鬼鳴村伝説
申し訳ありませんが、作品の一部に、差別的な表現が含まれます。
人によっては、不快な気持ちになる可能性がありますが、何卒、ご了承ください。
青木は、自室で一つの動画を見ていた。 『ボン・ボヤージのホラーチャンネル』というMyTubeの動画だ。 夏休み特別企画の『心霊スポットで降霊術をやってみた!』という回だ。 青木は、ボン・ボヤージの動画のチャンネル登録をしている数少ない人間の1人だった。
青木は思う。 何度見ても、違和感がある、と。
前半はなんという事もない内容のくだらない動画だが、後半で本物の幽霊として白いモヤのような人影が現れて、パントマイムをする場面がある。 一見、シュールに見えるが、その白いモヤの完成度が高過ぎる。
数少ない視聴者達は、その白いモヤはCGという事で納得したようだが、青木はそこに違和感を覚えていた。
ボヤージはそれまでCGを使った事は一度もなかった。 それに、そのモヤが出るまでは、それまで通りの素朴な紙芝居だった。 そう、その素朴さこそが、このチャンネルの売りだと、青木は考えていた。 そこにきて急にCGである。
青木は考える。 もし、自分がこの動画を配信する立場だったら……。 最近、CGの技術を覚えたのだとしよう。 まず、最初にやるのは紙芝居をやめて、CGによる再現に変更する事だろう。 ……なのに、この有様だ。 一体、ボヤージは何を考えているのか? 青木には理解できなかった。
青木は、一つの可能性を考える。 本当にあの白いモヤが幽霊だったならば、と。 すると、青木が感じていた違和感がなくなる。 ……なくなってしまうのだ。
まぁ、それが狙いなのかもしれない。 だが少なくとも、今までボヤージは、そんな打算的と思われるような動画を流した事はない。
動画の最後に、助けてくれたという霊能者のHPのURLが流れる。 青木は、そのURLを眺めながら考える。 ……ダメ元で……試してみるか、と。 青木はそう思いながら、企画書を手にする。 『幻の鬼鳴村を追って』という自分が作った企画書だ。
鬼鳴村伝説。
数年前から、ネットの一部で囁かれている第二の杉沢村伝説だった。
◇ ◇ ◇
大正13年、とある県にある村(喜納村、一説には帰納村とも言われている)において、村の全世帯である6世帯32人中、28人が惨殺される事件が起きた。
犯人は、同村に住む渡久地 十蔵という青年で、凶器は日本刀と薪割り用の斧だと言われている。
なんとか逃げ延びた2人の村人の話から、隣村の警察が要請した応援と合流し、駆けつけた時、十蔵は殺した村人達を解体し、白痴の姉と2人で食していたという。 その光景は凄まじかったらしく、駆けつけた警察達が、しばらく肉を食べられなかった程だったと言われている。 十蔵は、警察に囲まれた後、持っていた日本刀により自害した。
保護された十蔵の姉は妊娠しており、お腹の子の父親は弟の十蔵だったと言われているが、娘が白痴であった事と、その村には夜這いの風習があったため、定かではない。
動機に関しては謎に包まれているが、当時は白痴の姉が村の男達に集団で慰み者にされた事が原因だったと実しやかに囁かれた。
ちなみに生き残った白痴の姉は、聴取の後、行方知らずとなり、詳細は不明なままとなっている。
その事件後、忌み事として村も地図から消え、事件も公の記録から姿を消した。 ただ、無人になったはずの、その村の跡地において、夜な夜な何者かの鳴き声のような声が聞こえるようになったという。 その鳴き声は、まるで鬼が鳴いているようだ、と誰かが言い出し、以来、近隣の人々は、その村の跡地を陰で鬼鳴村と呼ぶようになった。
そして現在、その鬼鳴村は鬼鳴村と呼ばれるようになり、その跡地に迷い込むと、二度と戻って来られないと言われている。
◇ ◇ ◇
はっきり言って、津山30人殺しと杉沢村を混ぜ合わせ、殺人と並ぶ三大禁忌である食人、近親相姦で味付けしたB級グルメだ。
青木は、溜息をついた。 こんな企画書なんて出さなければよかったのだ。 そうすれば長屋も……。
あの夜、長屋の様子は明らかにおかしかった。 ロケの初日の事だ。 青木は、夜、風呂を出た後に長屋に呼び出された。
◇ ◇ ◇
「昔、とあるマンガでギャング達が『何故、食肉は草食動物の肉ばかりなのか?』というテーマで話し合っていた場面があるんだが、……お前知ってるか?」
唐突に始まった会話に脈絡はなく、青木は、何か試されているのか? と訝しんだ。
「……ええ。 確か……肉を食べる動物の肉は臭いから、食材としては不向き。 結果、人間は肉を食べてるから、その肉は不味い、という話だったと記憶してますが……」
その答えに、長屋は満足そうに微笑んだ。
「その通りだ。 その話についてお前はどう思う?」
どう? って言われても……。 青木は、言葉に詰まったが、なんとか言葉を選んで質問に答えた。
「確かに、雑食の熊や猪などの肉は獣臭いし、概ね間違ってはいないと思いますが……」
「……違うな。 獣臭いと言われている動物は、雑食や肉食に限らない。 鹿だってヤギだってそうだ。 そもそも臭みの原因は肉ではない」
「……じゃあ、一体、なんだって言うんですか?」
「……血だよ」
「……血……ですか?」
「そう、狩猟の際にできた傷に雑菌か入り込み、血管を伝って全身に回り、獲物の体温で繁殖を始める。 要は血液が腐敗していくわけだ。 その匂いが肉に染み込んで臭くなる。 それがジビエ肉の臭みの正体だ」
「……なるほど。 でもヤギは狩猟で狩る訳じゃないですよね? じゃあ、なんで臭いんですか?」
「つまり、血抜き処理をしなければ、豚だって牛だって臭いし、逆に言えば血抜き処理さえしっかりしたら、人間の肉だっておいしくいただけるだろう……、という事だ」
「……あの、ヤギは……」
「肉食獣がレストランで出ないのは、単純にコストの問題だろう。 エサ代がバカにならない。 だから、低コストで育てられる草食獣の肉がメインとなるわけだ」
「……で、ヤギは?」
「ところで、魚を好む人間と豚肉を好む人間では、どちらが優れた生物だと思う?」
「……あの……ヤギ……。 ……いや、いいです。 ……生物的に優れている方……ですか?」
「そう。 魚は捕まえる時に逃げられる事はあっても、反撃される事がない。 だが、豚はどうだ? 思わぬ反撃を喰らう事もあるだろう。 つまり、魚を捕まえられる方よりも豚を狩る方が難易度は高く、豚を狩れる人間の方が生物的には上という事になる」
そこで、長屋が一息つきながら、青木の様子を伺う。 青木は困っていた。 話の着地点が見えないからだ。 着地点が見えないと、肯定すべきなのか、否定すべきなのかが判断がつかない。 そんな青木を無視するように、長屋は「それにしても、寒いな」と言いながら、話を続ける。
「……もし、魚しか狩れないくらいの人間が豚肉を食べて、もっと食べたいと思ってしまったらどうなる? 当然、分不相応に豚を狩りにいくだろう。 生命を危険に晒して……。 そう考えると、自分より強大な獣の肉を美味しいと思うということは、生命を危険に晒す事と同義だと思わないかい? それは生物として、欠陥的な事だろう。 だから、人は分相応な味覚を持っているはずなんだ」
青木には、長屋の瞳が闇の中で爛々と光っているように見えた。 長屋は、一度、ジュルリと涎を啜って青木を見た。
「つまり、食の好みは生物的な強さで決まると言えるだろう。 農作物で満足する人間よりも魚を食べて満足する人間の方が、魚を食べて満足する人間よりも、豚肉を食べて満足する人間の方が生物的に高次の存在と言える訳だ」
「……はぁ」
「そして、その考え方で言ったら、豚肉よりも牛肉を好む人間の方が生物的には上だし、牛肉よりも熊肉を好む人間の方が生物的には上の存在と言える」
「……ですかね」
「では、……人肉を好む人間は?」
そこでようやく青木は合点がいった。 長く、回りくどい話ではあったが、長屋は鬼鳴村伝説の渡久地について、新たなアプローチを考えているのだ、と。
渡久地は、白痴の姉が慰み者にされたため、村人を惨殺し、その肉を食ったと言われているが、長屋は暗に言っているのだ。 食人そのものが、動機であったのではないか? と。
「渡久地は、生物的に普通の人間よりも高次の存在であった……。 そう言いたい訳ですか?」
「……わからん。 ……お前、ちょっと……指とかの一部でいいから、俺に食べさせてくれないか?」
そう言って、長屋は虚ろな目で青木を見詰めた。 饒舌に喋っていた長屋が黙った事で、辺りは静寂に包まれた。
「……じょ、……冗談はやめてくださいよぉ」
かろうじて絞り出した自分の言葉は、とても陳腐に聞こえた。 風に吹かれる木々のざわめきが音を取り戻した気がした。
「……はは、まぁいいや。 お前、もう部屋に帰りな。 俺は、もうちょっと夜風に当たってから帰るから……」
長屋は乾いた笑いを見せ、夜の闇の中へと消えていった。
◇ ◇ ◇
青木は、ロケ初日の夜を思い出し、唇を噛んだ。 その時から、少しずつ長屋の様子がおかしくなっていったのだ。 やたら寒がったり、食人に関して、強い興味を見せたり……。 そして、ロケの終了後、姿を見せなくなった。
ありえないとは思うが、渡久地の霊に憑かれてしまったのかもしれない。 そして、……一度そう考えたら、そうとしか思えなくなってしまっていた。
青木は座る姿勢を正し、動画に書かれているURLのHPへと飛んだ。 長屋を渡久地の霊から救うために……。
肉の獣臭さは、必ずしも血のせいとは限りません。
作中での肉の臭さの議論は、あくまで長屋の屁理屈です。




