幻の鬼鳴村を追って
朝になり、僕らはホテルのロビーに集合した。
長屋ディレクターは、一緒のツインルームに泊まった和泉さんに連れられて来ていた。 長屋ディレクターを縛っていたロープは、チェックイン時に解いていた。 縛った状態でチェックインしたら、流石に警察を呼ばれてもおかしくないからだ。 もちろん、暴れられては困るので処置をした状態だ。 柊の筆によって作られた符を外から見えないよう服の下に貼ってあるのだ。 『おとなしく従う』と書かれた符だ。
そんな事が出来るなら、符の力で憑依している精霊をどうにか出来ないか? と思ってしまうが、自我が弱い状態であれば、身体を操ることは出来るが限界はあるし、中身(精霊)には、身体が殻のように邪魔になってしまい、効かないらしい。 まぁ、それでもかなりのチートだとは思うが……。
「……で? これからどうするつもり?」
美子が、腕組みをしながら、不機嫌さを隠さない様子で尋ねてくる。 この人、TVで見るのと、だいぶ印象が違う。 まぁ、僕らが仕事を横取りしようとしていると思っているからだろうが、TVで見るよりも高圧的に見える。
「え〜っと、僕と柊、それから和泉さんと青木君とで、鬼鳴村のロケで行ったルートをなぞって、調査していくので、河合さんと冴島さんは、長屋さんの見張りと地元の資料館やネットなどの調査をお願いします」
僕は、予め和泉さんと柊と決めていた段取りを説明する。
「ダメです。 ……私も、あなた達に同行します!」
「……その格好でか? 青木君、ロケは山道とかも通ったんだろ?」
「……はい。 さすがにヒールでは無理かと……」
美子のダメ出しに和泉さんが応え、青木君が肯定する。 見れば、事前にロケをなぞる可能性を考えていた僕らは、それなりの服装(柊は、アロハだが……)をしているが、突然、同行が決まった美子は昨日の服装のままだし、足元もヒールだ。 とても、山道を歩ける服装には見えなかった。
「……わかりました。 では、鬼鳴村についての情報を探せばいいんですね」
自分の服装を見て諦めた美子は、素直に引き下がり、溜息混じりに尋ねてくる。
「いや、鬼鳴村の件はどうでもいいや。 この地方の人喰いの妖が出る昔話や逸話、伝承とかを中心に集めて欲しいんだ」
柊が、手をヒラヒラさせながら訂正する。
「は? 憑いているのは渡久地の霊ですよ? なんでそんなの調べなければいけないのよ?」
速攻で否定された美子が、ますます不機嫌になる。
「……あのなぁ」
「いや、鬼鳴村は公式の記録に残っていない可能性もありますし、僕らが現地で調べますから……。 それに、……その渡久地も何かに憑かれていた可能性があるので、そちらを重点的に調べて欲しいんですよ」
柊が何かを言おうとしたので、慌ててフォローを入れる。 柊の事だから、どうせ美子に対して、『インチキ』とか『モグリ』とか言うつもりだったのだろう。 この正直村の村民め! 図星突かれたら、人はムキになるって相場が決まっている。 ますます不機嫌になって、やりにくくなるのが目に見えている。
「……まぁ、わかったわ。 じゃ、ボディガード君、私が長屋さんを見ておくから、彼を縛った後、適当に調べてきてちょうだい」
「……うす」
「いや、まぁ、あのおっさんなら、わざわざ縛らなくてもいいと思うけど……」
柊が、美子と冴島に意見する。
「はん? あなたの札なんて、信用できる訳ないでしょ? 2人きりになって私が襲われたら、どうすんのよ?」
「……まぁ、好きにすればいいさ」
柊が言葉を失い、和泉さんが低い声で応える。 そこから、和泉さんの心情は読めないが、まだ不機嫌なんだろうか?
そうして、僕は一抹の不安を抱えながら、二手に別れることになった。
◇ ◇ ◇
「ここからは、徒歩です」
僕らは、鬼鳴村に向かうため、青木君の案内で30分程車を走らせた。 そこは見事な田舎だった。 辺りは田畑に囲まれ、民家も疎らだった。 そして、木が鬱蒼と茂る一角の脇のスペースに車を置いて、山道を登る事になった。
「はぁ、本当なら僕は街で調査する予定だったのに……」
俯き、土まみれになったスニーカーを見ながら、思わず恨み言が口を突く。 キキが、心配そうに見てくるが、幽霊って疲れないんだろうか? ……なんかずるい。
「まぁ、恨むんなら、あのインチキ姉ちゃんを恨むんだな」
本を脇に挟んで、青い柊メガネを掛けた柊が、アロハ姿で枝を振り回しながら笑う。 ……子供か!?
「ここをしばらく進むと脇に向かう道があるんで、そこに入ります」
青木君が道と言ったところは、人1人通れる程度の木と木の隙間で、とても道とは呼べないような代物だった。
「これ……道なの?」
「ええ、道ですよ。 昔、林業が盛んだった頃の名残です。 ここを抜けると、開けたスペースがあって、廃墟になりかけている山小屋があるんです」
GPSを片手に、枝を手で払いながら、青木君が先頭を進む。 こんな所にまで行かないといけないとは、TVの仕事も大変なんだなぁ。
キキは、枝を気にしないですり抜けながら進んでいく。 ……やっぱり、幽霊ってずるい。
少し進むと、青木君の言った通り、小屋らしきものがあった。 その小屋は、使われなくなって、だいぶ経つのだろう。 外観は、立派に朽ちかけていた。
「あっちです」
青木君は、さらに奥の林を指差す。 また、人1人通れる程の隙間があった。
「少し、休憩しよう」
いつもの作務衣ではなく、カーゴパンツにロンTという似合わない格好の和泉さんが、ステキな提案をしてくれる。
僕は、草が伸びきったスペースにへたり込み、ペットボトルのお茶を飲む。 一時期に比べて、だいぶ過ごしやすくなったとはいえ、日中はまだまだ暑い日が続いている。 かさばるけど、1リットルのお茶を買っておいてよかった。
「どう?」
僕は柊に尋ねる。
柊は、柊メガネで場の流れを見て、怪しいところがあったら、和泉さんに伝える予定になっていた。
「うんにゃ。 特に変なところはないね。 ……今んところは……」
「……あとどれくらいなんだ?」
和泉さんがお茶を飲みながら、青木君にこの先の道程を尋ねる。
「この後は、少し難所が続きますが、あと半分くらいってとこですかね」
青木君が、ゴーグルマップを印刷した物を広げる。
「今が、この開けたところで……、この後、ここの木々の隙間を縫って、この川を越えたら、この道らしきものが現れるんで、その道沿いに行けば、ここの集落の跡地みたいなところに辿りつけます」
僕はそれを見て、本当にまだ半分くらいなのだと理解し、……見なければよかった、と少し後悔した。
「この川は、橋とかあるのかい?」
和泉さんが、川を指差して尋ねる。
「いや、ないです。 ……でも、少しこっちに行くと大きな倒木と岩があるんで、それを伝って、渡ることができます」
こりゃ、本当に秘境だ。 本当にこんなところに鬼鳴村があったんだろうか? もし、あったんだとしたら、正に『幻の鬼鳴村』に相応しい。 それとも、昔はもう少し、道が整備されていたのだろうか?
ザリッ。
不意に音が聞こえた。
……ガサガサ。
誰かが枝を掻き分ける音と足音が聞こえたのだ。
自分達が、ここに来た木々の隙間に注目していると、作業着っぽい服を来た初老の男が、そこから現れた。 そして、こちらを見ると、迷うことなく近寄ってきた。
「あ〜、麓ん車ぁ、あんたらのかぁ?」
この地方独特の訛りが混じった言葉だった。
「……はい」
青木君が、男の質問に答えた。
「お? あんたぁ、こないだのテレビの人やなぁ? なんじゃあ? まぁた来たんかぁ?」
あっと、青木君が声を挙げて、「この辺の地主の山本さんという人です」と、小声で伝えてくる。
「……今回は、別の取材なんですが……、お父さん、この辺で人を喰う化け物の話とかありませんか?」
青木君の代わりに、和泉さんが答える。 このまま、人喰いの精霊のヒントを探す気なのだ。
「はぁ、バケモン……。 そっただもん、よぉ知らんわぁ。 なんぞぉ、あったんかぁ?」
男は、首を捻りながら答える。 何かを隠しているとは思えない。
「……では、ここ最近、何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事……。 あぁ、そうじゃあ、こないだ、あんたらテレビの人ぁ来た時に、えんぎごば、倒していったろぉ」
「……は? なんて?」
柊が、思わず聞き返す。
「えんぎごじゃあ。 こん先の石ぃん像の事だわぁ」
和泉さんが青木君を見る。
「きっと、この先の川を渡ったところにある石像ですね。 長屋さんがうっかり倒してしまった奴だと思います」
「その……えん……なんとか? それって何なんですか?」
青木君の言葉に頷いた和泉さんが、男から話を聞き出そうとする。
「えんぎごか? まぁ、この辺に出るオバケだわぁ。 子供ん頃、よぉ年寄り連中に言われとったわ。 『ええ子にせんと、えんぎごに憑かれるでぇ』って」
3件目のブクマがつきました。
この場を借りて、お礼をさせていただきます。
ありがとうございます。




