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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
鬼《もの》の章

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童箱

『箱』


 與座は、確かにそう言った。 『山』の関係者がそう言ったのであれば、それは玲香が養成学校時代に講義で習った呪箱の事を指しているはずだった。


「……まさか、『童箱(わらべばこ)』ですか?」


「せや、そのまさかや」


『童箱』とは、臨月を迎えた妊婦および、その胎児を使った呪術により、作られる呪具である。 その製作方法は残酷なもので、語るのも憚られるような悪魔の所業である。 だが、過去にこの国では、多くの『童箱』が作られた。 呪いの対象は、主に時の権力者達である。


 玲香の脳裏に、当時の講義の内容が鮮明に思い出される。


「……そ、その『箱』は、もちろん『従箱(じゅうばこ)』……ですよね?」


 玲香が震える声で與座に尋ねる。


 その質問に與座は、静かに首を振る事で答えた。


「……『主箱(しゅばこ)』……」


 玲香は、目の前が真っ暗になるような衝撃を受けた。 思わず言葉が溢れる。 と、同時に……この案件の担当が、自分のような新米法師でいいのだろうか? という疑問が脳裏に浮かぶ。


 それほど、『童箱』の『主箱』というのは、厄介な代物なのだから。



 ◇  ◇  ◇


『童箱』は、臨月の妊婦の腹を裂き、胎児を取り出した後、虫の息となった妊婦の目の前で切り刻んだ胎児の肉片を箱に封じたものだ。 その際に、妊婦に胎児を切り刻む様を見せつけるために、無理矢理に目を開かせる。 要は、自分の胎児が切り刻まれる様を瞳に焼き付ける訳だ。

 そして、最後に出血により息耐えた妊婦の目をくり抜き、胎児の頭と妊婦の二つの眼球を入れた箱を『主箱』、それ以外の胎児の肉片を入れたものを『従箱』と呼んでいる。


『主箱』と『従箱』の見分け方は簡単で、『主箱』には目をくり抜かれた妊婦の(おん)が憑いているが、『従箱』には何も憑いていない。


 もちろん、『従箱』も呪いを撒き散らす厄介なものである事は変わらないが、『主箱』は格が違う。 周囲の者に呪いを撒き散らす事は当然だが、『主箱』は、それを開ける事で鬼を具現化させる事が目的なのだ。


 かつて、権力者に従わなかった『まつろわぬ者』達が、創り出した禁忌。 人より価値が低いとされ、『もの』と呼ばれていた『まつろわぬ者』達によって作られた鬼達は、名前を呼ぶ事すら恐れられ、結果として鬼と書いて『もの』と呼ばれるようになった。 創り出した者達と創られた鬼が同じ呼び名になったのは皮肉と言えよう。

 時代の移り変わりと共に、『まつろわぬ者』達が元服しても髷を結わない禿(肩までで切り揃えた児童の髪型)だった事から、彼らによって作られた(もの)達も、また童子と呼ばれるようになった。


 その恐怖は、日本全国に残る、童子と呼ばれた鬼達の伝説からも窺えるだろう。


『童箱』は、その『童子』と呼ばれる(もの)を生み出すための呪術であり、周りに呪いを撒き散らすのは、あくまで副産物でしかないのだ。 『童箱』の『童』は、当然、胎児の事であり、また同時に、その成れの果てである『童子』を指す言葉なのだ。 なかなかのネーミングセンスだよな?


 ◇  ◇  ◇


 玲香は、養成学校時代の講師の長ったらしい説明を思い出し、改めて自分の案件の重さを感じる。


「そんな心配そうにせんでもええよ。 なんせ、俺らの仕事は『(もの)退治』って訳やないんやから」


 その言葉に、ふと我に帰る。『(もの)退治』じゃない?


 では、なんだと言うのだろう?


 そんな気持ちが、顔に出てしまったのか、與座は意地悪く笑いながら続ける。


「俺らの仕事は、『箱』の回収のみ。 難儀な『(もの)退治』は、(はやぶさ)部隊がやるらしいわ。 せやから、女性である自分が選ばれたっちゃう訳や」


 隼部隊は、『山』のトップクラスの法師集団だった。 それなら合点がいくと玲香は考える。 『童箱』の呪いは、権力者に、自分の血筋が途絶えるところを見せつける事が目的の一つになっているため、呪いの対象は女性と子供に限定される。

 そのため、『箱』を完全に回収するためには、呪いの対象となっている女性か子供が回収する、というルールがある。 そうでないと、呪いを撒き散らして、精力的に動き回っている(おん)を取り逃してしまう事があるのだと言う。


「……そういう事ですか。 安心しました」


 とは言え、その回収する役に危険がない訳ではないのだが……。 『(もの)退治』よりは、だいぶマシだ。


「……ところで、『箱』が見つかったという事は呪われた人がいるという事ですよね? その人はどうするんですか?」


「ん? 今回は、4人呪われとるね。 男性二人に女性が二人や」


 呪いの対象が、女性と子供に限定されるとは言え、男性の場合は、親密になる女性が全て呪われるという厄介な状態になる。 まるで病原菌のキャリアのように、呪いを撒き散らす存在になってしまうのだ。 今までの歴史を見てみても、被害が拡大するのは、いつも男性が『箱』に関わったケースだった。


「まぁ、その人らは運が悪かったっちゅう事で放置やね。 まぁ、依頼料を払えるなら『山』の呪術師に解呪させるってとこやな。 キリューちゃんも知っての通り、『箱』の対処は『山』の存在意義にも繋がる事やから無償やけど、『箱』に呪われた人の対処は、いつも通りっちゅう事や」


『箱』の対処をするという事は、(おん)(もの)を退治するという事だ。 呪いの元凶である(おん)を消滅させるため、男性に憑いた呪いが拡散される事はないだろう。

 だが、女性二人は違う。 纏わりついた瘴気のせいで、子供はできなくなり、長くは生きられないだろう。


『山』のドライな対応に、玲香は同じ女性として、少し心が痛んだ。 だが、『山』は慈善集団ではないのだから、仕方のない事なのだ。 玲香自身も、そう対応するように養成学校で叩き込まれた。 講義中に何度も聞かされたのだ。 同情して安請け合いして、凄惨な最期を遂げた法師達の話とその家族達の話を。 『山』に関わる者達にとって、同情は自分の命、自分の大事な家族の幸せを失う事に繋がるという事は常識だった。


 人外のモノ達を相手にするという事は、とてもリスクのある事なのだから……。


「とりあえず、今日は宿でおいしいもん喰って、『箱』の回収は明日やね」


 玲香は、寒くもないのにイヤーマフをしている與座を見て、気を引き締める。 何も悩みが無さそうな彼もまた、妖のせいで耳を失っているのだと聞いていたから……。


「……そうですね。 おいしいものをガッツリ食べましょう」


 玲香はそう言いながら、前を歩いている與座との間にできてしまった距離を小走りで一気に詰めたのだった。

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