雨音は序章の調べ
「うぅっ……」
嗚咽を繰り返す松井静香に胸ぐらを捕まれた壱与は、顔を上げ空を仰ぐと、小さくため息を吐いた。
「……仕方ありません。 今回の経緯を全てお話します」
その言葉に松井は顔を上げ、涙に濡れた瞳で壱与を見つめる。
「ただし、……3、いや4時間後の15:30にしましょう。 だから、まずは芦屋呪術部長を送り出すことを優先してください」
「…………わかり……ました」
胸ぐらを掴んでいた松井の力が抜ける。 壱与はその手を包み込むように降ろし、柔らかく頷いた。
そして、キッと表情を締めて、固唾を飲んで動けないでいる集団へと視線を向けると、大きく口を開いた。
「佐藤営業部長! 可能ならば、柊 鷹斗と一ノ瀬 航輝も呼んでください。 これからの話もする必要がありますので」
そう言いながら、襟を直す壱与。
「はい! わかりました」
突然、話を振られた佐藤がビシッと姿勢を正して、返事をする。
「参加者は、各部門長と……呪術部長代理として、山村主任。 柊 鷹斗に一ノ瀬 航輝、あと橋渡しとして與座主任にも出席させてください」
「一ノ瀬君が出るのなら、僕もぜひとも出席したいです。 本来なら会議とか苦手なんですが……。 もちろん、納得できる内容だと思っていいんですよね? これだけ、好き勝手言って、まったく納得いかない内容だったら……。 いえ、これ以上は野暮というものでしょう。 出席して構わないですよね?」
力なく立ち尽くす松井と違い、納得しているのかどうか、全く読めない楠瀬が名乗りをあげる。
「もちろん、出席してください。 今後、鍵となるのは、貴方と柊 鷹斗なのですから。 だから、貴方も皆と一緒に火葬場に行きなさい。 貴方に骨を拾ってもらえたなら、きっと芦屋部長も喜ぶでしょう」
「そうと決まれば、さっさと行こう。 楠瀬! お前は俺の車だ。 放っておくと、また暴走しそうだからな」
山村が、ようやく収束した場に安堵しながらも、用心深く楠瀬をマークする。
「……山村さんが一緒にいれば、僕が暴走しないとでも? いや、そもそも暴走とか……ものすごく人聞きが悪いんですけど? ……ということで、訂正を希望します」
「うっさい! 目の届かないとこで好き勝手やられるくらいなら、監視下に置くって意味だ! いちいち、グダグダ言うな」
楠瀬の減らず口に、なんだかんだと律儀に答えながら、山村が楠瀬の首根っこを掴み、雨の中を自分の車へと向かう。
そのやり取りをキッカケに、火葬場へ向かう者達はぞろぞろと動き出す。 そんな中、隼部隊の京子が安倍の元へ駆け寄る。
「部長! 会議の内容……後で絶対に教えてください」
その真剣な瞳を真っ直ぐ見据えて、安倍が答える。
「……わかった。 ただ、……そう気負うな。 君が、責任を感じる必要はないし、芦屋呪術部長もそんな事望んでないよ。 とは言え、そんな事言われても難しいかもしれないけど……」
「……」
「とにかく、会議の話は、君たちにもちゃんと伝えるから……。 今は、とにかく休め。 まともに寝れてないんだろう? あれから……」
安倍は、京子にそう言うと、話は終わったと言わんばかりに、京子に背を向けてヒラヒラと手を振りながら、未だ力なく立ち尽くす松井の元へと向かう。
「……静香。 ……行こう」
そのまま、安倍は、松井に肩を貸すように支えながら、芦屋呪術部長を見送るため、傘を広げて車へと向かった。
◇ ◇ ◇
なんて事があったとは露知らず、僕は柊と案内の與座と『山』へと向かっていた。
「ったく、会議するならするでいいけど、急すぎるよなぁ。 こっちに予定とかあったらどうするつもりだっつうの」
口を尖らせながら、愚痴とも不満とも言える物言いの柊。
「しゃあないやん。 急に決まったんやから。 こっちかて、慌てて社用車押さえて、往復とか……。 ほんま勘弁やわ。 それに、そっちは特急対応とか言うて、割増料金にしたったら、少しはマシな気持ちになるやん?」
「そりゃ、もちろんそうさせてもらうけどさぁ……」
運転している與座と助手席の柊が軽口を叩きあっているが、なんとなく空気が重い。 除厄式の会議の時に見かけた呪術部長さんが亡くなったと聞いたせいだろう。
眼帯を付けて怖そうな顔だった呪術部長さんを思い出すと、ファミレスでの楠瀬君の顔がセットで思い浮かんでくる。 部長さんを慕っている感じだった彼は、今、どんな気持ちでいるのだろう?
物思いに耽りながら、後部座席から運転席をふと見ると、與座がしている季節にまったく合わないイヤーマフが目に入り、少し複雑な気持ちになる。
與座がイヤーマフをする理由を作った当の本人であるキキを見ると、頬を膨らませながら、当然のように頷いている。
……気にならないんだろうか?
誰も喋らなくなると、雨粒がフロントガラスを叩く音と、時折混じるワイパーの音、小さく絞ったカーラジオから聞こえてくるパーソナリティの場違いな軽いトークが、重くなった空気を際立たせる。
それにしても、柊が呼ばれるのはわかるが、僕まで呼ばれるとは思わなかった。 もしかしたら、と思いながら、胸ポケットに刺しこんだイチイの枝を見る。
「わは、絶対に行かんぞ。 二度とあの地に足を踏み入れとうなどないわ。 ……だが、一応、これを持っていくがよい」
そう新葉に言われ、胸ポケットに刺し込まれたイチイの枝。 なんの意味があるのかはわからないが、御守り代わりといったところだろうか?
『山』の偉い人は、本当は僕じゃなくて新葉に用があったんじゃ?と勘繰ってしまう。 もし、そうなら、本人が不在になってしまい、なんとなく申し訳ない気がしてしまう。
そんな僕の気持ちに気が付いたのか、キキが「気にするな」とジェスチャーしてくれる。
気を使わせちゃったかな……
僕はキキに微笑みながら頷くと、車窓に流れる景色と雨粒に意識を向けた。




