お憑かれSummer
……そこに、一つのビデオカメラがある。
それは……、多くの人にとっては、何の変哲もない、ただのカメラだ。 だが、それを前にして腕組みをしている一人の男にとっては、特別なカメラだった。
……などと、脳内ナレーションを響かせながら、僕はカメラを前にして、腕組みをしていた。
臨太郎に頼んで、回収したカメラだ。 当然、中にはあの時の映像が記録されているだろう。 当初の目的である、『心霊スポットで降霊術をやってみた』という企画を考えると、何が映っていようが、どうにも体裁が整えられるはずだ。
もし、アレが映っていたら大成功だし、もし映っていなかったとしても、慌てて逃げていく僕は映っている訳で……。 『後でカメラを確認したが、何も映っていなかった……。 その時の映像をご覧頂こう……』という感じで、何かから必死で逃げていく姿をアップする事は可能なのだ。
だが、それを確認するのが怖い。 ……そう、怖いのだ。 もし、映っていたとしたら、またアレを見るハメになってしまう。 全身、お札に包まれた長髪の不審者の姿を……。
僕は、腕組みを解いて、ボリボリと左手首を掻き毟る。 今朝(正確には昼頃になるのだが……)から、どうにも左手首が痒い。 逃げる時に、何か変な植物にでも触れたのだろうか? 赤く腫れた斑点のようなものが、びっしりと出来ていた。 そして、カメラが届いてから、ひたすら現実逃避することにより、20時を回った現在では、掻き過ぎたのか、しっかりと飛び火してしまったようで、左の肘から下全体にうっすらとした赤い斑ら模様が出来始めていた。 明日、皮膚科にでも行ってみるか……などと思いながら、カメラを見ていた。
テレビでは、『ミラクル体験! アメージング!』という番組の夏の心霊特集が流れていた。 最近、番組で推していると思われる『可愛すぎる霊能者』が出演していた。 アイドルと言われても不思議ではない容姿をした女性霊能者が、可愛らしい声で心霊写真の解説を行なっている。
昨日のアレを体験していなかったら、間違いなく茶番だと笑いながら、楽しんでいたであろう番組だ。
僕は、溜息と同時にチャンネルを変える。
ここでグダっていても何も始まらない。 最悪、ネットで霊能者を探して、お祓いして貰えばいいのではないだろうか? それこそ、あの『可愛すぎる霊能者』のような……、それを専門としている人達に……。 ならば……と意を決して、充電のためにアダプタと繋いであるカメラの電源を入れる。 モードを再生に切り替えて、昨日の動画のうち、最初の一つ目を選択する。
トンネルが映し出される。 一つしかない街灯と電話ボックスの照明が不気味過ぎる。 時間の説明と今回の企画が、淡々とした静かな声で語られる。
いつも思うのだが、こういった機械を通して聞く自分の声という奴には、まったく馴染めない。 よく知っているはずなのに、全然知らないような、……なんと言えばいいのだろう? まるで、遠い親戚のイメージと言えばいいのだろうか? そんな声による説明が続き、動画が終わる。 特に変な物が映り込んでいる訳ではなさそうだ。 それを見て、少し落ち着いた。 きっと大丈夫だ。
いよいよ、肝心のトンネル内の動画だ。
それを選んで、再生ボタンを押す。 ……室温が急に下がった気がした。
……ゴクリ。 思わず、喉を鳴らす。 大丈夫。 ただの気のせいだ。 僕は、自分に言い聞かせるように動画を見る。 LEDに照らされた男が、合わせ鏡の間で、ポーズを取り始める。 照明が弱く、映像がやや不鮮明だが、それがなかなかいい雰囲気を醸し出している。 いよいよ、最後のポーズというところで、急にカメラの電源が落ちた。 ……あれ? 充電切れた? と思ったが、アダプタは繋いだままだ。 訝しげにカメラを見る。 電源が切れて、黒くなった小さなモニターが、まるで鏡のように僕の顔を映している。 ……その左肩には、一緒に画面を覗くように黄色いお札を貼った長髪の人物がはっきりと映っていた。
「〜〜ッ!」
思わず、反対側に飛び退く。声にならない声が漏れる。 心臓が口から飛び出しそうだった。
…ソレは、一緒に画面を見るように膝を曲げて、中腰になっていたが、ゆっくりと立ち上がろうとしているところだった。
……ギ……ギ……ギ……。
相変わらず、ギギギ言っている。
僕は、運良く近くにあった財布と携帯を手にして、玄関から飛び出した。 鍵を掛ける余裕はなかったし、自分の部屋にアレを閉じ込めるのは愚策だと思ったのだ。 とにかく、コンビニまで走った。 コンビニまで行けば大丈夫という保証はないが、それでも他の誰かがいるというのは、予想以上に安心できた。
……完全に憑かれてる。
コンビニで息を整え終わった僕は、現状に絶望した。
◇ ◇ ◇
「……という訳だから、よろしく!」
ビールを飲みながら、僕の話を聞いていた臨太郎が、口を開けたまま固まっている。 僕は、コンビニで臨太郎に電話して、臨太郎の住むアパートへ転がり込んだのだ。 泊めてくれ、と。
固まったままの臨太郎を見ながら、ぼそりと呟く。
「……時は動き出す」
まるで、その言葉を合図にしたかのように臨太郎の表情が歪む。
「……そりゃ、あかん奴じゃん? わりぃ、今すぐ回れ右してくんない? お出口はあちらです。 今すぐ出てってくんない? って言うか、俺が回収したカメラって、そんな曰く付きだったん? おま……最悪やん!」
一気に捲し立てる臨太郎。
やだ! この子怖い……。
「……まさか、ここにも憑いてきてないだろうな?」
まぁ、状況を説明した時に、また出てくるんじゃないか? っていう懸念はあったが、今のところ、ヤツが現れる感じはない。 僕は臨太郎に貰ったビールを飲みながら答える。
「大丈夫っぽいよ?」
「それに……、その左腕……やばいだろ?」
臨太郎が僕の左腕を指差す。
手首に関しては、血が滲み、痛みが出始めている。 おまけに少し黄色っぽい汁が出てきて、我ながら気持ち悪い。 肘から下に関しても、赤い斑点がある程度だったのが、手首と同じようにブツブツができて、腫れている。 そして、赤い斑点は二の腕まで上ってきていた。 こいつが、とにかく痒い。 流石に、臨太郎の部屋で掻き毟ると、色々飛び散りそうなので遠慮はしているが……、アホみたいに痒い。
「うん、逃げる時に変なのに触っちゃったみたいで、カブれちゃったみたいなんだよね」
「本当に、それカブれか? いわゆる、霊障って奴なんじゃね?」
そう言われると、不安になる。 ……だって人間だもの。
「まぁ、いいや。 泊めるのは、今晩だけな? 明日、ちゃんと皮膚科行けよ? ……あと、一応、うちの親が霊能者っぽい人と知り合いだったはずだから、聞いておいてやるよ」
そうは言っても、どうにもならなかったら、明日もきっと泊めてくれるだろう。 そこが臨太郎のいい所なのだ。
「サンキュ。 自分もネットとか見て、最悪、それっぽい奴に頼ってみる事にするわぁ」
親指を立てて、ウィンクしてみる。 僕は、そこで話を締めて、酒を飲みながらバカ話をしながら、臨太郎の部屋での一泊を楽しんだ。