ものたろう
「…………」
外の様子を覗いたむっちゃん(睦美)が、無言で首を振った。 ……まだ、見張りがいるようだ。
むっちゃんの住んでいた家に連れてこられて、もう4日だ。 外には町の若者が交代で私達の見張りをしている。 時間になると食事も運んでくれるが、家を出ようとするとえらい剣幕で止めてくる。 朝も夜もだ。 私達は完全に閉じ込められているのだ。 一応、消防団という話ではあるが、本当かどうかはかなり怪しい。 むっちゃんは責任を感じているのか、口数が減っている。
耕哲は、奥の部屋へと向かう戸の前で胡座をかいている。 顔にはかなりの疲れが浮かんでいるように見える。 そりゃあそうだ。 ここに連れてこられて、『箱』を薄汚れた布で包み、奥の部屋へ置いてから、ずっとそこに座って、私達が近付かないようにしているのだから……。 寝る時も座ったままなのは流石にしんどいだろう。
「なぁ、いつまでこんな閉じ込められんとあかんのや?」
カズ君(和幸)が声を上げる。 そこに苛立ちを隠す様子は一切なかった。 無理もない。 彼は、3日目、会社に休みの連絡を入れた際、「……もう好きなだけ休んでいいよ。 ただし、次、出社する時は辞表を持ってこい!」と、上司に言われたらしいのだから……。
カズ君だけじゃない。 皆、会社に連絡を入れる度に嫌味を言われ続けている。 そう言う私も、昼勤めている会社には、カズと同じような事を言われて、かなりショックだった。 言われていないのは、私達をここへ連れてきた耕哲だけだ。 私にとって救いなのは、夜、バイトで入っているスナックのママである真由美さんが、急に休みを取った私にも優しく接してくれて、常連の自称『霊能者』の柊さんを寄越してくれるとまで言ってくれた事だ。
「しゃあないやろ? 『箱』が出てきちまったんやから……」
カズ君の言葉に耕哲が、ふてくされたように声を上げる。 太い眉、色黒で深い彫りの顔がスキンヘッドのせいで、より迫力を増している。 きっと耕哲も苛立っているのだろう。
『箱』
にわかには信じられない話だが……、呪いの込められた箱という話だった。 幼い頃、祖母によく聞かされた昔話を思い出す。 大人になって、別の土地に移ってから、その話がこの地方独特の昔話だと知った。
『箱からでてきた ものたろう』
きっと他の土地の人が聞くと、メジャーな昔話かネット通販サイトのパクリのように聞こえるのだろうが、私達にとってはこちらの方がオリジナルだ。
"むかしむかし、あるところにりょうしんとしあわせにくらしている青年がいました。
ある日、青年は村でいきだおれのぼうずをたすけました。
ぼうずは、青年にたいへんかんしゃして、一つの箱をわたしました。
「こまった時にあけなさい。 きっと役に立ちます」
そう言って、さっていきました。
しばらくして、みやこから鬼がやってきました。
鬼は、村人たちにたべものをさしだすように言いました。
青年のいえは、年おいたりょうしんと三人ぐらしでしたが、たべものをさしだすと、じぶんたちが死んでしまいます。
鬼は、たべものをさしださない青年にいかり、りょうしんをころしてしまいました。
こまった青年は、ぼうずからもらった箱を開けました。
すると、箱のなかから『ものたろう』が出てきて、鬼をあっというまにたおしてしまいました。
ものたろうは、じぶんがでてきた箱に鬼のくびをいれました。
青年は鬼のもっていた、りっぱなたからものを村でわけあい、しあわせに暮らしました。
……でも気をつけなさいな。
箱のなかの鬼は、いまでも生き返ろうと外のようすをうかがっているのですから……。
おしまい"
祖母はその話の後、決まってこう言っていた。
「箱を恐れなさいな。 何が入っとるか、よぉわからん箱は特にじゃ。 中に鬼がおるかもしれんからのぉ……」
耕哲の話では、むっちゃんが持ってきた箱こそが、その『箱からでてきた ものたろう』に出てきた箱なのだと言う。 そして、その箱に触れてしまった私達4人は鬼の呪いに掛かってしまったと言うのだ。 そのため、私達4人が助かるためには、専門家を呼んで呪いを解くしかないのだと、町の人達は、専門家の人が来るまで、私達がここを出ないように見張っているのだと、耕哲は言った。
「そんなん迷信やろが!? 昔話やろが!? 作り話に決まっとるやろ!?」
カズ君が唾を飛ばしながら、がなる。
「ちゃう。 外に出てったお前なら、お前らなら気付いとるやろ? あの昔話は、この辺でしか聞かんちゅうことを……」
耕哲が、静かに言う。 その静かさが凄みを感じさせる。
「……仮に、その箱が実在したとして、なんで睦美の家にあるっちゅうんだ!? 箱違いやろ!?」
「……ほんまにわからんのか? あの箱の禍々しさが」
吐き捨てるように呟く耕哲。
「……そんなんわからんわっ! 睦美っ! だいたいお前が、あんな訳わからん箱なんて持ってくるから、こんなんなったんやろがっ! 俺がクビになったら、お前のせいやからなっ!」
耕哲の言葉に気圧されたカズ君が、標的をむっちゃんに切り替える。
むっちやんは、一瞬、ビクッとして、俯いたままブツブツと何か呟いている。 その様子が痛々しくて、思わず私はむっちゃんに声を掛ける。
「むっちゃん、大丈夫? カズの言ってることなんて気にしちゃダメよ?」
「あっちゃん(渥美)……、ありがと。 でも、カズ君の言う通りだよ。 私が全部悪いの……。 あっちゃんも心の中では、私が悪いって思ってるんでしょ?」
むっちゃんが、力なく笑いながら呟く。
「そんなことないよ? だから、元気出して? ね?」
「嘘っ! 絶対、思ってるっ! 私が悪いって!」
突然、ヒステリックに喚き始めるむっちゃん。だいぶ、参っているようだ。
プチ同窓会をやろう、そう企画されてやってきた時は、こんな事になるとは思ってもいなかった。
近くの居酒屋で、待ち合わせをし、耕哲以外のメンバーが揃ったところで、むっちゃんが箱を取り出した。 カラクリ箱という事だった。
「こんなん俺にかかればイチコロやで?」
そう言いながら、カズ君が最初に箱を開けようと、細工を弄り始めた。 しばらくは、思い出話をしながら、お酒を飲みながら、交代で箱を開けようと細工を弄り回していた。
「お前ら、なんちゅうモン弄っとんのやっ!」
遅れてやってきた耕哲が、青い顔で叫んだ。
それから、どこかに電話して、泣きそうな声を出していた。私達は呆然としながら、そんな耕哲の様子を見ていたのだ。その後は、町の人達に囲まれて、むっちゃんの家に強引に連れてこられて、『箱』について説明され、今に至る。
むっちゃんが責任を感じて、精神的に参ってしまうのは仕方のない事だと思う。
「本当に大丈夫だよ? 私の知り合いの霊能者の人が、もうすぐ来てくれるから。 そしたら、みんなで笑って帰れるようになるから……」
私は、むっちゃんに言い聞かせるように、そう言った。
「……無理や。 『箱』の呪いは、その辺の自称『霊能者』じゃ、どうにもできん」
耕哲が首を振りながら呟く。
「でも、もうすぐ解放されるっちゅうのは確かや。 さっき親父からメールがあって、専門家がこっちに向かっとるっちゅうはなしやから。 渥美の言う自称『霊能者』やないけどな」
先程とは打って変わって、明るく話す耕哲。 少し、言い回しが気に入らないが、それでギスギスしていた場の空気が和らいだ気がした。
「……そっか」
立ち上がって抗議していたカズ君が、そう言いながら座った。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴り響いたのは、そんな時だった。




