妖
その日の朝、僕はキキと柊の部屋にいた。 昼過ぎに柊の初仕事を見学するためだ。 見学とは言っても、契約関係の補佐をするように頼まれてはいるのだが……。 ちなみに臨太郎は、見学したがっていたが、所用で来れないという事だ。
昨日は思いもかけないところから、初仕事が舞い込んできた。 脇田と名乗る男の貸事務所の除霊だ。 脇田の話では、たくさんの半透明な人達が出たとの事だったが、それはいわゆる、鬼なんだろうか?
「いや、多分、魄っつう奴だな。 ま、霊って言った方がわかりやすいか?」
僕は、柊のその言葉に驚いてしまう。 この間の『山』の営業が言ってたのと同じような事を言っていたからだ。 それまでの柊の言動から、『山』の営業ほどの知識はないと思い込んでいたため、驚いてしまったのだ。
「なに? その魄って、『山』の営業も言っていたけど、その方が一般的なの?」
柊の話では、霊というのが一般的だが、その辺の理屈をわかっている人間は、俺、わかってますけど、何か? という感じで、魄という言葉を使うらしい。
「霊感ないとか言っているから、その辺の知識はないと思ってたから、柊が『山』の営業と同じ事言うのが意外だわぁ」
「まぁ、俺も師匠に散々、知識を叩き込まれたからな」
柊に師匠がいるというのも初耳だ。
「へぇ、師匠がいるんだ? なんで霊感ないのに、弟子入りなんてしたの?」
「……まぁ、いろいろあってな」
言葉を濁す柊。 あまり、触れて欲しくないのだろうか?
「ところで、除霊ってどうやってやるの?」
とりあえず、若干重くなった空気を変えるため話題を変える。 キキを抑えた時は、煙で拘束していたが、肝心の『滅する』ところは見ていないのだ。
「魄くらいなら、こいつの煙で消えるよ。 ま、地に還るって言った方が正しいけどな」
そう言って、柊は左手に赤い本を持ち、右手に煙管を掲げる。 キキをぶっ飛ばした煙管だ。 そして、以前感じた違和感を思い出す。
「そう言えば……、キキの髪を切る時、霊感がないから触れないって言ってたけど、キキと初めて会った時、その煙管でぶっ飛ばしてたよね?」
僕は、不思議そうにこちらを見ているキキを見ながら、疑問をぶつける。
「この煙管は、霊とか鬼、妖みたいな実体のないのに干渉できるんだ。 キキの髪を切る時に鋏に煙を纏わせてたろ? 煙も特別性なんだよ」
「じゃ、さっき魄くらいなら煙で消えるって言ってたけど、鬼や妖を『滅する』のは、そいつで殴打する感じなん?」
キキが、煙管でボコボコにされている姿を想像して、可哀想になってくる。 思わず、同情の目でキキを見ると、キキは小首を傾げて不思議そうな感じで僕を見てくる。 ……やだ、この子可愛い!
「いや、その場合は……こいつに喰わせる」
少し躊躇った後、そう言って赤い本を見せてくる。 文庫本サイズのその本は、時々柊が持っていた本だった。 その本を見た途端、逃げるように距離を取るキキ。 なんだろう? そう思いながら、その本をまじまじと見ていると、その表紙に描かれた目が、突然、ギョロリと動いてこちらを見つめてきた。
「うわぁぁあ!」
思わず、後ずさる。
「お? 航輝にも見えるんだ?」
そう言いながら、柊は赤い本を撫で回す。 その手の動きに合わせて、本に付いている目が瞬きをしている。 まるで生きているように……。
「ななな、なんなんだ? その本!」
「こいつは妖さ。 妖狩りの妖。 人から人へ渡り歩くロクデナシさ」
嫌そうな顔をしながら話す柊。 柊の話では、その赤い本は、自分では動けないし、何も出来ないが、人に寄生して、次の宿主に移る際に妖と闘うためのチートな道具を一つ生み出すという事だった。
「俺は、4代目の妖狩りで、3つのチートアイテムを使えるって訳さ」
そのアイテムが、煙管と筆と柊メガネという事だった。 初代から2代目に移る際に煙管を、2代目から3代目に移る際に筆を、そして3代目から柊に移る際に、柊メガネを生み出したのだと言う。
煙管は、霊や妖に干渉でき、筆は思い通りの符を作ることができ、柊メガネは霊感がなくても霊や妖を見る事ができるようになるアイテムだと言う。 その柊メガネを掛けていないと本に付いている目も、柊には見えないのだと……。
だから、メガネには愛着があり、柊メガネと名付けたらしい。 他は、ただの煙管、筆と呼んでいるそうだ。 ちなみに本の妖の事は、ただ本と呼んでいるらしい。
それらのアイテムには、かなりのチート性能があるそうだが、本を出していないと他のアイテムも出せないと言いながら、赤い本を出したり消したりしていた。 煙管や筆を使う際に、本を脇に挟んでいた理由や、いつの間にか煙管や筆を持っていた理由が、ようやくわかり合点がいった。
「こいつに憑かれると、妖に対する憎悪が増幅されるらしいが……、霊感のない俺には作用しないらしい……」
つまり、霊感のない柊は、霊や妖の攻撃が効かず、なんのデメリットもなしに、本の恩恵のみを受けてやりたい放題という訳だ。 霊や妖からしたら、とんだチートなのだろう。 なんともうらやましい……。
「……最強じゃん」
「まぁな。 でも、霊視とかはできないんだよなぁ」
そこがネックだと柊は語るが、僕からしたら十分だろう? と思えてしまう。 柊が言うには、人は因果関係を知りたがる生き物だから、除霊を仕事にしようとすると、何故、そういう現象が起きたのか、その霊が何故この世に留まっているのかを知りたがるのだそうだ。 師匠と一緒にやっている時は、師匠が霊視して説明していたそうなのだが、柊1人では説明が出来ないので、大丈夫か心配だと語る。
ちなみに師匠とは、3代目の妖狩りをしていた霊能者で、本を柊に譲った後も除霊や霊視の仕事をしており、柊は、その人に霊や妖に関する知識とチートアイテムの使い方を教わったのだと言う。
「……にしても、そんな妖がいるんだね?」
妖狩りの妖……。 なんか漫画とかに出てきそうな設定だ。 そんな妖が現実にいるってのが驚きだ。 一体、なんのために妖を狩るのか……。
「最悪だぜ? こいつ。 なんか、どうしてもやっつけたい妖がいるって身勝手な理由で、いろんな人を巻き込もうとしてるんだから……」
迷惑そうに本を見ながら呟く柊の顔に、僕は何も言えなくなった。
◇ ◇ ◇
「うう……」
若干、二日酔い気味の身体を無理やり起こす。 冷蔵庫から冷たい麦茶を出して、コップに注いでいると、昨夜の事が思い出される。
「はぁ……」
思わず、溜息が溢れる。 やってしまった。 酔っていたとは言え、素性の知れない人間にニューワキタビルの話をしてしまった。 彼らは霊能者で、一応ビルを見てくれると言う話だったが、もし、彼らがからかい半分の酔っ払いだったとしたら、あっという間に噂がネットに流れて、あのビルは終わってしまう……。
私は、スマホを取り出し、昨日聞いたアロハの男の番号が入っている事を確認する。
一応、番号は押さえてある。 もし、今日、約束の場所に彼らが現れず、ネットでニューワキタビルの噂が流れたら、この番号を元に弁護士に相談する事にしよう。 ……問題は、彼らが噂を流したという明確な証拠がない事だろうか?
そこまで考えて、頭を振る。
まだ、彼らが噂を流すと決まった訳ではないのだ。 今から悩んでも仕方ない事だ。 どうも昔から、起こってもいない事についてグダグダ考えてしまうのが私の悪い癖だ。 だから結婚できないと、年老いた母親にも小言を言われる始末だ。
「今日は銀行回りして、午後からニューワキタビルの空きフロアの件で、人と会ってくるから、昼飯は外で適当に食うよ」
私は、忙しそうに部屋の掃除をしている母親にそう告げて、出掛ける準備をする。
ふと、親父だったらどうしていただろうか?という疑問が湧く。 今までは、自分のやり方でなんとか解決しようと考えて、母に聞く事を考えもしなかった。
「なぁ、母さん。 貸し物件で幽霊が出たとかいう話って、今まであった?」
その言葉を聞いて、母が掃除の手を止める。
「……そんな話あるわけないだろ? なんだい? うちの物件になんかあったのかい?」
「……いや、なんとなく興味本意だよ。 昨日、飲み屋でそんな話を聞いて、気になっただけだよ」
「はぁ、飲み屋なんかでそんな話してないで、婚活しなさい。 婚活。 わたしゃ、早く孫の顔が見たいんだけどねぇ」
とんだ藪蛇だ。
逃げるために、慌てて家を出ようとした所にスマホが鳴った。
……『辻褄屋』、生島からの着信だった。
初ブクマいただきまきた。
タイミングを逃してしまい、コメントできていなかった初評価と合わせて、お礼をさせていただきます。
ありがとうごさいました。
これを励みに、より皆さんに楽しんでもらえるよう、頑張ります。
これからもよろしくお願いします。




