デラシネ
今回は長めです。
◇以降は、鬼畜な表現が含まれます。
苦手な人、不安な人は、読み飛ばしてもらっても問題ないです。
結局、臨太郎と合流して、駅近の喫茶店て時間を潰す事になった。 二人でモンストをしたり、くだらない話をしていたら、あっと言う間に待ち合わせの時間がやってきた。
「じゃ、いってくるわ」
「おう、いってら」
これで終わる事を祈って、店を後にする。
駅前のロータリーのベンチに腰を掛ける。 昼にも同じように座っていた訳だが、気持ちが大きく違う。 昼には除霊のアポが3件も取れて、少し楽天的になっていたのだが、今では不安で一杯だ。 完全に、白昼堂々と現れたアレ……、そして臨太郎の言葉のせいだった。
溜息を吐いていると、ロータリーに黒塗りの高級車が止まった。 助手席からスキンヘッドの厳つい男が車から降りてきて、後部座席のドアを開ける。 中から少し年配の男が降りてきた。 黒スーツにサングラスのその男が駅前を見回している。
やばい、本職の人だ! と思いながら、目を逸らして息を殺していると、その男がこちらに近付いてくる。
「……君が、メールくれた一ノ瀬君?」
渋めの低音が響く。 唖然としていると、黙っているのを肯定と捉えたのか、男が続ける。
「G&Bの近藤です」
懐から、名刺をピッと取り出して、押し付けてくる。 名刺には、事務所の名前『G&B』と近藤 正史という名前が書かれていた。
「……わりぃな。 この仕事を始めるまでは、変なモンが見えるせいで、まともな職につけなくてな……。 今は、しっかり足を洗って、堅気の生活を送ってんだ。 ……だから、そんなビビんなよ? とりあえず、車に乗れや」
僕は、抵抗もできないまま、車の後部座席にと、誘われた。 霊能者は堅気なのだろうか? とボンヤリ考えながら……。
車に乗ると、先程見かけた助手席のスキンヘッドとは別に、もう一人のスキンヘッドが運転席に座っていた。 僕を後部座席に座らせた後、近藤も隣へと乗り込んでくる。
「弟子のヤスとヒデだ」
運転席と助手席の男達は、ウスと相槌を打つが、どっちがヤスでどっちがヒデかはわからなかった。
「……それにしても、厄介なのに憑かれてるなぁ」
近藤が眉をしかめながら口を開く。
「……いわゆるデラシネって奴だな」
「デラ……シネ……ですか?」
「そ、地縛霊って言葉は知ってるよな? その土地に縛られてる霊だ。 その地縛霊が、何かのキッカケで土地から解き放たれる事がある。 そいつらを業界では、根無し草って意味で『デラシネ』って呼んでんだ。 こいつらは、土地に縛られていた期間が長ければ長いほど、……まぁ、厄介なんだ。 とりあえず、なんでそんなもんに憑かれる事になったのか……、事情を聞こうか?」
僕は、旧八又トンネルでの出来事を簡単に話した。 近藤が言うには、そこの地縛霊がデラシネになったのは、間違いなく、その場でやらかした降霊術が原因だろうという事だった。 その後、説教が始まった。
「おまえはクズだ! 遊び半分で心霊スポットなんて行って……。 土足で家に上がられて撮影なんかされたら、どう思う? 憑かれて当然のクズだよ」
耳が痛い。 だが、そこまで言われなきゃいけないような事をしたのだろうか? ……したんだろうな。 僕には分からなかったが、きっとクズと罵倒されて当然の事をしてしまったのだろう。
「だが、愛すべきクズだ。 大丈夫。 俺がいる。 これに懲りたら、これからは様々な事に対して、愛を持って接するんだ。 愛はいい」
今度は、急に愛を語り出した。散々こき下ろされ、その後安心を誘う言葉のオンパレード。 きっと、この人ならなんとかしてくれるんだろう。 その後、報酬の話になった。
「報酬は、こんだけ頂くよ」
近藤は、人差し指を一本立てる。
「10万……ですか?」
「……まぁ、こっちも危険な訳だからな。 本来、経費含めて108万取るところだけど、学生さんって事で100万ポッキリにサービスしてやるよ。 ……どうだ? 払えるか?」
近藤が首を振りながら、僕の10万発言を華麗にスルーする。 想像より一桁違う……。 だが、これを逃すと、またアレがやってくるかもしれない。
「……すぐには、お支払いできませんが、後日必ず払います。 ……だから、アイツをなんとかして下さい!」
それを聞いた近藤は、静かに頷いた。 助手席のスキンヘッドが、バインダーを近藤に手渡す。 近藤は、バインダーの上の書類にペンを走らせて、期日までに振り込んでくれればいいから、と僕の方に差し出す。 契約書だった。 その契約書の金額部分には、手書きで100万円と書かれていた。 僕は、渋々サインを書き、拇印を押す。 ……これで、契約成立だ。
除霊はアパートでやるという事になった。 一人で部屋に戻るのは無理だったので、渡りに舟だ。 この人達が一緒なら心強い。
アパートに着いたところで、助手席のスキンヘッドがトランクからアタッシュケースを取り出す。
「……ヤス、適当なところに車止めて来い」
なるほど、運転手がヤスだったか……。 って事は、こっちの男がヒデなんだろう。
僕は、近藤とヒデを伴って、自分の部屋の前に歩を進める。 扉を開けようとして、……逡巡してしまう。 近藤を見ると、静かに頷いている。 それを見て、背中を押されるように扉を開ける。
途端にムッとするような悪臭が鼻につく。 下水のような、ドブのような匂いが……。
昨夜のまま、テレビと照明が点いたままだった。 近藤がベランダや、キッチンを見て回る。 その間、ヒデがアタッシュケースから、色々と取り出し始める。 榊、高そうな日本酒の一升瓶、盃や小皿などだ。四角いビニール袋に白い粉が入っているのを見た時は、思わずドン引きしてしまった。 それを見たヒデがニカッと笑いながら、塩っす、と教えてくれた。
ヒデが、手際よく盛り塩を4つ作り、部屋の中央に正座させられた、僕の周りに配置していく。 その後、盃に日本酒を注いだ近藤に言われるまま、その酒を一口飲む。 近藤は、残った日本酒を指に付けて、僕のおでこに塗る。
「……目を閉じて」
近藤に言われるがまま目を閉じると、バサッバサッと榊を振る音が聞こえて、お経のような近藤の声が聴こえてきた。
……ギ……ギギ……。
お経の音に混じって、あの嫌な声が聞こえてくる。左腕に異様な痛みが走る。 僕は恐ろしくなって、より強く目を瞑る。
不意にお経が止まる。 終わった……? そっと薄眼を開けて近藤を覗く。 ……そして、また後悔する。
榊を持って立っている近藤に、おぶさる様にして立っているアレが見えた。 その姿は、近藤に何か耳打ちしているように見えた。
そして、ついに近藤が口を開く。
「ヒデ!帰るぞ!」
それを聞いたヒデが、慌てて片付けを始める。
「え? 近藤さん?」
「悪りぃが、無理だ。 こいつは俺の手に負えない」
そう言うと、ジャケットの内ポケットに畳んで入れていた契約書を取り出し、僕の目の前で破った。
「……もう連絡してくんな。 俺も連絡しない。この話は、最初からなかった……。 いいな?」
そう言って、部屋に僕を置いて、慌てて出て行った。 ヒデは何度もこっちを振り返りながら、近藤を追いかけて去って行った。 唖然とした状態で彼らを見送った僕は、アレの事を思い出し、慌ててアレのいた位置を確認して、安堵の息を漏らす。 ……アレもいつの間にか消えていたから。
結局、……僕は、部屋に一人取り残された。
◇ ◇ ◇
霊なんていない。 ただ、そんなもんがいると思い込んでいるカモはいる。 俺は、そんなカモを何人か飼っている。 一度、除霊したという実績から、そいつらは何度も依頼してくるようになる。 組には内緒の俺のATMだ。
今回のカモは男子学生のようだった。
いつものように、それっぽい事を適当に言って、説教してやれば、簡単に引っかかる。 デラシネ? そんなん適当に言ってるだけだ。 それでもそれを聞いて、カモ達は信用するのだ。 この人は本物だと……。 正直、アホ丸出しだ。 なんせ、霊なんてそもそもいないモンより、生きている人間が一番怖いって事を認識していないんだから……。 弱みを見せたら、骨までしゃぶられる、そんな事も知らない奴らなんだから……。
やたらヘドロ臭いカモの部屋まで来て、あとは、それっぽい事をして、除霊完了って言うだけだ。 ……だけだったはずなのだ。
……ギ……ギギ……。
お経っぽいものを適当に唱えていると、変な音が聞こえてきた。
……ア……ケミ……。
アケミ……。 明美? 明美か? それは、俺が組に入って、初めて風呂に沈めた女の名前だった。 確か、最後は浴槽で手首を切って死んだはずだ。
……ミ……カ……。
……ミカ? 美香か? 結構マブだった女だ。 言葉巧みに薬漬けにして、兄貴に玩具としてプレゼントしたんだっけ。 兄貴がプレイ中に加減を間違えて絞殺してしまった女だ。 ヤスと一緒にドラム缶を捨てに行った覚えがある。
……ノ……ヤマ……イッ……カ……。
……野山一家。 俺が食い物にした家族だ。 旦那の借金が原因だった。 女房の方は、変態VIPの慰み者にした挙句、臓器移植用の子供を何度も孕んで産んでを繰り返させた。 最終的には、発狂して使い物にならなくなったので、本人も内臓移植用にと、売り飛ばした。 旦那の方は、タコ部屋に放り込んで働かせていたが、数年で過労死した。 生命保険は組に下りた。 子供は、内臓移植用に売り飛ばすか迷ったが、結局海外の変態に高値で売ったっけ? 今はどうなったかはわかんねぇや。
それから、いろんな名前がカタコトで聞こえてきた。 聞き覚えのないものも混ざっていたが、ほとんどの名前が、俺が人生を狂わせた、……いや、終わらせた、いわゆる被害者の名前だった。
……なんで、こんなモンが聞こえてくるんだ? まさか、本当に霊ってのがいるって言うのか?
……ギ……ギギ……。
いつの間にか、お経を読む声が止まっていた。
……タ……ケダ……マサ……オ……ミ……。
……俺の本名だ。……近藤正史は偽名だ。
「……ミンナ……呼んで……ル……」
急に耳元で声が聞こえた。 慌てて、声のした方を見ると……、頭にお札を貼った女が、俺の肩に顎を乗せて、こちらを見ていた。
「〜〜ッ!」
腰が抜けそうになるのを気合いで耐える。 異様に白い肌、長い髪、黄色いお札と、髪の隙間から覗く大きな目。 こいつは間違いなくヤバい奴だ……。 本物だ……。 モノホンの霊って奴だ……。
「ヒデ!帰るぞ!」
声が若干上擦った。 ダメだ。弱みは見せちゃいけない。 片付ける振りをして、素早く女から離れる。 こっそり女の様子を見る。 追っては来ないようだが、こちらを見ている。 そして、ソレの口元がまるで嘲笑うかのように歪んだ。 俺は、慌てて目を逸らす。
……これは、関わっちゃダメだ。
俺は、契約書をカモの目の前で破った。 二度と関わらないように……。
「……兄貴、一体どうしちまったんっすか?」
アパートの前で待っていたヤスと合流して、車に乗り込むとヒデが口を開く。 なんでこいつはビビってねぇんだ? ……俺にしか見えなかったのか?
「……もう、組に内緒の霊能者ごっこはやめだ。 お前らは、続けたいなら続ければいい。 でも、俺は抜ける」
もう、真面目に組のシノギだけで生きていこう。 二度とあんなんと関わるのはごめんだ。 今でも、あいつの吐いた被害者達の名前が、呪詛のように聞こえてくるようだった。 左手の甲が、アホみたいに痒い。 左手を見て、思わず舌打ちする。 蕁麻疹まで出てきやがった。 無言で、後部座席から運転席を蹴る。
ヒデとヤスは二人で顔を見合わせたが、それ以上何も言わず、組の事務所へと車を走らせた。
日曜日の更新は、お休みさせていただきます。
次回は、月曜のどこかの時間で更新します。