霊能者とカウンセラー
僕らが河合美子の部屋に付いて、しばらく経ったところで冴島というADも戻ってきた。 流石にシングルに7人(キキを入れると8人だが……)入ると狭すぎるということで、僕と柊が泊まっていたツインの部屋へと移動する事になった。
「一応、それっぽい史料はコピーしてきたっす」
冴島が、ぶっきらぼうに話す。 青木君の話では、普段は明るい奴らしいのだが、僕らの事が気に入らないのか、会った時からぶっきらぼうなままだ。
柊が、その紙の束に目を通す。
「あ〜、俺、こういうぐにゃぐにゃっとした文字ムリ! なんて書いてあるか、さっぱりわかんね」
目を通した瞬間にギブアップする。 少しは粘れよ?
ギブアップした柊から、紙の束を渡された僕は、笑顔を浮かべて、何も言わずに和泉さんへとパスする。 粘ってもムダならば、粘らない方がいいよね? ムダな事は嫌いなんだ。 無駄無駄……。
「やっぱり、憑いているのは『えんぎご』で間違いないみたいだ」
和泉さんが紙の束に目を通して、感想を述べる。 流石、和泉さん、僕らのやれない事を平然とやってのける。 そこに痺れる、憧れるぅ。
「なに? そこに『えんぎご』って奴の話が書いてあるの?」
「ん? ああ、たぶん相当、昔から語り継がれている妖みたいだ」
柊の質問から、和泉さんは、ペラペラと紙を捲りながら、霊視の結果と合わせて教えてくれた。
『えんぎご』とは、この地方で、昔から恐れられている妖怪で、実体がなく人に取り憑く習性があるそうだ。 これは、精霊の特徴とも一致するそうなので、そういう精霊だと考えるのが妥当だろうという事だった。
憑かれた人は、常に誰かに見られているような錯覚と強烈な寒気を覚える。 さらに『えんぎご』は、大禍刻、いわゆる黄昏時に山からやってきて人を食べるという記述があった。 これに和泉さんが霊視してきた内容と合わせると、『えんぎご』は直接、人を食べる訳ではなく、山から降りてきて、人に取り憑き、憑かれた人間が人を食べる事を記述しているのではないか? という事だった。
これらの内容は、青木君から聞いた長屋ディレクターの症状と合っていると言えた。
昔話では、山から来た僧が封印したそうだが、おそらくは、『山』の法師に高額を支払い、封印したのだろう、という事だった。
「それにしても、『えんぎご』なんて、変な名前だよなぁ? なんか意味があんのかぁ?」
「わからん。 もしかすると……、前鬼・後鬼から来てるのかもしれない……。 まぁ、推測の域を出ないが……」
前鬼・後鬼とは、役小角という修験道の開祖が使役していたという二匹の鬼だ。 赤鬼の前鬼と青鬼の後鬼は夫婦の鬼で、前鬼が夫、後鬼が妻だと言われている。
小角は、主に奈良や熊野で活動していたので、この地方から近いと言えば近い。
ぜんきごき。
かなり強引な気もするが、セイメイドウマンがセーマンドーマン、元興寺がガゴゼに変わった事を考えれば、『ぜんきごき』が『えんぎご』に変わったとしても、然程、不自然ではないように思えた。
「……ん?」
不意に和泉さんの手が止まる。
「……『えんぎご』に憑かれると『えんぎご』になる、という記述もあるな……。 『えんぎご』に憑かれた村人は、精神に異常をきたし、運動障害の末、全身衰弱で死亡した後、……『えんぎご』になり、家族に憑くらしい……」
「クールー病……。 クロイツフェルト・ヤコブ病ね」
ずっと黙っていた河合美子が口を開く。
「なんだかよくわからないけど、食人に魅入られるのなら、異常プリオンに汚染されてもおかしくないわ。 家族も同じ食文化なら、きっと1人発症したら、家族も続けて発症する事になったんでしょうね。 ……で、貴方達は、その『えんぎご』って奴が憑いていると主張する訳ね?」
話についていけない僕は、こっそり青木君に聞いてみる。
「ねぇ、クロなんとかヤコブ病って何か知ってる?」
「……クロイツフェルト・ヤコブ病ですね。 要は狂牛病の人間バージョンです。 食人の文化のある種族特有のクールー病ってのが有名なんです」
小声で尋ねた僕に青木君も小声で返してくれる。 要は、共食いするとなる病気という事か……。 今の話から、その病気の名前がすぐ出るってことは、河合美子はなかなかに学があるらしい……と、上から目線で思っておこう。 敢えて口にする事はしないけど……。
「まぁ、クールー病かどうかは別として、『えんぎご』が、封印されていた石像を長屋ディレクターが倒したという話もあるし、十中八九、『えんぎご』で間違いないだろう……」
僕と青木君がこっそり会話している間に、和泉さんが河合美子に答える。
「ありえないわ。 ……その『えんぎご』? なんていうマイナーな話、今まで聞いた事もないもの。 貴方も同業者ならわかると思うけど、誰も知らないようなマイナーな逸話でノーシーボ効果が起こるとは思えない。 ……長屋さんが、ソレの存在を知ってたとしたら、……その……別だけど……」
河合美子の言葉が、自信なさげに小さくなっていく。 それを聞いた和泉さんの目が大きく見開かれ、そして……、微笑んだ……ように見えた。
「……そうか。 少し、あんたの事を見直したよ。 てっきり、構ってちゃんを拗らせた自称霊能者だと思っていたが……、あんたはカウンセラーだったんだな……」
その短いやり取りにどんな意味があったのかはわからないが、和泉さんが優しい顔で微笑んでいる。 あの眼力で人を殺せそうな和泉さんが……。 あれ? 和泉さんってインチキ霊能者が嫌いなんじゃなかったっけ? でも、今の和泉さんの態度は、今までの河合美子に対する態度と明らかに違って見えた。
「……どういう事?」
僕は、思わず柊に助けを求める。 ……が、その問いに柊は肩を竦める形で答える。 わかんね、と。 その顔と仕草にイラッとする。 欧米かっ!
「これも縁だ。 実際に、こういう世界もあるって事をしっかりと教えてやる」
和泉さんが不敵な顔で笑う。
「おっ! 真ちゃん、イケそう?」
「ああ、精霊だとわかれば、これだけの材料でイケるだろう。 結論としては、『えんぎご』は『憑かれると食人衝動に駆られる』という概念だと言えるだろう」
和泉さん曰く、精霊は概念のようなもので、人格がない。 要は、『そういうもの』という事がある程度分かれば、同調は可能らしい。 これが、動物霊だと人格のようなものがあるので、動機や思考を読み取る必要があるらしいのだ。
今回のケースで考えると精霊ならば、『憑かれると食人衝動に駆られる』という事がわかればよく、動物霊だと『憑かれると、なぜ食人衝動に駆られるのか?』まで、読み取る必要があるという事だった。
これだけ聞くと、圧倒的に精霊を払う方が楽に聞こえるが、精霊は霊視できないので、今回のように縁のあるものから、間接的に概念を読み取らなければいけないので、どっちもどっちという事だった。 今回、スムーズに『えんぎご』の情報がわかったのは、かなり運がいいと言えた。
和泉さんが説明している間、河合美子と冴島は、怪訝な表情をしていた。 ちなみに柊はドヤ顔で頷いていた。 ……なぜ、お前がドヤ顔をする?
それにしても、精霊という言葉はよく聞くが、人格がないというのは初耳だった。 和泉さんの語る『えんぎご』の話を思い出し、ふと疑問が頭を過ぎる。 なんで『憑かれると食人衝動に駆られる』のだろう? そんな概念、どうすれば生まれるというのか?
『そういうもの』と割り切るには、あまりに不自然な概念だ。 それに、『寒気を感じる』とか……、どう考えても食人との繋がりがわからない。
僕は、なんとなく昔話が載っている資料を見る。 他の史料は文字が読めないからだ。 概念……寒気……共食い。 ……何か心に引っかかる。
……なんだろう?
和泉さんと柊が、長屋ディレクターを椅子に座らせて、お払いの準備をしている最中、僕はモヤッとした気持ちを抱えながら、昔話を何度も読んでいた。




