解決したはずの問題
「ふあぁぁあ! ……いやぁ、たまにはこういう銭湯もいいもんですね」
種田が湯船に浸かりながら、気持ち良さそうな声を出す。 駅から車で10分程走らせるとある、ここ『杜の湯』は、露天、サウナ、泡風呂、水風呂、岩盤浴が楽しめる大衆浴場だ。 来て早々にサウナに入り、水風呂を堪能した後、2人で露天の方へ移動したのだ。
梅雨も明けたばかりで、猛暑の中の工事に立ち会ったのだ。 こうして汗を流せば、気持ちも身体もさっぱりして、種田のように声を出したくなる気持ちもよくわかる。
風呂を出たら、2人で喉を潤す。 私はコーヒー牛乳で、種田はフルーツ牛乳だ。 本当は、ビールで一杯と行きたいところだが、車で来ているので、それは我慢する。
戻る途中、コンビニでお酒を買う。 一応、確認が残っているので、酔い潰れないようビールは2本だけにしておいた。 種田は、ビターじゃないチューハイを1本買っていた。 若者のビール離れは深刻だと聞いた事があるが、この男もチューハイ派だったか……。 あとは適当にツマミ類を買い、いざ貸事務所へと向かった。
◇ ◇ ◇
「では、……カンバ〜イ」
貸事務所で空調を入れて、種田と缶をぶつけ合う。 やはり、前回泊まった時より、空気がいい気がする。 それもこれも生島のおかげだろう。
「いやぁ、最初『辻褄屋』なんて聞いた時は、胡散臭くて、どうしたものかと思ったが……、なかなかどうして……、理論的だし、何より祈祷とか呪いなどの非科学的な対処じゃないところが気に入ったよ」
ビールが入って、少しいい気分になった私は、正直な気持ちを種田にぶつける。
「そうですね。 僕も、まさかこんな方法で、いわゆる心霊現象を解決できるとは思ってもみませんでしたよ。 でも、あの『辻褄屋』はこの業界で、かなり信頼されている人ですからねぇ」
そう言って、種田はTV局や大手不動産会社、大手企業などの名前を挙げる。 すべて『辻褄屋』の世話になったところらしい。 特に大手企業は、工場や事務所、社員寮や社宅などで、『辻褄屋』の監修を受けているとの事だった。
「そんなすごい人が、よく引き受けてくれたなぁ」
確かに、値段は高めだったが、壁紙のデザインも上質な感じだったし、チェックも丁寧だった。 オカルト抜きにしても、なかなかの仕事だった。
「ええ、すごく忙しい人なんで、ここまでスムーズに工事まで持ち込めたのは、ある意味奇跡なんですよ」
まぁ、本人に『辻褄屋』と呼ぶと怒るんですけどね、と笑う種田。 いい業者を見つける事ができた。 これからは、他の物件の改装も任せたいくらいだ。
ひとしきり盛り上がったところで、種田がうつらうつらとし始める。 チューハイ一杯でここまでとは、実はお酒が苦手だったのだろうか? もし、そうなら悪い提案をしてしまった。 私は種田に寝袋を掛けてやり、スマホを出して、テレビを見始めた。 また、前回の泊まりの時のように1人になってしまった。
時間は23:00を過ぎた頃、テレビもドラマが一通り終わり、どのチャンネルもバラエティやニュースが流れるようになった。 私は、ニュースを見ながら、前回、異変が起きた時間を過ぎた事を嬉しく思い、あとは時間のムダかな、と思い始めた。
……して。
テレビの音とは別に何か聞こえた気がした。 思わず、種田を見るが、何も変化はない。 ……寝言だったのだろうか?
……出して。
心臓が跳ねる。 なぜ!? なぜ、まだ声が聞こえてくる? それは、間違いなく女性の声だった。 脳裏にあの日の甚兵衛を来た子供の姿が浮かぶ。 心臓が壊れた目覚まし時計のように、早く脈打っているのがわかる。 もう問題は解決したんじゃないのか? 慌てて、周りを見回す。 相変わらず、種田は寝ている。
……ここから出せ!
……どうして出してくれないの?
やはり、はっきりと聞こえてくる。
「頼む! もうやめてくれぇ……」
頭を抱えて蹲る。 もう勘弁してほしい。 高い金を払って『辻褄屋』に頼んだのだ。 なんで、まだ出てくるってんだ!
「種田君! ……種田!」
種田を起こそうと声を掛けるが、まったくの無反応だ。 今回も前回同様、こいつは何も体験しないつもりか? だんだん腹が立ってきて、思わず種田の方へ進み、思いっきり種田の足を蹴飛ばした。
「起きろ! バカ種田!」
さすがの種田も蹴られては堪らなかったようだ。 慌てて起きて周りを見回す。
「……聞こえるか?」
私が種田にそう尋ねると、種田の顔がみるみる青くなっていく。 よかった。 どうやら彼にも聞こえているらしい。 いや、全然よくはない!
「……なんですか? これ」
相変わらず、出せ出せと、聞こえてくるが、どうしていいかわからない。
「わからん。 だが……、前にも聞こえていた声だって事はわかる」
声の響きから、周りを囲まれているような感じだ。
不意に服の裾を誰かに引っ張られるのを感じた。 血の気が引いていくのが、自分でもわかる。
私は、恐る恐る振り返る。
そこには、あの日の甚兵衛姿の男の子が薄笑いを浮かべながら立っていた。
「おじちゃん、遊ぼ」
「ひぃっ!」
子供が声を発した直後、種田が短く悲鳴を上げる。 何事かと種田の方を見ようと男の子から視線を外した瞬間、種田が悲鳴を上げた理由がわかった。
私達の周りは、老人、成人男性や女性など、合わせて6名程の半透明の人間に囲まれていた。 皆、一様に無表情でユラユラと立っている。
「……みんなで遊ぼ」
甚兵衛の子供が、再び、口を開く。
「うわぁぁああぁぁっ!」
◇ ◇ ◇
気がつくと朝になっていた。 どうやら、また気を失っていたようだ。 周りを見ると、電気はつけっぱなしの状態で、種田も最後に見た位置で倒れていた。
私は種田を叩き起こし、機材や空き缶を片付け、逃げるように2人で貸事務所を後にした。
「……はぁ、どうしよう」
思わず、溜息が出る。
「……どうしましょう?」
種田が、その言葉に反応する。
「まずは『辻褄屋』に電話だろうな。 応じてくれるかわからないが、再工事か返金を申し出よう」
「とりあえず、僕は上に相談してみます」
種田の表情と相談という言葉を聞いて、嫌な予感がする。
「おい、相談ってなんだ? 別の霊能者の当てでも探してくれるのか?」
「……」
「……まさか、ここを管理対象から外そうってんじゃないだろうな?」
「……上と相談してみます」
「……っ! おい! ふざけんなよ!? こっちはそっちの紹介で高い金払って、『辻褄屋』に頼んだんだぞ! それがダメだったら、管理対象から外そうだなんて、通ると思ってるのか!?」
「……上と相談します」
種田は、壊れたレコードのように、同じ言葉を繰り返し、話が終わってないにも関わらず、走って逃げていった。 マジか!? 信じられない! あれでも本当に社会人か!?
困った私は、生島に電話する事にした。
「……私は、あくまで霊能者ではないんです。 心霊現象をなんとかしますなんて、言った覚えもない! 私が請け負ったのは、改装工事です。 その過程で問題が解決する事が多いと言っただけで、必ず解決します、なんて一言も言ってません!」
予想通りの反応をする生島。
「でも、もう大丈夫ですよね? って聞いた時、大丈夫だって言ったじゃないですか!?」
「私は大丈夫だと思うと……、個人の見解を述べただけで、保証した訳じゃありません!」
真由美ママの言う通り、返金も無償の再工事も受けてくれない。 再工事をするのなら、その分の費用は当然請求するとの事だ。 しかも、生島の経験上、あとはどこを直せばいいか見当もつかないという話だった。 挙句の果てに、本当に見たのか? 難癖つけて工事費を踏み倒そうとしているのではないか? などの暴言を吐かれた。 まぁ、こちらも喧嘩腰で、話してしまったものだから、仕方ないのかもしれないが……。
……そういう訳で、私は今後どうすればいいのか分からず、途方に暮れたのだった。




