童子
「ま、あんた達には見えないだろうけど、雑魚共は消したよ。 あとは、あのガキだけだな」
そう言って、柊は子供に近付いていく。 子供は、闘牛の牛よろしく、足を後ろに二度ほど蹴った後、キキに突進していた。 柊はその動線上の横に立ち、タイミングを合わせて、煙管を振り下ろした。
「てい!」
煙管は、見事に子供の頭にぶち当たる。
「……いっってぇ〜」
子供は突進をやめて、両手で頭を押さえて蹲る。実際、痛そうだ。 キキが心配そうに子供を見ている。
「お前はなんなんだ?」
柊が普通に子供に尋ねる。
「はぁ? 兄ちゃんこそなんなの? なんでオレの事殴れるんだよ?」
『オ』にアクセントを置いた、子供特有の『オレ』が気になる喋り方だ。 それよりも、コミュニケーションが取れる事に驚いた。 これなら、霊視がなくても、なんとか納得してもらえそうだ。
「そんな事はどうでもいい。 まずは俺の質問に答えろ」
子供は、柊の持つ煙管と柊の顔を交互に見て、溜息を吐く。
「オレは、座敷童子だ。 武に無理矢理連れて来られてから、ずっとここに住んでる。……これでいいか? なんで兄ちゃん、オレの事殴れるんだよ?」
「脇田のおっさん、武って誰か知ってる?」
柊は、座敷童子と名乗る子供の質問を完全に無視して、脇田に話し掛ける。 脇田は、小首を傾げている。 どうやら武という人物に心当たりがないらしい。
「おい! オレの質問に答えろよ」
座敷童子が柊に詰め寄る。
「うっさいなぁ。 武って何者なんだよ? で、なんでここにずっといるんだ?」
柊が煙管をくるくる回しながら、座敷童子を見る。 座敷童子は、その煙管に怖気付いたのか、ビクッとした後に口を開く。
「……武は、武だよ。 時々遊んでやるから、ここに居ろって言われて、連れてこられたんだ。 ……でも、ある日言われたんだ。 武はもう年だから、武の子供が代わりに遊んでくれるって。 だけど、そいつ、ちっとも遊んでくれないし、挙げ句の果てには、そこの壁に閉じ込められたんだよ。 最悪だよ。 こっから出てく事が出来なくなったし、誰も遊んでくれないし……」
「……だから、霊を集めて遊んでたのか?」
「……別にオレが集めた訳じゃねぇよ。 少しずつだけど勝手に集まってきたんだ。 霊が集まりやすい環境だったから……。 オレがやったのは、そいつらが勝手に逃げられないようにして、毎晩遊んでたくらいだよ。 まぁ、そこのメガネのおっさんのせいで、今後は霊が集まってくる事はないんだろうけどな……」
座敷童子が、生島を指差しながら話す。 やはり、柊の言う通り、『辻褄屋』の改装に問題はなかったようだ。 本来なら、それで霊、すなわち魄は自然に霧散するはずだったのだが、この座敷童子のせいで残ったままになってしまったのだろう。
「じゃ、もういいだろ? あいつらも消えたんだ。 お前もどっか行ったら?」
柊が、適当な事を口走る。
「 ! 話聞いてた!? オレ、この壁に閉じ込められてんだよ」
「……この壁の向こうにお前の本体があるって事か?」
「……そうだよ」
「脇田のおっさん、ここの壁ってぶっ壊せる?」
柊が、脇田の方を向く。 脇田も生島も座敷童子との会話を聞いていたので話がスムーズだ。
「いや、ちょっと道具がないと……」
「私の車に大型のハンマーがあるから、それでなら壊せるかも……」
脇田の言葉に反応して、生島が提案してくる。
「じゃ、それ持ってきて」
それを聞くや否や、生島がフロアを出て行く。
妖というのは、魄や物、人を核として、瘴気が纏わりつく事で生まれると、以前聞いた事がある。 つまり、この座敷童子は、核となっている何かが壁の向こうに閉じ込められてしまったため、出て行く事が出来なくなったという事だった。
この部屋の怪異を解決するためには、その本体をどっかにやってしまえばいいのだ。
「……さて、なんで武って奴は、お前にここに居ろって言ったんだ?」
「兄ちゃん……、オレの質問に答える気……まったくないだろ? ……あんま舐めてんじゃねぇぞ!」
そう言って、座敷童子は柊に飛びかかった。 ……が、その身体は柊の身体をすり抜けて、床に腹打ちする座敷童子。 さすが、霊感0の男。
「え?」
座敷童子は、今起きた現象が理解出来ないのか、腹這いのまま、呆然としている。 柊は、そんな座敷童子の頭を煙管でコンコンと叩いている。
「武は、なんでお前にここに居ろっつったんだ?」
座敷童子の視線の先には、キキが立っており、座敷童子に向かって首を振ってみせた。 逆らわない方がいい、ということなんだろう。
「……本当、なんなんだよ? 兄ちゃん……」
そう言った後、再び大きな溜息を吐いた後、立ち上がり、座敷童子が語り出す。
「……武がここに居ろって言ったのは、オレが座敷童子だからに決まってんだろが? オレがいるだけで、その場所に富が授かるってのは、ほぼ常識だろ? そんなんも知らねえのかよ?」
「……一言多いんだよ!」
そう言って、柊が座敷童子の頭を煙管で強く叩く。 いって〜、と座敷童子が頭を押さえて、再び蹲る。
確かに、座敷童子がいる家は栄えるっていうのは有名な話だ。 じゃ、何か? ここを引き払った連中は、自ら福を捨ててしまったという事か? もしかすると、彼らもここにいる間は業績が伸びてたのではないか? だから、短期間で事務所を引き払う決意ができた?
そうなると、気になるのは、ここに座敷童子を連れてきたという武なる人物だ。 その子供が遊ぶ役を引き継いだはずなのに、遊ばずに壁に閉じ込めた……。
「……脇田さん、ここの借主の中に、契約中に代替わりしたような業者さんとかいました?」
もしいたとしたら、その業者が犯人に違いない。 そう思い、座敷童子の方を見ると、柊に戯れつく度にすり抜けて、逆にそれを楽しんでいるように見えた。 時々、柊の煙管による反撃を喰らっているようだったが……。
「っ! いる。建築設計事務所だ。 代替わりして6ヶ月で、解約してきたところだ。 確かにそれから借り手が長続きしなくなったんだ」
ビンゴ! 犯人はそいつだっ!
「その先代の名前、武って言うんじゃないですか?」
「……下の名前までは、ちょっと……」
脇田が、首を傾げながら、申し訳なさそうに答える。 あ、別に責めてないよ?
「そんな事より、脇田のおっさん、コイツ本当に払っていいのか?」
座敷童子の相手をしていた柊が手を止めて、質問してくる。 その真意がわからない。なんでそんな事聞くんだろう。
「コイツがいると富を授かる。 ……言い換えると、コイツのいるここを事務所にしたら、業績が伸びるんじゃないのか? 溜まってた霊も全部消したし、『辻褄屋』が霊が寄ってきやすい環境を改善した。 あとは、コイツの存在さえ借主に認めて貰えば、ここは幸運の貸事務所って事になるわけだ」
柊は、『座敷童子が出る』という事を売りにするのも一つの手だと言っているのだ。 現に、それを売りにしている旅館もあるのだから。 売り上げがいいかどうかはわからないが、TVでたまに出て来る。
「……いや、もしその子が幸運をもたらすというのなら、元の持ち主を探して返すよ。 それが筋だ」
脇田はしばらく考えた後、力無く答えた。
その直後、生島が大型のハンマーを半ば引きずるように持って現れた。 かなり重そうだ。それを見て、柊が壁に向かった。
「じゃあ、ここんところに思いっきり風穴を開けてくれ」
柊が壁の一部分を示す。 そこなら中の物を壊さないで済むそうだ。 キキも座敷童子も頷いている。
「脇田さん、いいんですね?」
生島は脇田に確認し、脇田が首肯する。 生島は、それを見て、思いっきり振りかぶって、力任せに壁に打ち付けた。 スーツ姿でハンマーを振る男って……、ストレスで癇癪を起こしたサラリーマンみたいだなと思いながら、僕はその光景を見ていた。 ものすごい音が響き、壁に亀裂が入る。 生島は、その場所に何度かハンマーを打ち付けて、ようやく小さな穴を開けた。 あとは、周りを手で壊しながら、時折、ハンマーで叩きながら、穴を広げていく。 壁の向こうは1mないくらいの隙間があり、すぐに壁があった。 その壁こそが本来の壁だったのだろう。
ある程度、穴が大きくなったところで、座敷童子が壁をすり抜けて、向こう側に行く。 そして、大穴から、またこちらに戻ってきた。 その手に大事そうに何かを抱えながら……。
それは、薄汚れた一体のこけしだった……。




