陰
すいません。少し短めです。
その部屋は、カーテンのせいで薄暗く、不気味な雰囲気となっていた。 中央にはテーブルが置かれており、その上に薄汚い布の包みが鎮座していた。 明らかにそれが『呪いの箱』なんだろう。
「術式が組み込まれてますね……」
與座の連れが呟く。 へぇ、術式なんてものが組み込まれてるんだ。
……どんな?
「どんな術式が組み込まれてるんですか?」
「……おそらく、呪いを抑えるための術式ですね。 あの布に包まれている間は、呪いが発動しないようになっているようです」
「って事は、過去にそういう術が使える人間が、対処した事があるって事ですか?」
「……おそらく、この呪いを伝えた人間が、そういう対処法も使っていたという事でしょう。 じゃないと、自分にも被害が出てしまうので……」
なるほど、そういう事か。
それにしても、あの包み……。 事前情報のせいか、嫌な雰囲気がする……。 なんとなく、キキも警戒しているように……は、見えないな。 なんか、興味津々に見ている。 緊張感がまったく感じられない。
「あなたは、そこから『箱』に近付かないようにしてください。 それと、そこで包みを凝視しているメイドもです。 何が起こるかわからないので……」
與座の連れは、そう言って包みに近付く。
「あの……電気付けるか、カーテン開けてもらってもいいですか?」
動画のネタにするのであれば、しっかりと見ておきたい。 薄暗いと細かいところがわからないので、動画を作る際にモチベーションが落ちる。 與座の連れは、ため息を吐きながら答えた。
「……ご自由に」
僕は、電気を付ける事にした。 カーテンを開けるには、包みの近くに行く必要があるが、電気のスイッチは出入口の近くにあったからだ。
與座の連れが、深呼吸をしている。
そして、そっと包みの結び目に手を掛け、結び目を解いた。
その瞬間、包みの中から黒いモヤが一気に吹き出した。 一瞬、與座の連れが黒いモヤの中に消えたが、しばらくするとモヤが消えた。 與座の連れにも黒いモヤに纏わり付かれている部分はなさそうだ。
触らなければ大丈夫なんだろう。
そこには黒ずんだ木製の箱があった。 なかなか、凝った意匠のデザインの装飾が見える。 あの装飾を動かす事で箱が開く仕組みだと與座は言っていた。
そう思いながら、包みの中を見ていたところで身体が硬直した。
今まで、誰もいなかったはずの包みの後ろに人が立っていた。
赤い柄の白い着物を着た女性だ。 俯いているため、長い髪が顔を覆い隠すように垂れ下がっている。 ユラユラと立っている。 その女性から黒いモヤが溢れているように見えた。 嫌な感じがする。 とは言っても、初めて完全体のキキを見た時程ではなかった。
與座の連れが、後ずさる。
白い着物を着た女性は、よく見ると赤い柄ではなく、白い着物が血で染まったものだと気付く。 ソレはゆっくりと顔を上げ始める。
……ゴクリ。
部屋の中に息を呑む音が響く。 その音が、自分が出したのものなのか、與座の連れが出したものなのかはわからない。
少しずつ、顔が上げられ、髪で隠れていた顔が見え始める。
その両眼があるはずの場所には、ポッカリと暗い空洞があった。 そこから、まるで涙の跡のように血が流れているように見えた。 その空洞に吸い込まれそうな錯覚を覚える。
……深淵だ。
それを覗く時、それもまたこちらを覗いているのだ。
見ている。
眼がないはずなのに……、ただの空洞のはずなのに……、向こうには見えていないはずなのに……。
それでも、アレはこちらを見ている。 ポッカリと空いた空洞で……。 ……間違いない。
「……大丈夫。 触らなければ問題ありません」
與座の連れが、静寂を破った。
「……確認しました。 間違いなく、これは『童箱』です」
そして、自分で確認するように呟く。
僕は、彼女がこちらを見てもいない事を知りながら、頷く事しかできなかった。
與座は連れが、ゆっくりと箱に近付く。 箱を再び布で包むつもりなのだろう。
……アレに見られながら?
正気の沙汰じゃない。 彼女は出来るのか? 僕には無理だ。 正直、さっさとここから出て行きたい。 箱の姿も見た。 もうここに用はない。
用はない……はずなのに、足が動かない。
與座の連れが、布の端を手に取った。 その手が微かに震えているような気がする。 無理もないだろう。 そんな彼女の顔を覗き込むようにアレが顔を近付けている。 昔のキキが近藤に顔を近付けていた時の事を思い出す。
……ガチャリ。
嫌な音が響いた。
その瞬間、アレの口角が上がった。 笑っているのだ。 與座の連れの動きが止まっている。
……何が起きた?
僕は、與座の連れが包もうとしている箱が見える位置まで、回り込んだ。
……そこにあるはずの箱が見えない。
え?
状況を理解した僕は、まったく状況がわからなかった。
矛盾している?
そりゃあそうさ。
僕にも訳が分からないんだから。
なんで、箱が開いているのかなんて、わかる訳がなかった。
そう。
箱はなくなったのではなく、仕掛けが解けて、崩れてしまっていたのだから……。
今年最後の投稿です。
来年もよろしくお願いします。
よいお年を!




