夜のピクニック
不思議な感覚だった。
カルマ播磨に続き、ゾロゾロと歩く集団の中で、アファメーション田中は、なんともいえない気持ちを感じていた。
気持ちの上では、早く儀式を行い、新しい世界を見てみたい。 そう思っているのに、心の中のなにかが警鐘を鳴らす。 定められた時間を早めるのは、良くない事だと……
「あそこが、儀式の場所ですよ」
そう、カルマ播磨が、眼前に広がる芝生の広場を指した。
遠くには新宿の夜景が光を散らし、ビル群の灯りが暗闇にぼんやりと溶けている。 その静寂の中、御苑の樹木たちは黒く影を落とし、芝生は月明かりに照らされて淡い灰色に光っていた。 足元の砂利道を踏むたび、軽くカリカリと音が響く。 風に揺れる巨木の葉が、かすかなざわめきとなって夜空に溶けていく。
中心に近づくと、湿った芝生の香りと、土の匂いが鼻腔をつき、都会の喧騒から隔絶された世界に自分が迷い込んだような感覚に襲われる。
「なんか……夜のピクニックみたいだ」
クンダリーニ服部が、興奮を抑えるように、静かに呟いた。
「なるほど、確かに。 サンドウィッチでも持って来たら良かったかな」
笑いながら、セレンディピティ長田が言い、ライトウォーリア久保が、キョロキョロと辺りを見回した。
「風景式庭園……。 あの黒く大きな影が、ここのシンボルツリー、ユリノキだな」
ライトウォーリア久保がボソリと呟いた言葉を聞き、アファメーション田中は、やはり政治家を目指すだけあり、博識だ感心した。
「さて、もちろん皆さん、法衣は持ってきてますよね?」
「もちろん。 さっそく着替えますか」
カルマ播磨の問いに、セレンディピティ長田が答えながら、荷物の中からテロンとした触感の服を取り出す。 夜の闇の中で、その幹部のみが着ることを許された紫の法衣も、黒く見えた。
わざわざ儀式のために、集まってくれた一般信者32名は、水色の法衣を、幹部の5名は紫の法衣に着替え始めた。
まるで、拳法着と手術着の中間のような法衣は、袖に腕を通す事で、ピリリとした緊張感と全能感をアファメーション田中に感じさせた。
ガサッザザザ。
黒い巨木が風に葉を揺らした。
「では、さっそくですが、それぞれの霊具を出して、ここに置きましょう」
いつもの貼り付けたような笑顔でカルマ播磨が、法衣の背中にギターケースを背負ったまま、口を開いた。 月明かりを背にするカルマ播磨の顔に夜の闇が覆い被さっている錯覚を覚えた。
予め、決められていたように、一般の信者達が輪を描くように整列し、その中心に大小様々な形の霊具を置く。 アファメーション田中の手は緊張で震え、霊具の包まれた風呂敷がひどく軽く感じられた。
「ははっ、まるでマンガのワンシーンみたいだ。 なんでも願いを一つ叶えてくれる龍。 その呼び出しシーン……」
クンダリーニ服部が、拳大の木箱を置くと、緊張を和らげようとしたのか、国民的マンガのワンシーンに例える。
「……龍を復活させるための儀式だからな。 あながち間違っちゃいないさ」
それに答えるように、ライトウォーリア久保が口を開く。 その声は、少し震えているように聞こえた。 いつも堂々としているライトウォーリア久保も緊張をしている。 アファメーション田中は、仲間を見つけた気持ちになり、少し気が楽になった。
そして、皆、アイコンタクトをするかのように目を合わせると、荷物の中に入れていた金槌を取り出した。
霊具を破壊するための道具として……
「……これを破壊したら」
「龍の封印が……」
「そして、フートが……」
「ようやく……」
プラーナの幹部たちが、それぞれの想いを胸に、静かに言葉を紡ぐ。 同じように金槌を手にして、笑顔を貼り付けているカルマ播磨を除いて……
「だいぶ早いですが……やりますか?」
カルマ播磨が時計を見つつ呟いた。 その声は、やけに遠くから聞こえた気がし、まるで地面から浮いているような気持ちになってくる。 アファメーション田中は、自分の心臓の鼓動を受け、グラグラと、まるで小さな地震が起きているかのような錯覚を覚える。
「すべては……フートのために」
カルマ播磨が、幹部たちの顔を見回しながら、口にする。
「すべては、フートのために」
クンダリーニ服部が、カルマ播磨に頷き、声を合わせる。
「すべては、フートのために」
続いて、ライトウォーリア久保とセレンディピティ長田も声を合わせ、最後にアファメーション田中も声を合わせて呟いた。
「すべては、フートのために!」
周りを取り囲んでいる一般信者たちも声を出し、まるで大合唱のように声が響く。
「「「すべては、フートのためにっ!」」」
カルマ播磨が金槌を振り上げ、幹部たちを見つめ、頷いてみせた。 それが合図かのように、残りの4名も金槌を振り上げる。
「すべてはっ! フートのためにっ!」
5名の幹部たちが、金槌を振り下ろそうと力を込めたその瞬間……
「やめなさいっ!」
女性の強い声が響き、各々が手にしていた金槌が、なにかに弾かれ宙を舞った。
ドドス。
金槌たちは、幹部たちと一般信者の間のスペースに、鈍い音をたてながら落下した。
「は?」
カルマ播磨が間抜けな声を上げ、声のした巨木の方を見る。
……そこには、人型の黒い影……否、黒装束の人物が立っていた。 その顔に付けている白い狐面だけが、闇の中で月明かりを反射し、ボンヤリと光っているように見えた。
白い狐面は、コホンと軽く咳払いをすると、まるでヒーロー戦隊のようなキレッキレの動きを見せつけた。
ババッ!
「海の温もりを感じ!」
バババッ!
「大地の香りを踏みしめ!」
バッババッ!
「星の囁きに耳を傾ける!」
バッ!
「あなたの涙に寄り添いましょう! 悪のその手が滅ぶまでっ!」
バッバッ!
「魔法少女! ピノコリータ! 参っ上っ!」
キレッキレの動きで、一昔前に流行った魔法少女の登場シーンを完璧にトレースしきった白い狐面を見て、カルマ播磨は思った。
やべぇ奴が来た、と。




