呪い
「すんません。 松尾さんから聞いとると思いますが、『山』から『箱』の回収に伺いましたぁ」
與座はチャイムを押し、対応してくれた女性にそう告げた。 その口調はとても軽く、ちょっとしたおつかいに来た、そんな感じに聞こえた。 僕らが田所家に着いてから、その家を取り囲むようにいた若者達が集まってきて、僕らの様子を伺っている。 なんだか、かなり大事になっているようだ。
しばらく待つと、ガラリと玄関の引き戸が開く。
中から顔を出して覗いているのは、スキンヘッドの色黒の若者だった。 かなり疲れているようで、目に生気がない。
「……待っとりました。 こちらです」
そう静かに答えながら玄関を大きく開ける。 その姿をなんとなく見ていた僕は、一気に嫌な気分になった。 なぜなら、彼の身体、首から下全体が黒いモヤに包まれていたからだ。
これが呪いという奴なのだろうか?
「……ほな、お邪魔しますわ」
與座がスキンヘッドの後に続いて、靴を脱いで玄関に上がる。 続いて、連れの女性も上がり、柊もそれに続く。戸惑いながらキキに目をやると、キキは頷きながら先を進んだ。 それを見て、僕も意を決して玄関を上がった。
玄関を上ると廊下があり、左手に居間があった。呪いに掛かった人は、そこに集まっていた。 スキンヘッドを入れて4人のはずだ。居間ではみんな立ってこちらを見ている。 当然、そこに梓の姿もあった。 梓はお腹から足に掛けて黒いモヤに包まれていた。 僕と柊は、無言で梓に手を振る。 それに応えるように梓も手を振ってきた。 よかった。まだ元気そうだ。
他にも男性が一人おり、スキンヘッドと同じように首から下がモヤに包まれている。 ……最後の一人に関しては、性別もわからないくらい、黒いモヤに包まれていた。 いや、もはや人型の黒いモヤのように見えるくらいだ。僕は思わず、「うっ」と声を上げてしまった。
「……箱の回収はええんですが……、呪いを解いてくれる人は来とるんですか?」
スキンヘッドが、振り向きざまに尋ねてきた。
「あぁ、呪いはそっちのデーハーなアロハの兄さんがやってくれはるよ」
與座が、相変わらずの軽い口調で答える。
その瞬間、スキンヘッドの眉間にシワがよる。
「あ〜、わかる。兄さんが言いたい事は、よぉわかる。 あんな趣味の悪いデーハーなアロハ着た若造が、けったいな呪いなんざ解けるんか、そう言いたいんやろ?」
與座が芝居掛かった物言いでヘラヘラ語り出す。
「でもな、あの趣味の悪い服、俺の見立てやと、ドラエモーンズっちゅう、ちょいとやんちゃなドメスティックブランドのたっかいアロハやねん。 『普通、着るか? あんなメガネレンチと姉ちゃんが描かれたデーハーな黄色いアロハなんか』っちゅう服をしれっとした顔で着こなしてんねん。 そらぁ、ただもんな訳あらへんよ」
「……いや、……そういう……」
一気に捲し立てる與座の勢いにスキンヘッドが、気圧される。 そして、チラリと梓の方を見る。 先程の手を振り合ったところを見られていたのだろう。 それで『山』の人間ではない事がわかってしまったのかもしれない。 そうなると、スキンヘッドの言いたい事は、きっと『山』の人間じゃないのに大丈夫か? という事なんだろう。
「確かに、この兄さんはうちらとは別口やけど、まぁ腕は確かやで。 たぶん……」
與座がそう言うと、スキンヘッドは諦めたように前へ進んだ。
「ま、いいっすわ。 ……こっちの奥です」
居間の隣の和室から、さらに細い廊下があり、スキンヘッドはその奥を示す。
「ふ〜ん、キリューちゃん、ちょっと確認しといて。 俺は『箱』があったっちゅう納屋見てくるわ。 ないとは思うけど、他に『箱』があったら大変やからな」
與座が、連れの女性に指示を出す。
「あと、兄さんはここでみんなの解呪したってや」
「まぁ、いいんだけど……さ。 みんなって……、俺、梓の分しか依頼されてないんだけど」
與座に振られた柊が、言葉を濁す。
「そんなんサービスしたったらええやん」
「え〜、タダ働きはちょっと……」
「ほな、ここで交渉したったらええやん。 正直、知らんがな。 自分はどないするん? 兄さんと一緒におるんか?」
與座が、僕に話しかけてくる。 確かに怖いが、今後の動画のネタを考えると、『箱』を見ておきたい気もする。
「……そっちの人と『箱』を見にいくよ。 怖いけど……」
「ほうか。 当然そっちのメイド巫女も一緒やんな? キリューちゃん、くれぐれも『箱』ぉ開けんようにな」
「そんなん、当然ですよ。 與座さんも納屋で変なもん見つけても遊ばないようにしてくださいよね」
連れの女性が冷たく言い放つ。
「だから、なま……。 ま、ええわ。 ほな、一旦、解散っ!」
◇ ◇ ◇
短い廊下を進んだところで、與座の連れが立ち止まる。
「……見えてるんですよね?」
「まぁ、少しは……。 なんか呪われたって人達に黒いモヤが纏わりついているのが見える程度だけど……」
「……そのモヤは瘴気と呼ばれるものです。 でも、この先にある『箱』には陰が付いているはずです。 瘴気とはケタ違いのものであるということは、理解しておいてください」
色々と言ってくるが、僕には、自分に言い聞かせているようにしか聴こえなかった。
「……じゃあ、行きますよ?」
そこで僕は、ようやく理解できた。
彼女も怖いのだと……。
「……はい」
それを理解できた事で、自然に声が出た。
そして、僕らは奥の部屋へと足を踏み入れたのだった。
わかる人にはわかると思いますが、Dry Bonesのアロハは最高です。




