開門
カーテンを引くと、朝の光が部屋に満ちた。
寝不足気味のアファメーション田中の顔に朝日が差し、思わず目を細める。
窓を開けると、冷たい風が鼻先を撫で、まるで祝福でもするように入り込んできた。
なんでもいいから、音が欲しいと、テレビをつける。
アナウンサーが、明日から始まる新元号の由来を楽しげに語っている。
—— バカだな。
明日は、元号なんかよりよほど大きな“変化”が起きるというのに。
自分たちだけが知る、選ばれた世界。
フートの復活がもたらす、世界の転換。
にやける頬を軽く叩き、安物のソファに置いたリュックに視線を落とす。
昨夜、ラ・ムー美樹本から受け取った霊具は詰めてある。
テーブルに放ってあった財布を手に取り、中のチケットを確かめた。
新幹線は午後一番の便。
集合は、新宿御苑・新宿門で21時30分。
昼前に出て名物の駅弁でも買い、東京に着いたらネットカフェで仮眠を——。
頭の中で、その段取りをまた繰り返している。
昨夜から、何度目だろう。
我ながら病気じみている。
だが……こんなに待ち遠しい夜は、人生で初めてだった。
そう思うと、また自然と笑みが漏れた。
ブブブ。
普段からバイブにしているスマホが、不意に着信を知らせる。 相手は、セレンディピティ長田だった。
「もしもし?」
「あぁ、セレンディピティです。 アファメーションさんは、何時に東京に行きますか?」
その言葉に、高揚と期待が入り交じっているのがわかった。 そこに同類の匂いを感じ、思わず苦笑する。
話をすると、やはりセレンディピティ長田も、今夜の儀式が待ち遠しいらしく、早めに合流しないか? というお誘いだった。
アファメーション田中が、自分の予定を伝えると、一緒にネットカフェへ向かう流れになった。
「確かに、今夜は長くなりそうだからね。 正直、眠れるか自信はないけど、仮眠は大事だよね」
受話器越しに、セレンディピティ長田の優しい笑顔が見えるようだった。 同じ価値観、同じ温度の相手というのは、本当に心強かった。
「では、新宿駅に着いたら、連絡します」
アファメーション田中は、そう締め括ると、通話を切った。
◇ ◇ ◇
「……は?」
カルマ播磨は、スマホを耳に当てながら、素っ頓狂な声を出し、思わず腕時計を見た。
19:25。
待ち合わせには、まだ2時間もある。
カルマ播磨は、人生のラストライブとして、新橋で歌っていた。 誰一人として、足を止めようともしない孤独なラストライブ。
クライマックスは新宿御苑。 後のことを考えて、できるだけ感情は込めないように歌う、その歌声は、ことごとく、足早に歩く仕事終わりのサラリーマン達の靴底に吸い込まれていった。
あと1時間は歌えるだろうと、一度休憩を取り、水を口に含んだ。 その際にセレンディピティ長田からの不在着信に気付いたのだ。
掛け直したカルマ播磨は、自分の耳を疑った。
その用件は、儀式の時間を早めたい、という随分、不遜な提案だったのだ。
事の経緯を整理すると、セレンディピティ長田とアファメーション田中がネカフェで待合せ。 その後、暇を持て余したクンダリーニ服部が合流し、早めに集まろうとライトウォーリア久保に連絡を取ったところ、どうせなら儀式を早めてはどうか? となったらしい。
ふざけるな……。
そっちは、それでいいだろうが、儀式を早めるとなると、こっちは一般の信者の引率もしなきゃならないんだぞ?
カルマ播磨は、思わず悪態をつきそうになるのをグッとこらえる。
生贄たちには優しくしてやるように。 そう言われていたが、── 己が死ぬ時間を早めるのも、確かに悪くない……と感じたからだ。
時間を決めたラ・ムー美樹本の都合もあるのだろうが、そんなものより、自分の最期の方が大事だ。
「わかりました。 では、サポートメンバー達に確認をとって、新たな待合せ時間を追って連絡します」
誰にも見られることのない笑顔を貼り付けて、カルマ播磨は通話を切った。
そこからのカルマ播磨は、慌ただしく動いた。
30名ほどのグループトークに、時間を早める連絡を入れた。 20:15に集まれる段取りをつけつつ、ギターを大事にしまい、その地を後にした。
一度、乗り換えて、新宿御苑前駅で降りると、駅前にいた托鉢っぽい坊さんを横目に、新宿御苑 新宿門へと向かった。
「あぁ、カルマ播磨! 無理を聞いてもらい、ありがとう!」
新宿門に着くと、セレンディピティ長田を始めとする、幹部4名が笑顔で出迎えてくれた。 一般信者もだいぶ集まって来ていた。
「いえいえ、大丈夫です。 皆さんが揃って時間を早めたい、と思ったのなら、それが運命というものでしょう。 ……ん、アファメーション田中さん、浮かない顔をしてますが、どうかしましたか?」
カルマ播磨は、一人、不安そうにしているアファメーション田中に気付いた。
「いえ、なにか……こう……時間を早めるべきではなかったのではないか? と、胸にモヤモヤが……」
ふざけるな!
お前らが言い出した事だろうが?
今さら、ちゃぶ台ひっくり返すような事言い出すんじゃねぇぜ!
「卵の殻を中から破る時、不安はつきものですよ。 痛みも……ね。 でも、勇気を出して殻を割ってみれば、その先に広い世界が待っている。 そうでしょ?」
カルマ播磨は、内心思っている事が、顔に出ないよう、笑顔を貼り付けながら、アファメーション田中を慰めた。
まぁいい。 そう思いながら、カルマ播磨はスマホを手にする。
「あ~ぁ、カルマです。 お願いします」
その言葉から数分後、警備員がやって来て、新宿門を開けた。
「首尾は?」
「上々です」
カルマ播磨の言葉に、やって来た警備員が答える。
「すべては、フートのために……」
警備員は、カルマ播磨とのやり取りを終えると、そう呟き、一般信者たちの列へと加わった。
「さぁ、行きましょう! 新たな世界に!」
そう周りに声を上げながら、カルマ播磨の足は、新宿御苑 新宿門を軽々と超えていった。




