってしまっていた。
一気に血の気が引いていく。
身動き取れずに、固まっていると装飾が衝撃でグラつき、……取れた。
ガチャリ。
嫌な音が響く。
箱は、……箱だったものに変わっていた。 玲香が触れてしまった装飾こそが、箱を開けるための、最後のカラクリだったのだ。
陰が笑った……ように思えた。
典太:平安時代の刀工。光世のこと。三池典太光世とも呼ばれ、多くの名刀を残した刀工。その刀には魂が乗り移り、魔を追い払う能力があると言われている。




