ミラクル体験!アメージング!
「さて、君らも知っているとは思うが、Dの長屋がどうやら病んじまったらしい。 まぁ、この業界、そんな話はごまんとあるわけだから、別にどうってこたぁない。 問題は、あいつが担当していた企画に穴が空いちまったってことだ」
プロデューサーの角田が、そう口を開いた。 その言葉に対して誰も何も言わない。 そりゃそうだ。 口を開いたが最後、代わりの企画を要求される事はわかりきっているのだから……。
今、俺は『ミラクル体験! アメージング!』の企画会議に出席していた。 不思議な出来事や、都市伝説、心霊写真など、要はオカルトを題材にした番組の会議だ。 端的に言うと、『幻の鬼鳴村を追って』という企画を担当していた長屋ディレクターが心を病んじまったため、急遽代わりの企画を考える必要が出たって事だ。
「誰か、代わりの企画を持っている奴はいないのか?」
誰も発言しないのを確認した後、角田が続けた。 言い終わった後、周りを確認するように見回した後、さらに続けた。
「おいおい、こりゃチャンスだぞ? いいのか? こんなビッグチャンスを逃しちまって……。 俺が若い頃は、こんな事がありゃ、無理矢理にでも自分を売り込んだもんなんだがなぁ。 なぁ、青木! どうなんだ?」
角田が、1人のADを名指しした。 かわいそうに青木は、ビクビクしながら周りを見回した。 だが、みんなは青木から目を晒した。 思えば、この会議が始まる前から青木はビクビクしていた。 それは、この議題に関係しているのは明らかだった。
なんせ、今議題に上がっている長屋が病んでしまったのは、青木が持ち込んだ企画のロケを行った直後だったからだ。
何があったかはわからない。 だが、ディレクターは出社しなくなり、鼻持ちならないくらいに自信満々だったADの青木は、まるで別人のようにビクビクしているし、カメラマン達は、頑なに口を閉ざしている。 ロケ中に何かあったんだろう事は誰の目にも明らかだ。
青木は、オドオドビクビクするだけで、口を開こうとしない。 なんだぁ? 間抜けかぁ?
「別に、ロケは行ったんだから、それをそれっぽく仕上げりゃいいんじゃないんすか?」
つい思わず、本音が溢れた。 しまった、と思った時には遅かった。 皆が俺に注目してしまった。
「ほう、お前は……確か、冴島だったな? じゃあ、お前だったらどういう流れにする?」
「え〜と、ロケのVを確認して、そのロケが原因でディレクターが心を病んだってところまでをピックアップして、鬼鳴村の都市伝説と絡める感じでまとめて……、最終的には鬼鳴村が時空に飲まれた村だったみたいな感じで終わらせるとか……」
「はい、却下! あのなぁ、ロケのせいで心が病んだとか、言っていい訳ないだろが? コンプライアンスッ! お前の頭は飾りかぁ? それともスイカが乗ってんのかぁ? 少しは考えろっ! タコがぁ!」
パワハラだろが! タコがぁ!
とは、思っても言えない。 この業界はブラックなのだ。 自分達が真っ黒なくせに、他のブラック企業を思いっきり叩く。 そうする事で自分達が黒だと気付かせないようにしているのだ。 それがこの業界なのだ。
結局、他のディレクターが、温めていた感動秘話のVで穴埋めする事に決まり、その会議は終わった。
だが、この天才AD冴島 道一様の鼻は、敏感に嗅ぎ取っていた。 極上ネタのナイススメルを……。 他のバカ共は気付かないかもしれない。 だが、俺にはわかる。 青木の企画のロケで起きた事、それはきっと番組のネタとしては極上のネタになるであろう事を。
会議を解散して、ぞろぞろと歩く人の中から、青木を見つけて、近くに陣取る。 青木は、一瞬、こちらを見たが、何事もなかったかのように歩き出す。
「……なぁ、何があったんだ?」
俺は、青木と並びながら声を掛ける。
「……別に」
青木はつれない返事をする。 だが、そんな事でへこたれる俺ではない。
「なぁ、何か知ってるんだろ? 長屋さんが来なくなった理由」
「……」
今度は、無視ときたもんだ。 取りつく島もないとはこの事だ。 その反応を見て、俺はピンと来たね。 何か事件の匂いがするってな。 絶対に聞き出してやるぜ。 じっちゃんの名にかけて! ちなみに俺のじっちゃんは、冴島 春夫。 ただの町工場の工員だった。
まぁ、いいさ。 青木がダメなら、他を当たればいいのだ。 さすが、俺。 冴島の名前は伊達じゃない。 冴えてるね。
という訳で、青木からターゲットを変更。 カメラマンの伊達さんに突撃インタビューだ!
「伊達さん、伊達さん! 教えてください! ロケ中に何があったんですか?」
その質問に伊達の眉毛が動くのがわかった。 これは、手応えありか?
「……何って? 何が聞きたいんだ?」
「……ズバリ、長屋さんが出社しなくなった理由です」
「あんま、いいもんじゃないぞ?」
「やっぱり、何か知ってるんですね?」
「……まぁなぁ。 お前が知ってるかは知らんが、あのロケは2泊3日で行われた。 ……初日は、山ん中に入って、一日中歩き回ったんだ」
伊達は、きっと誰かに言いたかったんだろう。 かなりスムーズに教えてくれた。
初日にロケで、ゴーグルマップに映った集落の跡らしき物を目指して、山の中を歩きまわったのだという。 途中で石像のような物を倒してしまったり、川に架かった丸太の上を歩かなければならなかったりと、なかなかの大冒険だったらしい。
一通りの画を撮り、後は周辺で聞き込みといった流れになったところで、宿へと向かった。
そこで、みんなで風呂に入っている時だった。8月の末で、まだ暑いというのに、「凍えるようだ」と湯船から出てこない長屋の姿があった……らしい。
訝しげに伊達が見ていると、長屋はハァハァ言いながら青木をずっと見ている事に気付いた。 ……そこで伊達は、察した。 そう察してしまったのだ。 湯船から出ることが出来ない状態。 そして、荒い息遣いで青木を見つめる熱い眼差し。 そこから導かれる答えは一つしかなかった。
「その晩、長屋さんは青木を誘って散歩に行ったんだ。 だが、青木は1人で戻ってきて、サッサと寝ちまった。 俺は1人で酒を飲んでたんだが、だいぶ経ってから真っ青な顔の長屋さんが帰って来たんだ。 ……多分、……振られたんだ」
なんとっ! まさかのボーイズラブ!
アメェージングッ!!
事実は小説よりえなり、いや奇なりとは、よく言ったものだ。
要約すると、長屋さんは浴場で欲情し、抑えきれずに青木を呼び出して告白。 そして、撃沈・アンド・ボーイズラブ発覚! まさに、大どんでん返し!
「次の日からロケがギクシャクしてなぁ。 結局、体裁が整うような情報を得られないまま、期日が来ちまったって訳さ」
なるほど!
長屋さんはロケ中のハートブレイクショットにより、持病の仮病を発症。 そして、出社拒否という事なのだろう。 ハートブレイクショットを打ったのが伊達さんだったら完璧だったのだが……。
……全然、極上ネタじゃねぇじゃん!
ちくしょう! アメェーッジングッ!




