ブルーツ・リーの依頼
おっす! おら航輝! ひょんな事から、TVで見たことのある可愛すぎる霊能者と、ドライブする事になっちまったぞ。 なんだか、よくわかんねえが、おら、ワクワクすっぞ。
と、いう訳で、僕は今、和泉さんの車で鬼鳴村へと向かっている。 メンバーは、8人。 運転は和泉さん。 助手席に柊。 後部座席に、僕、冴島と呼ばれているAD、可愛すぎる霊能者の河合美子。 三列目に青木君、長屋と呼ばれている今回のターゲットと、こっそりキキが並んで座っている。 沈黙の車内は、かなり空気が悪い。
なぜ、こんな状況になったのか?
きっかけは、柊のHPに届いた、とある人物からの直メールだった。
『柊様
ボン・ボヤージさんの動画から来ました。 ブルーツ・リーと言います。 今回は、ぜひ除霊を依頼したいと思い、メールさせていただきました。
私達は、ある事情で鬼鳴村という都市伝説について、調査をしていました。 その途中で、仲間の1人が霊に憑依されてしまったようなのです。 もし、よろしければ、一度視ていただけないでしょうか?
以下に、憑依されたと判断した経緯を記します。 また、鬼鳴村の資料も添付しますので、ご確認ください。
・食人に対して、異様な興味を示している。
・この連日の暑さの中、寒さを訴えている。
ただし、熱がある訳ではない。
・常に誰かに付き纏われていると感じている。
以上、お忙しい中、申し訳ありませんが、ぜひご一考お願いいたします。
ブルーツ・リー』
その依頼人が、ブルーツ・リー。 Blue tree、……青木君だったのだ。
修蓮さんの紹介や辻褄屋の仕事以外では、脇田の案件以来初めての依頼だった。 喜び諌んで返信をしようとした僕を止めたのは柊だった。
柊もそのメールに喜んだのだが、問題は依頼内容だった。
憑依。
僕は、その辺の知識はないが、柊が言うには、かなり厄介な案件なのだという。
人に憑依している状態だと、煙管の煙も筆で書いた符も効かないのだと……。 故に、一度、人から剥がさないといけない……。
ただ残念ながら、霊感のない柊には、人から剥がす術がないという事だった。
……と言うのも、柊が師匠から教わった内容らしいのだが、憑依しているモノを剥がすためには、一度、その憑依しているモノと同調し、自分とそのモノが混ざったような状態から、一気に外に出るイメージが必要という事らしいのだ。 その同調は、深い霊視と同義で、強い霊能力というより、強い霊感が必要な技術という事だった。
霊と呼ばれる魄がデータだとしたら、霊感というのは読み取り機能なのだと柊は言う。 読み取り機能が強ければ、魄を認識する事も可能だし、データから記録を読み取る事も可能なのだ。 それが、所謂、霊視と呼ばれるものの正体なのだという。
対して、霊能力は上書き機能、もしくはフォーマット機能のようなものらしい。 そこにあるデータをフォーマット、もしくは上書きすることで、魄を霧散させるのが除霊と呼ばれるものの正体らしい。
まぁ、厳密には違うらしいが、僕らの分かりやすい言葉で、霊感や霊視、霊能力、除霊を表現しようとすると、そういう事になるらしい。 小難しい事は、よくわからないが……。
と、まぁそういう訳で、本当に憑依だとすると、柊1人ではどうしようもないらしい。
だが、憑依じゃない可能性もある。 なぜなら、憑依というのは、かなりのレアケースで、狐や犬などの一部の動物霊をベースとした妖か、精霊と呼ばれる存在しか、人に憑依する事ができないからだ。
精霊というのは、自然や教訓、思想などが瘴気を纏ったもので、瘴気そのものと言っても過言ではないような存在なので、物や生物を核として瘴気を纏った妖とは一線を画すものらしい。
とはいえ、今回の案件は憑依された人間が、食人に異様な興味を持っているという事なので、人の命に関わる可能性が高いので、放っておく訳にもいかない。
かと言って、柊1人でどうにかできる可能性も低い。
どうしたものかと悩んでいた時に、思い出したのだ。
昔、動物霊に憑依されていたと思われる人物とそれを救った霊能者の存在を。
そう、幼い頃、狐憑きだったという和泉さんと、それを長年掛けて除霊した修蓮さんだ。
「あらあら、じゃあ真ちゃん連れていったらどうかしら?」
早速、修蓮さんに電話をしてみたら、そんな答が返ってきた。 和泉さんは、長年、狐の霊に憑かれていた影響で、霊感がかなり高くなっているらしいのだ。 それは、修蓮さんを凌ぐ程に……。 しかも、最近は柊と一緒に除霊の仕事に行く事が多く、やりやすいだろうとの事だった。
そして、和泉さんと合流し、依頼人のブルーツ・リーと連絡を取り合い、作戦を検討した。
「もし、精霊が憑依していたとすると……、現地に行く事になる」
和泉さんは、僕達にそう告げた。 理由は一つ。 霊視が難しいからだ。 霊視とは、魄や残留思念を読み取るものだ。 だから、動物霊をベースにした妖が憑依していた場合は、その妖の核となる魄を読み取る事で、同調が可能なのだ。 だが、精霊の場合は違う。 魄が核になっていないため、その周囲にあるものを霊視する事で、客観的に精霊の内面を予想していかなければならないのだ。
そうなると、本人の霊視と憑依した精霊がいた場所、場合によっては別の場所に赴いて、霊視を繰り返し行い、同調の材料とする必要があるのだ。
したがって、移動は夜間でも動けるように、和泉さんの車で向かうことになった。
青木君と初めて会った時は驚いた。 アメージングというTV番組のADの1人だったからだ。 なぜ、番組に出てくる霊能者を頼らなかったのだろう? と。
青木は、その理由についてバツが悪そうに答えた。
「あれは、ほとんど仕込みなんです」
要は、TV映えする自称霊能者を適当に連れてきて、番組で仕込んだ対象者を除霊してもらっているのだと言う。 もちろん、自称霊能者には内緒で。 でなければ、リアリティが出ない、というのが心霊コーナーを担当するディレクターの談らしい。 ちなみにプロデューサーにも内緒だという事だった。
ショックだった。 あの『可愛すぎる霊能者』もインチキだったとは……。 本人達は、ちゃんと実力があると思い込んでいるというところが、余計にタチが悪い。
そこに一つの懸念点が生まれた。
和泉さんは、幼い頃、インチキ霊能者のせいで両親がかなり苦労したという過去がある。 だから、困っている人間に高額の費用を吹っかけて、払えないとみるや平気で見捨てる『山』も嫌いだが、インチキ霊能者は……もっと嫌いなのだ。
青木の話を聞いた和泉さんの表情が、一瞬、顰められたのを、僕は見逃さなかった。
同調は、繊細な作業だという。 同調に失敗するならまだしも、同調中に心が乱れると、相手に精神が取り込まれて、廃人になってしまう可能性があるらしい。
インチキ霊能者を売りにしている番組のディレクターを救うという事が、和泉さんの心に影響しなければいいのだが……。
それが、僕の抱いた懸念点だった。
肝心の長屋というディレクターの部屋に行くと、先客がいた。 ADの冴島と可愛すぎる霊能者、河合美子だった。
そこで、河合美子がインチキ霊能者であるという確信が持ててしまった。 ……目の前で踊り狂うキキに全く反応しなかったのだ。 ちなみに、キキに河合美子の前で踊り狂うように指示したのは、和泉さんだった。
そこからの和泉さんは、明らかに不機嫌だった。
……そして、現在、絶賛不機嫌中の和泉さんの運転で、鬼鳴村があると言われている県へと向かっているのだった。
……やれやれだぜ。




