新宿御苑夜行
「なぁ、六道のおっちゃん……こんなん、わざわざ参加せぇへんでもええんちゃう?」
丸ノ内線の新宿御苑前駅の1番出口、申し訳程度に植えられた緑の前で、與座 尊が六道 仁真に声を掛けた。
20時を少し過ぎた新宿御苑前駅は、人の流れもまばらで、街灯の光だけが静かに路面を照らしていた。
新宿御苑行きメンバーの待ち合わせ時間が、20時30分であることを考えると、だいぶ早い時間だと言えるだろう。
「……そういう訳にもいかないさ。 なんせ、日本の命運が掛かってるんだろ? 私の出来ることは僅かだろうが……頼られたなら、受けるさ。 タケルこそ、わざわざ来なくてよかったんじゃないか?」
袈裟姿に編笠、錫杖という彼なりの戦闘スタイルに身を包んだ六道が、笑いながら応える。
「……おっちゃんがメンバーに入っとらんかったら、来ぃひんて」
六道は、不満気な声を上げる與座を微笑みながら優しく見つめ、與座がバツが悪そうに目を逸らす。
「あぁ、いたいた! タケルちゃん!」
テンションの高そうな声に顔を向けると、そこには袈裟を纏った尼僧姿の大河内 修蓮の姿があった。 何も知らない者が見たら、僧の集まりがあると勘違いするだろう。
修蓮の傍らには、作務衣を着た和泉 真と河合 美子の姿があった。
與座は、河合の姿を見て、眉を寄せる。
「なんで、お前がおんねん?」
「なによ? 別にいいじゃない!」
「いい訳あるかいな! 素人が遊び半分で見物するようなもんちゃうぞっ!」
名は売れてはいるが、素人同然の河合 美子の参加が、與座には納得がいかなかった。 最低でも特妖級以上の呪霊相手に、足手まといが増えるのは、好ましくなかったから。
「ごめんなさいね。 美子ちゃんは、私が呼んだのよ」
そこに口を挟んだのは、大河内 修蓮だった。
「あのね、確かに呪霊が顕現してしまったら、危険なのはわかるわ。 でもね、その呪霊の依代を持ってくるのは、騙されてる信者の子なんでしょ? 呪霊を出す前に説得できたら、それが一番だと思わない? そのためには、名前が売れてて、カウンセリングが専門の美子ちゃんに来てもらうのが一番だと思ったのよ」
修蓮が笑顔で諭すように声を出す。
「危なくなったら、下がらせるさ。 それに、万が一があったら、俺が……」
修蓮の言葉を補足するように、和泉が口を開く。 その言葉は、気恥しさのせいか尻切れになり、真っ赤になった和泉を美子がうっとりと眺める。
言われて、改めて河合 美子の姿を見る與座。 クリーム色のブラウスにグレイの落ち着いた配色のパンツスーツ。 暗い夜の中ではその淡い色がふんわりと浮かび、場の重さとは少し違う空気を纏っていた。 その空気は、なるほど確かにカウンセラーらしいと言えた。
「……好きにせぇや。 でも、正直、作戦がハマれば、その説得もいらんようになるけどな」
與座は、なかば呆れながら、そう呟く。
「作戦?」
和泉が、訝しげに呟くと、その言葉に応えるように、爽やかな声が響いた。
「人成の猫鬼を使うのさ」
その声に反応して、振り向くと、安倍 拓海を筆頭に、山村 人成の姿があった。
その後ろには、隼部隊の四名が続き、最後尾に桐生 玲香の姿があった。 皆、お揃いの黒いスーツに身を包んでいる。
「キリューちゃん! そうか、安倍部長が言ってたのって、キリューちゃんやったんや。 随分、久しぶりやね」
玲香に気付いた與座が、嬉しそうな声を出す。
「お久しぶりです。 その節はありがとうございました。 今回も私に務まるかは不安ですが、全力で頑張ります」
「そうか、與座君とは一度、仕事で会ってるんだっけ。 じゃあ、ちょうどよかった。 あと、がんばりすぎなくていいから、危なくなったら無理は禁物だよ。 僕らも付いてるんだから」
玲香の言葉に安倍が、笑いながら応える。 街灯の光の反射なのか、その白い歯がキラリと光る錯覚を周囲に覚えさせる笑顔だった。
「はじめまして。 大河内 修蓮です。 この二人は弟子の和泉 真も河合 美子です。 今日は、よろしくね」
簡単に自己紹介する修蓮に合わせて、二人が頭を下げる。
「私は……六道 仁真。 足を引っ張らないようサポートさせていただきます」
続いて、六道が編笠を取り、頭を下げる。
「いや、こちらこそ、よろしく。 皆さん、万が一、呪霊との戦闘になった場合は、ご自分の生命を優先してくださいね」
安倍も、珍しく丁寧に応えてみせ、『山』のメンバーの自己紹介が始まる。 一通り、自己紹介が終わったところで、和泉が口を開いた。
「ところで、さっき言ってた作戦……というのは?」
「あと一人来る予定だから、話はそれからにしようか?」
「ん? ショコタンは?」
不思議そうに與座が尋ねる。 與座は、ショコタンこと、『山』の諜報部員、松尾 蕉子の存在を忘れてはいなかった。
「あぁ、彼女は、必要な時になったら現れる……らしいよ」
安倍が笑顔で、そう言ったところで、タイミングよく声が響く。
「おや? どうやら私が最後のようですね。 遅れて申し訳ない」
1番出口の階段を登りきったところで、声を出したのは、茶色いジャケット姿の三善 清史郎だった。
「いえ、約束は30分ですから、あと5分あります。 遅れてないですよ」
安倍が、その場の代表として声を出し、再び、自己紹介が始まる。
その光景を見ながら、與座が居心地の悪さを感じる。
(僧に尼僧に黒スーツ……小綺麗な茶色のジャケット姿ときたら……ほぼ、お通夜やん!? ほいで、俺だけカジュアルやないか……。 ここにアロハがおったらよかったのに……)
「これで、全員かな? じゃあ、歩きながら話そうか?」
安倍の言葉で、全員がゾロゾロと新宿御苑の新宿門に向かい歩き出す。 シャランシャランと六道の錫杖の音が夜道に響く。
「作戦は簡単。 彼らが呪具を一箇所に集めたところをこの人成の猫鬼を使って、呪具を異界に引きずり込む。 それだけさ」
作戦は単純明快だった。
呪霊を呼び出す前に、その依代となる呪具を隔離してしまおうというものだった。
「なるほど、それなら呪霊との戦闘は避けられそうですね」
三善が感心しながら、口を開いた。
「とは言え、何が起こるかはわからないから、油断は禁物だけど……。 まぁ、最悪、平将門が復活した際は、例のアラハちゃんの出番になるけどね」
そう言って笑いながら、事前に一ノ瀬 航輝より預かったイチイの枝を皆に見せる安倍。 すると、枝がブルリと震え、声を発した。
「わは、あくまで手を貸すだけじゃ。 あまり頼りすぎるでないぞ」
イチイの枝の、その言葉に安倍が苦笑いをしながら、肩を竦めて見せた。
「ところで、新宿御苑って、17時閉園やろ? どないして入んねん? この人数で塀を登って忍び込むわけでもないんやろ?」
ひとしきり話が落ち着いたところで、與座がもっともな意見を出す。
「あぁ、そこは『山』のコネを使うのさ。 なんだかんだ、いろんなところに恩を売ってるからね。 一般財団法人国民公園協会の許可書を一枚用意してもらっててね。 話も通してあるから、新宿門に着いたら警備室に電話したら、入れて貰えるって寸法さ。 向こうは、どう入ってくるかは、わからないけどね」
向こう……呪霊を喚び出すために捨て駒にされるプラーナの幹部達。 その言葉が出た瞬間に、空気が重くなり、誰もが押し黙る。
その沈黙を破ったのは、最年長の三善だった。
「……時間と場所は、間違いないんですよね?」
その言葉に、安倍が立ち止まり、新宿御苑の地図を取り出す。 そこには、風景式庭園のところにバツ印と21:00~23:00という走り書きが記されていた。
「静香……うちの頼れる経営企画部長が、未来視とダウジングを駆使して、辿り着いた時間と場所ですから……。 僕は、彼女の……この作戦への意気込みを信じてますよ」
安倍は、そう言って歯を光らせた。
24:00に別の場所で開始される、呪の結び直しの儀式 ── その撹乱と考えれば、時間的に矛盾はない。 一行は納得し、再び、歩を進める。 春の夜の強い風の中、歩くその足取りは、出発開始の時と比べると、ひどく重くなっていた。
沈黙の中、歩き続けると、丸く刈り揃えられた並木が途切れ、夜の闇の中に、無骨な石造りの門柱と黒鉄の門扉が姿を現したところで、安倍の歩みが不意に止まった。
昼間は観光客で溢れる新宿門も、夜は別物だった。
遠くから、プァンというクラクションの音が響く。 その音と街灯の光が石柱に吸い込まれ、境界が歪んだように見える。 門の向こうから、ほんのかすかに湿った芝生の匂いが流れてきた。
それは、想像通りの新宿門の夜の姿だった。 ただ、一つ、本来閉まっているはずの門扉の片方が、まるで一行をその先の闇へ誘うように開いている事を除けば……
「……まずいね」
安倍の言葉が、一際強い風に吹かれ、闇の中へと吸い込まれていくように響き、まるで、その言葉に応えるように木々がザザザと鳴り響いた。




