ボン・ボヤージのホラーチャンネル
夜中に一人の男が駅からの道を歩いていた。 飲み過ぎたなぁ、と思いながら夜道を急ぐ。 すると対面から、乳母車を押した老婆が歩いてくるのが見えた。 乳母車の車輪は油を差されていないのか、静かな夜道にキィキィと車輪の回る音だけが響いていた。
やだなぁ。 怖いなぁ。 深夜徘徊かなぁ。
などと思いながら歩いていると、乳母車から何かが飛び出しているのが見えた。 なんだろう?そう思いながら、乳母車を観察する。 すると……飛び出しているのが人の足だとわかった。
一瞬ギョッとしたが、すぐに落ち着いた。 何故ならそれがマネキンの足だとわかったから……。 だが、夜中にマネキンを乳母車に乗せて歩く老婆。 明らかに異様だ。 なぜマネキンを運んでいるのかは気になるが、関わらない方がいい。
だが、酔っていて気が大きくなっていたのか、老婆とすれ違うその時、男はとうとう好奇心に負けてしまう。
「あの、すいません。 なぜこんな夜中にマネキンなんて運んでるんですか?」
老婆に尋ねてしまったのだ。 老婆は、足を止め、キョトンとした顔で男の顔と乳母車を交互に見詰めた。 滅多に通らないはずの車が通り、ヘッドライトに照らされた老婆の瞳が妖しく反射する。 そして、老婆はニタリと笑いながら口を開いた。
「それは……」
はい! この話の続きは動画の後半でっ! 今日も始まります。 『ボン・ボヤージのホラーチャンネル』。 ぜひ、最後までお付き合いください……ませ!
今回の動画は、いつもと趣向を変えて、なんと夏休み特別企画! 『心霊スポットで降霊術をやってみた!』でっす。 わぁ〜、パチパチパチ!
って事でですね。 今回、行った心霊スポットは、"バキュ〜ン"県の、とある旧道にある『旧"バキュ〜ン"トンネル』です。 こちらは、か〜なりの恐怖エピソードが、まことしやかに囁かれているスポットですねぇ。 一部、ご紹介させてもらいますねぇ。
トンネル内で急に車を止めた運転手が、一緒にいる友人に向かって話しかける。 気のせいかもしれないから、足を見てほしい。 ただし、何を見ても逃げないでくれ、と……。 友人達は、訝しがりながらも、促されるまま、運転手の足元を見る。 すると、運転席の床に運転手の足を掴んでいる白い手が生えていたという……。 恐ろしくなった友人達は、足を掴まれている運転手を置いて、車から逃げてしまう。 後日、トンネル内で無人の車が見つかったが、運転手はついに見つからなかったという……。
『まぁ、旧道には車が入れないようになっているのに、車で入ったってところが最大のミステリーだけどな?』というテロップが入る。
そこで、動画のプレビューを止めて、編集画面に戻る。 テロップが長すぎるし、タイミングが遅い気がしたのだ。 キキは、後ろから興味深そうに画面を凝視している。
僕は、今、MyTubeをアップさせようと動画を編集していた。 だいぶ遅くなってしまったが、例の『心霊スポットで降霊術をやってみた』の動画だ。 しばらく柊の起業で忙しく、遠ざかっていたが、臨太郎の「最近、ボヤージさんのホラーチャンネルの更新がないんだよね」という言葉をキッカケに重い腰を上げたのだ。
チャンネル登録者数13人という人気のない動画なので、このままフェードアウトしようかとも思ったが、逆に言うと、少なくとも臨太郎を含む13人の人間が見てくれているのだ。 無下にはできない。
今回の心霊スポットでの動画には、キキを含め、霊らしきものは一切映っていない。 だが、トンネルでポーズを決めてから逃げ出すシーンの臨場感は何気に高い。 逆にリアル? に見えなくもない。
「お〜い! 航輝くん? なんで人んちで、動画の編集なぞやっているのかな? そもそも、ボン・ボヤージって何よ?」
柊の声が響く。
「いいよ。 気にしないで? 柊は適当に寛いでてよ」
ボン・ボヤージは、僕のMyTubeのユーザー名だ。 フランス語の『bon voyage』の事だ。 『voyage』は、航海という意味で、航輝の航から取った名前だ。 ちなみに『bon voyage』で、良い旅を! みたいな意味になるのだ。
「いや、ここ俺んちだし。 ってか、航輝って器用だよなぁ」
柊が散らかしっぱなしになっているスケッチブックを見て呟く。 スケッチブックには、『乳母車の老婆』と『運転席の白い手』のエピソードが、紙芝居で描かれている。 もちろん自分で描いたものだ。 柊の言う通り、僕は器用だ。 大抵の事はすんなり出来るようにになるし、絵に関してもそこそこの絵が描けるのだ。 だからなのか、努力しようという気が起こらず、努力する人間に簡単に追い抜かれてしまう。 良くも悪くも器用貧乏なモブなのだ。
ちなみに柊の家で作業している理由は、自宅でキキと二人っきりで作業しようとしたら、どうにも照れ臭くて、撮影が出来なかったからだ。 ダメ元で柊の家に来てみたら、そんな感情も湧く事もなく、作業が進むので撮影だけに留まらず編集作業に突入し、今に至る。
今回の動画はかなりの自信作だ。 なんせ、事の顛末を語る際に柊の煙管から出た煙を纏ったキキの撮影を行なっているのだから……。 いわば本物の心霊動画なのだ。 モザイクの入った僕の傍に突っ立っている人型の煙。 今にも神砂嵐を放ってきそうなその姿は、かなりシュールで不気味だ。 そして、取り憑いた霊を無害にしてくれた霊能者として柊の紹介をし、そのホームページのURLを貼り付けて宣伝を行う。 最後に『乳母車の老婆』の結末を語って動画は終了する。
今は、大まかな動画が完成し、細かい編集を行っているところだ。 うまく行けば、かなりの視聴回数が稼げる予定だ。 下手すると、チャンネル登録者数1,000人も夢ではないだろう。
ムフフと一人で笑っていると、柊が呆れたように意見してくる。
「なんかこれ……、俺が除霊できないで、仕方なく無害化したみたいな印象になってね? これ見て、霊に困ってる奴がホームページ行く? キキは除霊した体で進めた方が良くね?」
……むっ。
これだから、素人さんは困る。 ここでキキを映さないと視聴回数が稼げないじゃないか? 霊が映らないと、信憑性もないし……。
……。
「じゃ、キキとの仲良し感のある動画を撮って、除霊が必要ない感じを前面に出してみる?」
「それじゃ、霊に困ってた感が出ないだろ? 『霊に困ったら柊』って感じを出せないか?」
「いや、困ってる感を出したら、余計に柊に頼んでも無駄ってイメージになっちゃうじゃん?」
……。
ああでもない。 こうでもない。 と話し合い、何度も動画を撮り直し、疲れて思考も鈍くなってきたが、ようやく動画が完成したところで時間切れがやってきた。 柊が出掛ける時間が来てしまったのだ。 和泉さんと二人で、修蓮さんの斡旋してくれた仕事に行くという事だ。 遠方なので、和泉さんとは現地の駅で待ち合わせして、前泊するらしい。 宿代の絡みもあり、流石に今回の同席は遠慮しておいた。
本当に仕事を斡旋してくれる修蓮さんが、律儀でいい人過ぎる。 流石、チャーミー婆さん。
後は、自分の部屋で編集してアップする旨を告げて、僕は柊の家を後にした。
部屋に帰った僕は、早速動画をアップした。 そして、キキとハイタッチを交わす。 当然、すり抜ける訳なのだが……。
◇ ◇ ◇
次の日、冷静な頭で動画を確認してみた。
……いやぁ、いろいろありましたが、何とか一命をとりとめましたよ。 それもこれも全部、柊さんという霊能者のおかげです。(テロップ:本当にな) 本当、死ぬかと思いましたが、取り憑いた霊とは、柊さんの仲介で、なんとか和解する事ができました。 わぁ〜、パチパチパチ。
そして、なんと!! 今回、素敵なゲストが駆け付けてくれました。(テロップ:誰? 誰?) なんと、件の幽霊さんで〜す。
(ここで煙を纏ったキキが壁からすり抜けて登場)
いやぁ、あの時は本当すいませんでした。(煙がジェスチャーをする) え、こちらこそ……すいません? (頷く煙。 しばらく二人で頭を下げ合う) そういえば、今日はみんなにメッセージがあると聞いてますが……。 (頷く煙。 そのままジェスチャーを始める) 心霊スポットで……あ、合ってます? ふざける……ダメ。 なるほど、心霊スポットでふざけちゃダメって事ですね? (大きく頷く煙) なんともシュールな絵面だ。 そして、柊のホームページのURLが流れ、老婆の話でエンディングとなった。
やだ! これ、恥ずかしい! かなりグダグダだし、ジェスチャーの解釈にもムリがある。 見ていて恥ずかしくなり、変な汁が出る。 その動画には珍しくコメントが付いた。
人型の白いモヤすげぇ! CG?
残念です。 こういうの求めてなかったです。
モヤの輪郭から、その霊は女性とみた!
CGはすごいけど、いつもの素朴な味の方が……。
……おつ。
そして、チャンネル登録者数が13から7へと変わっていた。
覆水盆に帰らず……。 ホラーともコメディとも呼べない中途半端な動画がもたらしたものは、単なる視聴者離れだった。
……ガッデム!!




