本当に恐ろしいのは……
「冴島! さっき角田さんが呼んでたぞぉ! A11会議室で待ってるとよ」
山のような資料を抱えた俺に、AD仲間が声を掛けてくる。 なんてこった。 都内の図書館を回れるだけ回り、関係しそうな箇所をコピーしまくり、借りられるだけの本を借りてきて、ようやく落ち着いて内容の確認ができると思った矢先にこれだ。
俺は資料や本を机に放り投げ、A11会議室へと向かった。
会議室に入ると、角田プロデューサーが座っていた。 他に、青木と長屋さんがいた。 このメンツが揃っているという事は……、この間の『えんぎご』に関する事だろう。
「おぅ、揃ったか……」
角田が、資料を手にしながら呟く。
「まずは、長屋! ……大変だったな。 ……それから、青木! 独自ルートから、有能な霊能者を探してくれたらしいな。 ありがとう。 でもって、冴島! ……まぁ、お疲れ」
なんか、俺に対してだけ、なんかおざなりだ。 でも、はっきりと言おう。 俺は俺なりにがんばった! お疲れ! 俺様ちゃん!
「……でだ、この『えんぎご』……番組で使えないか? もちろん、退治したのは美子って事にして……。 冴島! ハンディ持って行ったよな? 当然撮ったんだろうな?」
角田が手に持った資料をパンパンと叩きながら話す。
「……うす。 ……忘れてました」
……しまった。 撮影する事をすっかり忘れていた。 ……いや、違う。 俺は、和泉とかいうおっさんを支えていたので、ハンディで撮る事が出来なかったのだ。 つまり、俺は悪くない。
「はぁ!? お前は、デクかぁあ? あぁあん?」
「……角田。 気持ちはわかるが、正直、俺は反対だ……。 できれば、もう二度とアレには関わりたくない」
長屋さんが、弱気な声を出す。 イケイケのロケ担当ディレクターとは思えない発言だ。
「それに、……河合先生が了承するとは思えない……」
長屋さんがさらに呟く。 その言葉で、帰りの新幹線の中での美子たんを思い出す。 終始、思い詰めたような表情でスマホをずっと弄っていた美子たんを。 美子たんに霊能力がないというのはショックだったが、美子たんの美しさに罪はない。 罪があるとしたら、心霊担当の矢部ディレクターだ。
「了承する、しないじゃねえだろ! 了承させるんだよ! 日和ってんじゃねぇっ! 冴島っ! 再現Vのイメージ作れるか? 構成と打ち合わせしてV作るぞ。 資料用意しとけ! 長屋、お前は全体の指揮と美子の説得だ! 矢部には俺から言っておく。 青木っ! お前はこの柊ってのに出演交渉だ。 柊ってのと美子で協力して、妖怪を退治したっていうストーリーで行くぞ! 柊は、今後も出てもらう方向で交渉しろよ! トレードマークはアロハだ! 本物の霊能者とヴィジュアル担当の二枚看板で数字を取りに行くぞ!」
角田が、一気に捲し立てる。
「放送は、年末の特番だ! ……ただ、その前に……鬼鳴村はどうなった?」
鬼鳴村……。 『えんぎご』のインパクトで忘れていたが、元々この騒動は鬼鳴村の調査から始まったのだった。
「……鬼鳴村は、ガセでした。 ……ただ、その……あの集落の跡地は……」
青木が、言葉を濁す。
「なんだ? はっきりしろ! お前はカマかぁ?」
「いや、……その柊さんの話では、……妖化しかけていたらしく……」
妖化?
なんだ? そりゃ。
「妖化……。 なんだそりゃ? 詳しく説明しろ」
俺と同じように感じたらしい角田さんに促されて、青木が説明を始める。
元々、あの地方を調査する事にしたのは、あの辺りが古い地名で紀納里と呼ばれる里があった事が理由だった。 鬼鳴村は、紀納里の事ではないか? という仮説が立てられ、検証するスレなどが立てられていた。
そして、ここからはアロハが言った事らしいが、その情報を見た者は、行ったこともない紀納里に鬼鳴村を重ね合わせる。 そして、ある者は興味本位から、ある者は恐怖から、ある者は好奇心から、鬼鳴村、紀納里での渡久地による惨劇と、足を踏み入れた者の末路を、……思い浮かべる。 ……空想する。 ……創造する。
そして、それをネットに書き込み、拡散する。 さも事実のように、さも見てきた事のように……。 その想いは、増幅し、積み重なり、重くなり、……やがて瘴気に変わる。
その瘴気は、ネットで載せられたゴーグルマップの画像、集落跡地へと集まり、瘴気に包まれた集落跡地は妖化し、本物の鬼鳴村へと変貌するという。
「あん? お前、ネットを情報ソースにしてたのか? バカがっ!」
角田が、机を叩きながらツバを飛ばす。 青木はバカだ。 例え事実でも、ここでそんな話をするべきではない。 なぜなら、この業界ではネットを情報ソースにする事は御法度だ。 だから、俺達は面倒臭くても、図書館や史料館へと足を運ぶのだ。
「いえ、あくまでも取っ掛かりだけです。 この都市伝説自体が、ネットで話題になっていたものなので……」
「……ふん、まぁいい。 長屋、こいつ後でしっかり指導しとけよ? ……で? 妖化して、本物になるんなら、万々歳だろ。 何が問題なんだ?」
「……俺、見ちまったんです。 集落跡地に……日本刀と鋸を持った渡久地を……。 滅茶苦茶に殺され、食べられる村人達を……」
青木が、絞り出すように声を出す。 その悲痛な様子に誰も声を出せない。 会議室に静寂が訪れる。 そして、その静寂を破ったのも、また青木だった。
「……そして、何よりも恐ろしかったのは……それを貪り食う妖の姿でした」
青木の話では、柊が飼っている妖が渡久地を、渡久地が食べ残した村人達の残骸を喰っていたという事だった。 舞い散る血飛沫に、耳をつんざくような叫び声、そして、妖が放つ咀嚼音。 それは、トラウマになるような地獄絵図だったらしい。
……あの赤い本だ。 『えんぎご』を食べた、あのCGのように巨大化し、牙の生えた口を開いた真っ赤な本だ。 俺は、ピンときた。 これくらいの推理、俺の手に掛かれば、お茶の子さいさいだ。 じっちゃんに縄掛けて……。
「……正直、俺ももう関わりたくないです」
……。
「……いいじゃん! それ! 妖を飼うアロハの霊能者? 最高じゃねぇか? お前、絶対、交渉失敗するんじゃねぇぞ! その流れで、再現V作って、鬼鳴村の話作るぞ。 途中で『えんぎご』の石像倒した件と、長屋の異変の兆候を入れるのを忘れるなよ? 鬼鳴村を見つけて、現れた渡久地から逃げて1回目は終わり。 そっから、年末の特番の予告入れて、特番で『えんぎご』と『鬼鳴村伝説完結版』だっ! 青木! お前、Vのイメージ作って、構成んとこに行けっ! 長屋、これもお前が指揮れ!」
青木の必死な告白も、角田の勢いに潰されて終わった。
「他に何かあるか? ないな? じゃ、しくよろっ!」
角田は、言いたい事を言って、腕時計を見ながら、会議室を出て行った。 後に残された俺達は、立ち上がる事も出来ずに、呆然と座ったままだった。
俺は、本当に恐ろしいのは、やっぱりあのおっさんだな……と、心の中で呟いた。
第3章完です。
ここまで、お付き合いいただきありがとうございます。
閑話を挟んで、新章に突入する予定ですが、……完全にストックがなくなりました。
少し間が空きますが、長い目で見守っていただければ幸いです。
これからもよろしくお願いします。




