ヒイラギ
「少し距離あるけど、まぁええやろ。 ゆっくり行こか?」
與座の声に玲香が無言で頷き、二人は歩き出す。
「……與座さん、與座さんってバイク持ってるんですよね?」
「……せやから、あんま名前で呼ばんとってっちゅうとるやんか。 ……まぁ、持っとるよ。 ミッドナイトスターっちゅうご機嫌な相棒や」
「なんで、今日は乗って来てないんですか?」
「そら、キリューちゃんがどんな娘ぉかわからんかったし、よぉ知らん娘と二人乗りとか嫌やん? キリューちゃんかて、よぉ知らん男のバイクの後ろん乗るの嫌やろ? 後ろからギュゥって抱きしめなあかんのんよ? 胸かて押し付ける事になるんよ? よぉ知らん男の背中に。 ほんで、太腿でギュゥって挟まなあかんのんよ? よぉ知らん男の腰を」
そこは乗り方次第のような気がするが……、まぁ、そう言われると確かにそうか……と納得する玲香ではあったが、昨日、駅に着いてから歩き通しなのだ。 バイクがあればと思うのも仕方のない事だろう。
「車は買わないんですか?」
「……買わへんよ。 何に乗るかは個人の自由やろが?」
そこで與座は、以前、修蓮の2シーターの車にツッコミを入れた事を思い出す。
「……ま、TPOによるやろうけどな……」
そんな他愛もない会話をしながら目的の田所家に向かって歩いていると、玲香の目に二人の前を歩く者達が見えてきた。 最初は三人組かと思ったが、近付くにつれて、それが勘違いだという事に気付く。
(……陰だ)
それは、二人連れの男性と、それに寄り添うように憑いている女性の陰だった。
(……なんだろう、この感じ)
玲香には、その女性の陰の瘴気が、とても不自然に思えた。
とても禍々しいモノを無理矢理隠しているような、エンジンが掛かった状態で停車しているブルドーザーのような威圧感、例えるならそんな感じだと思った。
チラリと與座をみると、與座も驚愕の表情を浮かべながら、絶句しているように見えた。
「……あかん。 ……どっから突っ込んでええかわからん」
独り言を呟きながら、立ち止まる與座を見て、玲香もまた歩みを止めた。
すると、二人組の男性のうち、ロンTの上からアロハを来ているチンピラ風の男性が振り向いた。
「お? もしかして、エセ関西弁か? こんなとこで会うなんて、奇遇だなぁ」
「……柊……鷹斗……」
絞り出すように呟いた與座の言葉が、玲香の耳に入る。
(……ヒイラギ?)
「…………何から突っ込んでええかわからんが、順番に言わせてもらうわ」
與座が俯きながら、ポツリと呟く。 次の瞬間、與座は顔を上げ、爆発するように捲し立てた。
「なんで、まだ巫女がおんねん!? そんでえらい小綺麗になっとんなぁ! お札にメイド服って、マニアック過ぎやろ!? ついでに、妖狩りがなんでこんなとこにおんねん!? あと、巫女! なんでそない不思議そうな顔しとんねん!? 首を傾げるなやっ! それから、モブ! なんで痛い奴見るような目で見とんねん!?」
息を荒げ、フーフー言いながら怒涛のツッコミを入れる與座を玲香が引きながら見る。 訪れる沈黙を破ったのはアロハの男だった。
「おお、すごいツッコミだな。 さすがエセ関西弁。 コーイチ、見習わなきゃいけないのは、ああいうとこだぞ?」
「コーイチじゃねぇわ! じゃ、お前はBTか!? あと、何? 僕はツッコミポジションなの!?」
アロハの男の言葉にコーイチと呼ばれた『特徴がないのが特徴です』といった男性が喚く。
「魔少年ビーティーて、えらい古い漫画持ち出すねぇ。 誰もわかんないぞ? そこは仗助とかの方が良くね? そういうとこだぞ?」
與座と玲香を置き去りにして、会話を始める二人の男性。 なにがなんだか、と玲香が生暖かい目で見守っていると、與座が冷静になったのか、質問を始めた。
「……まぁ、ええわ。 ……で、妖狩りの柊さんが、なんでこないところにおんねん?」
「ん? あぁ、なんか知り合いが呪いに巻き込まれたから、なんとかしてくれって頼まれてさ。 エセ関西弁が動いてるって事は、他に巻き込まれた奴から依頼されたのか?」
「……まだ、おんなじ案件とは限らんやろ? 誰に頼まれたんや?」
「ん? 行きつけのスナックのママ」
「……ちゃう。 呪いに巻き込まれた奴の名前や」
「梓」
「柊、梓は源氏名だろ? 本名は確か……渥美じゃなかったっけ? 苗字は忘れちゃったけど」
「お? もしかして一ノ瀬か? なんや自分、妖狩りの手伝いしとんの? ……なんか、こう……懲りん奴やな」
……渥美。 確か『箱』の呪いに巻き込まれた女性の一人だったはずだ。 玲香は会話を聞きながら、状況を整理する。
どうやら、柊と呼ばれるアロハの男とコーイチ、一ノ瀬と呼ばれる男と與座は知り合いのようだ。 妖狩りという言葉から、お札を貼ったメイド姿の陰は柊の使役する使い魔なのだろう。 で、梓という源氏名の田中渥美の知り合いから頼まれて、解呪に来たという所だろう。
玲香はそこまで考えて、答え合わせのために與座に尋ねる。
「この二人は何者なんですか? ……それと、そのえらく禍々しい瘴気を隠しているメイドは?」
「あぁ、このアロハの兄さんが柊鷹斗、なんやようわからんけど無茶苦茶な奴や。 ほんで、このモブが一ノ瀬航輝。 メイドは、夏に一ノ瀬に憑いとった奴で、今はこんなんやけど、本来は国滅級の陰や。 まぁ、なんでまだここにおんのかはわからへんけどな」
……コーイチじゃないんだ。
そんな事を考えながら、玲香は再び情報を整理する。
それにしても、と玲香は考える。 『柊 鷹斗』。 隼部隊の隊長の名前、『柊 隼斗』が脳裏に浮かぶ。 養成学校の生徒なら、誰もが憧れる最強の法師。 なにしろ、その名前がエリート部隊の部隊名になるほどの規格外だ。 彼の武勇伝は数えきれない程存在し、何より恐れられているのは、その霊力の強さと言われている。 そんな法師と一字違いの名前。 何か関係があるのではと思うのは玲香だけではなかっただろう。
「柊さん、柊隼斗という人はご存知ですか?」
玲香は、思い切って聞いてみた。
「ん? 隼斗? そいつぁ俺の弟だな。 知ってんの?」
「え? 柊、弟がいたの?」
アロハの言葉に一ノ瀬が驚く。
「あぁ、双子の弟だ。 なんかが高過ぎるとかで、小さい頃にどっかの施設に預けられてから、たまにしか会わなくなったけどな」
「……柊 隼斗は、『山』で最強と謳われている法師です」
「なに? あいつ『山』の法師だったの!?」
「知らなかったの!? 兄弟なのに?」
再び、一ノ瀬が驚く。
「……まぁ……な。 親父もお袋もなんも教えてくんなかったし……、本人も……そんな事言わなかったから……さ」
急にしおらしい態度になる柊。 玲香はさらに質問を投げ掛ける。
「……貴方も、かなりの霊力があるんですか?」
「霊力? いや、俺、霊感ゼロだから」
その言葉を聞いて、玲香は馬鹿にされた気になる。 そもそも、多かれ少なかれ、人には霊感が必ずあるはずだし、妖狩りを名乗るほどの人間が霊感がないなど、真面目に答える気がないのだといっているのと同義に思えたからだ。
「……そうですか。 まぁ、いいです。 ……ところで、そのメイド。 貴方が使役している訳ではないんですか?」
玲香は怒りを隠して、質問を続ける。
「ん? あぁ、キキか。 いや、こいつは航輝に憑いている、ただの悪霊だよ」
その瞬間、與座は玲香の雰囲気が変わるのを感じた。
「いやいや、なんなん? その巫女、キキ言うんかい?」
與座がさりげなく、荷物の長い包みに手を掛けた玲香の手を抑えながら、軽口を叩く。
「ええ、ずっと憑いてるし、名前がないと不便かなと思って、僕がつけました」
「なんや自分かいな? ふぅん、消さんかってんな?」
「ええ、まぁ憑かれたのは自業自得でしたし、お札のおかげで害がないのなら、キキの気が済むまで憑かせてやろうと思って……」
「……ほうか」
玲香は、そう答える與座の細い目が、より細められたような気がした。




