可愛すぎる霊能者
「冴島! さっき角田さんが呼んでたぞぉ! A11会議室で待ってるとよ」
山のような資料を抱えた俺に、AD仲間が声を掛けてくる。 なんてこった。 都内の図書館を回れるだけ回り、関係しそうな箇所をコピーしまくり、借りられるだけの本を借りてきて、ようやく落ち着いて内容の確認ができると思った矢先にこれだ。
まいった。
きっと、俺の才能が溢れすぎて、隠しきれなかったのだろう。 できる男には嫌という程、仕事が降ってくるものだ。 ……とは言うものの、一体なんだろう?
俺は、資料を机に放り投げ、会議室へと向かった。
コンコンコン。
「おう」
ノックに対する返事を確認して、扉を開ける。
「失礼しまっす。 冴島っす」
会議室では、角田と女性が机を挟んで、向かい合って座っていた。 上座に座っているのは、俺も何度か見た事のある女性だった。 最近、番組の看板霊能者として有名になった河合 美子だ。
美子の持つ、小さな顎、大きな瞳に鼻筋の通った上品な顔。 生で見てもキメが細かく、透き通るような白い肌。 彼女がアイドルだ、と言われても納得してしまう程のオーラが滲み出ていた。 可愛すぎる霊能者と呼ばれるのも頷けるというものだ。
2人の前にはコーヒーカップが置かれていて、美子たんが両手で持ったカップを口に運んでいた。 その仕草はまるで小動物のようで、思わず見惚れてしまう。
あぁ、俺もコーヒーカップになりたい……。
「よし、お前も座れ」
角田が声を掛けてきたところで、ようやく正気に戻る。 美子たんを見たまま、近くにあった椅子に腰を掛けると角田が話し始めた。 ……雑音にしか聞こえないな。 こんなおっさんの声よりも、美子たんの声が聞きたい……。
「なるほど……。 長屋さんが、そんな事に……」
そう言いながら、再びカップを口に運ぶ美子たん。 あぁ、美子たん、ハァハァ。
「と、まぁそんな訳で、美子ちゃん。 一回視てやってくんないかなぁ? お礼は弾むからさぁ」
途中、話がまったく入って来なかったが、どうやら長屋ディレクターを美子たんに視てもらおうという話のようだ。
……だが、俺は知っている。 それがムダに終わってしまう事を……。
何故なら、長屋さんが出社拒否しているのは、霊なんかの仕業ではなく、ボーイズラブの末のハートブレイクでギミアブレイクだからだ。 それは、決して美子たんの領域ではない。 彼に必要なのは、美子たんの癒しではなく、二丁目のいやらしなのだ。
「もちろん、いいですよ? 角田さんにも長屋さんにも、いつもお世話になってますし……。 ただ、私、この後予定があるので、明日以降にしていただけると助かるのですが……」
……美子たんの美声。 いつまでも聞いていたい。
「そいつは、もちろん! いやぁ、悪いねぇ。 普通に頼むと1年待ちなんだろ? こういう相談って……」
「ええ、おかげさまで。 ……では、明後日の収録の後でどうですか?」
「サンキュー美子ちゃん! 恩に着るよ」
どうやら、話がまとまったようだ。 それもこれも俺が同席していたおかげだろう。 まぁ、結局は無駄骨に終わるのだがな。
「よし、そうと決まれば冴島! お前は明後日、アメージングの心霊写真コーナーの収録の後、美子ちゃんのボディガードだ!」
ボディガード……。
心霊とは関係のないハートブレイクによるヒッキーの除霊に2人っきりで行く……。
はっ! まさか!?
まさかとは思うが、これは美子たんの策略なのでは? 美子たんは、俺に一目惚れして角田さんに頼んだのだ。 できるだけ、不自然に見えない形で2人っきりになれるように協力してくれ、と。 謎は全て解けた! じっちゃんの名と掛けて、……何と説こう?
それにしても明後日か……。 確か、アメージングの収録後は、ネット配信の『勝手に裁判〜絶対に訴えてやる〜』の企画会議が入っていたはずだ。 当然、美子たんとのデートの方が優先度は高い。
「明後日は、別の番組の企画会議が入ってるんすが、そっちはどうしましょう?」
「あん? あ〜、そっちは他のADに振っといてやるから、こっちを優先しとけ。 誰かになんか言われたら、俺の指示だっつっとけ」
「了解であります!」
「あと、ロープは持ってけよ」
「ロープっすか?」
ロープ……、縄? 美子たん、……そんな性癖が? ……どっちが縛られる役なんだろう? どっちも嫌だという訳ではない。 まだ趣味ではないが、興味はあるのだ。 だが、初デートでそういうプレイは、ちょっと引くというか……、恥ずかしいというか……。 問題は、俺が亀甲縛りのやり方を知らないという事だろうか? 明後日までに習得できるだろうか? いや、大丈夫。 拘束さえできれば、亀甲である必要は全くないはずだ。 ……あと目隠しはいるだろうか?
「アイマスクはいりますか?」
「アイマスク? いらんだろ。 動けなくできれば問題ない。 今の長屋の前に美子ちゃんが出たら、十中八九、噛み付きにくるだろうからな。 そうならないように、長屋をなんとかふん縛って、動けなくしてから、美子ちゃんの前に引き摺ってけ」
ん? 縛るのは長屋さんか……。 え!? NTR!? 縛られた長屋さんに見せつけるように……ってこと!?
やばい! 新たな扉が開いてしまいそうだっ!
「……うす」
だが、なぜ長屋さんに見せつける必要があるのだろうか? …………まさか! 長屋さんの本命は青木ではなく、俺!?
「ふふふ、どう? あんたの大好きな男が目の前でメチャメチャにされるのは?」 脳内で美子たんが俺を弄びながら、長屋さんを挑発している。「やめろぉぉおおぉっ!」 脳内の長屋さんが、悲痛な叫び声を上げる。 ……なんとも、うるさそうだ。
「……ガムテープかギャグボールは、あった方がいいですか?」
その言葉に、角田が眉を顰めながら考える。
「……除霊中……叫ばれるとまずいか。 じゃあ、念のため、ガムテ持ってけ。 あと、ハンディもな。 場合によっちゃ、番組に使えるかもしんねぇからな」
……番組に使う? あぁ、ハンディカメラを持っていく口実か。 流石に18禁の映像は番組には使えないもんなぁ。 って事は、それもプレイの一つなのだろう。 角田、もしくは美子たんが後から楽しめるように、記録に残す訳か……。 もしかすると、それを見ながら2人で……って事もあり得るのか……。 そう考えると、この2人、なかなかに業が深い……。
「うす」
いかん。 さっきまで寝ていたMyサンが、寝起きの伸びを始めた。 ポジションの関係で、もぞもぞしていると、角田さんが訝しげな顔で、こちらを見ている。 違うんです、軍曹。 これは何かの陰謀なのです。
「……冴島、お前は頭は良くない。 だが、腕っ節と度胸だけはピカイチだ。 いいか? 絶対に美子ちゃんを傷付けさせるなよ?」
角田さん、そいつは間違ってますよ? 俺は決して頭が良くない訳じゃない。 周りが、……そして、時代が俺の頭の良さについてこれないだけなんです。
「うす」
まぁ、傷付けないようにプレイって事はわかった。 確かに俺は、そういうプレイは、まったく経験のない初心者だ。 初心者ならば、初心者らしく、無茶はするなという事だろう。
「よろしくね? ボディガード君」
美子たんが、俺に微笑みかけてくる。 さっそく、おねだりしているのだろうか? だが、今はダメだ。 角田の目がある。 ……いや、それが……いいのか? ……この淫乱霊能者めっ!
「あ、角田さん、念のために、……その『幻の鬼鳴村を追って』? の企画書を頂いてもいいですか? ……あと、ロケのVもDVDに焼いてくれません?」
「あぁ、そう言うと思って、用意しといたよ」
角田はそう言って、持っていた紙の束とDVDを美子たんに渡した。 美子たんは、それをパラパラと確認した後、高そうなバッグに押入れて立ち上がった。
「それじゃ、失礼します」
「あぁ、忙しいところ、悪かったね」
「うす」
美子たんは、部屋を出る前、俺に流し目をして、優雅に去っていった。 ……去っていってしまった。
「じゃ、冴島! そういうことで、しくよろ!」
角田も部屋を出ていった。
……とりあえず、俺は美子たんの座っていた椅子の座面に何度か頬擦りをした後、会議室を後にした。
……が、すぐに戻って来て、2人分のコーヒーカップを片付けて、再び、部屋を出たのだった。




