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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
閑話

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187/190

ツレが先に入っているので

「…………」


 昼時を過ぎた店内は、ピークを外したとはいえ、まだざわざわとした賑わいを残していた。

 ママ友っぽいグループ、制服姿の学生、カップル、三人組の男たち、ノートPCに向かうサラリーマン風の男……。

 なんとなく目に入る光景をぼんやりと眺めながら、僕はドリンクバーのカップに手を伸ばすこともできずにいた。


 難しい顔をして微動だにしない和泉さん、落ち着かない様子の與座、貧乏ゆすりが止まらない柊、そして、所在なげにウロウロするキキ。

 臨太郎を待つ僕たちの席だけが、妙に浮いて見えるんじゃないか、そんな気がして仕方ない。


「なぁ、本当にアイツ大丈夫なのか? やっぱり、誰か……」


 苛立ちを滲ませた柊の声が、テーブルの空気を震わせた瞬間だった。

 入口で「いらっしゃいませ」という声と、ドアのベルが重なる音が響いた。


 みんなの視線が、自然と入口に集中する。


 ──?


 店員が、ほんの一瞬、怯むように後ずさったのが見えた。


「ツレが先に入っているので、ではでは」


 楠瀬君だった。


 思わず僕は立ち上がる。

 その後ろに、少し疲れた表情の臨太郎が姿を現した。


「臨……」


 けれど、楠瀬君に続いて入ってきたのは、臨太郎だけではなかった。


 臨太郎の後ろから女子大生風の女性が一人。そして、タイトなスーツを着た人物が続く。


 僕の喉がひゅっと詰まる。

 その理由は、タイトスーツの人物だった。


 ――頭全体を包帯で覆われている。


 体型で辛うじて女性だと分かるものの、明らかに異様な姿だ。

 店員が怯んだ理由が、今ならよく分かる。


 ってか、どういう状況?


「臨太郎君!」


 僕が躊躇していると、和泉さんが入口へ駆け寄る。


「……真ちゃん」


「俺のせいで……申し訳ない」


 突然の和泉さんの謝罪に、店内の視線が集中する。 緊迫した空気を見て見ぬ振りをして「ごゆっくり~」と言いながら、店員が奥へ引っ込む。

 そんな中、楠瀬君だけはマイペースに僕らのテーブルに向かってくる。


 テーブルについた臨太郎御一行。「昨日から何も食べてなくて」と言う女子大生の言葉で、注文を先に取る事にした。


 注文を一通り終えたところで、女子大生が「たぶん、私が一番状況をわかってるから……」と、説明を始める。


 彼女は、『山』の諜報部に所属している松尾 蕉子と名乗った。 そして、気になる包帯レディの正体は、なんとクリスティーヌ滝本だった。


 ── なんとリアクションしていいか、わからない。 その包帯はキキのせいだろうか?


 僕は思わずキキを見る。 キキは、一瞬、バツの悪そうな顔をした後、吹けてない口笛を吹くような仕草で遠くを見た。


 逃げたな……


「クリス……ううん、滝本 美穂です。 松尾さんから聞きました。 この顔は、そちらの……キキさん? のせいじゃありません」


 キキをチラリと見ながら話す滝本。 この人……視えてるんだ……


「あとね。 私、あなた達とは初対面じゃないのよ?」


 そう言ってイタズラっぽく笑う松尾。 その笑顔はひどく魅力的に見えた。 が、全然会った記憶がない。


「あらあら、飴ちゃん食べる?」


 突然、別人のような声で松尾が声を上げる。 その発言に既視感を覚えるも、どこで聞いたかわからない。 しかし、その声に與座が立ち上がって驚きの声を上げた。


「立川 明美!」


 え? 立川 明美? って、あのおばちゃん?


 松尾は、立川 明美として『山』の任務をこなしていたらしい。 「多分、あなた達と接触するのが目的だったんだと思うけどね」と笑う。


 そして、その後の任務で、プラーナへ潜入し臨太郎と会い、今までラ・ムー美樹本に洗脳された滝本により監禁されていたとの事だった。


 なんか情報量が多すぎて、上手く整理できない。


「全部、あん性悪女の仕込みやったっちゅうことか……。 せやけど、なんでや? 諜報部っちゅうんがあることすら極秘やろ? なんで、こないベラベラ喋りよるんや?」


 黙って話を聞いていた與座が、松尾を睨みながら話す。


「冥土の土産……。 ここまで聞かせてもらって、無事に帰れると思うのかしら?」


 不敵に笑う松尾。 一気に場が緊迫する。


「……なんてね。 冗談よ。 さっき、当代様の式神から連絡が来たの。 あなた達には全て話して問題なしってね」


 松尾が、コロコロと楽しそうに笑う。 その顔に臨太郎が見蕩れているのがわかった。 でも……今の顔も年齢も造られたものなんだよな。 僕は少し複雑な気持ちになった。


「お待たせしましたぁ」


 ちょうど、そこに店員が来て、大量の料理が運ばれる。 ステーキとハンバーグとチキングリルの乗ったミックスグリルスペシャル、ピザ、ドリア、山盛りポテト、サラダが松尾の前に所狭しと置かれている。 臨太郎の頼んだカルボナーラ単品が微笑ましく見える。


「なに?」


「いや、えらい喰うやん」


 松尾の言葉に、與座が皆の意見を代弁する。


「身体が資本だし、しっかり食べなきゃだから。 それに全部私一人で食べる訳じゃないわよ? はい」


 そう言って、山盛りポテトをテーブルの中心に置いて微笑む。


「みんなも食べて。 なんなら、飴ちゃんいる?」


「ちょいちょい、立川明美出すのやめいや」


 與座の言葉でクスクス笑う松尾は、確かに魅力的に見えて、なんとなくだが、臨太郎の顔を見ることができない。


「さて、一ノ瀬君。 改めてお礼を言うわ。 楠瀬君を寄越してくれたの、君なんだってね。 正直、いろいろ思うところはあるけれど、助かったのは事実。 ありがとうございました」


 料理を前に、松尾が深々と頭を下げる。 そんな光景を見て思わず慌ててしまう。


「いや、頭を上げてください。 僕は……」


「俺からも礼を言うよ。 航輝、本当にありがとう」


 松尾の謝罪にまごまごしている僕に畳み掛けるように臨太郎が礼を言う。 本当に、僕は何もしてないのに……


「いや、本当に僕は何もしてなくて……全部、楠瀬君のおかげなんだよ。 楠瀬君、本当にありがとう。 でも、どうやって潜入したの? 本当にスカウトされましたって入っていったの?」


 僕は、話題を変えたくて、楠瀬君にお礼を言う。


「いえいえ、ノセ仲間が困っているとなったら放っておく事なんてできません。 それに、一ノ瀬君の親友は僕の親友も同然ですし、そんなに困難なミッションでもなかった訳ですから、改めてお礼を言われると恐縮至極です。 ですです。 ちなみに、事務所に入るのにラ・ムー美樹本の名前は使いませんでした。 作戦は常に移ろうものです。 別に受付の人が、少し化粧の濃い女性で声を掛けるのが恥ずかしかった……って訳ではありませんよ」


 ……恥ずかしかったんだな。


 そんな楠瀬の言葉に柊が反応する。


「じゃ、どうやって入ったんだよ?」


 柊の言葉に、滝本が上擦った声で同調する。 その包帯の隙間から覗く瞳は、若干、潤んでいるように見えた。


「そ、そうよ。 あそこは警備もいるし、簡単じゃなかったはずよ。 どうやって、……私たちは出逢えたの?」


 その潤んだ瞳は、チラチラと楠瀬を見る。 ……まさか。


「はい、いつもの任務の時のように気配を断ちました。 いわゆる『いないいないばあ』です。 "いないいない"の時は、気配が絶てますので。 ポイントは、全部手で隠すのではなく、指と指の隙間から前方を見れるようにすることですね。 ですです。 こんな感じです」


 そう言って、顔を覆う楠瀬君。 途端に楠瀬君が"いる"のはわかっているのに、まるで"いない"ような不思議な感覚に襲われる。


「本当……めちゃくちゃね」


 そのやり取りに松尾が、ピザを頬張りながら、呆れた声を漏らす。


「それにしても……あなたって、生き辛そうね。 "呪"に関しては頼もしいの一言に尽きるのだけれど……。 本当、『山』に入って正解だわ」


 松尾が、ハンバーグを切りながら呟く。 僕は思わず、心の中で「確かに」と思ってしまう。


「ですね。 当時は、よくわかりませんでしたが、どうもなんでも"呪"に結びついてしまうようでして。 天パの山村さんにも、よく言われますよ。 お前は普通の生活を送れないって。 本当、こんな僕を拾ってくれた部長さんには足を向けて寝れませんって奴ですね」


「部長さん……て、芦屋呪術部長の事やんな? あん人がスカウトしたんか……」


 楠瀬君の言葉に與座が反応する。


「ですです。 眼帯したイカつい感じのおっさんです。 あの人が、僕のちょっとした"呪"の調査に来たのが切っ掛けでしたね。 たしか、僕がまだ小学6年の時だったと記憶してます。 そこからは、あの人が第二の父親みたいなものです。 ですです。 あの人は見た目はイカついですし、口も悪いんですが、なかなかに話のわかる人でして……。 僕の二つ名の『呪殺王子(プリンス)』ってのも、部長さんが付けてくれたんですよ。 今ではお気に入りの二つ名でして。 だってカッコイイですもんね? ここまでカッコイイ二つ名はなかなかありませんからね。 ちなみに、いつになったら呪殺王子(プリンス)から、呪殺王(キング)になれると思います? 今度、部長さんに直接聞かないとですね」


 楠瀬君のプリンスって芦屋さんって人が付けたんだ……。 思い出した。 除厄式の打ち合わせで、すっごい睨んできてた眼帯でオールバックの人だ!


「それに……あのまま、実家で暮らしてたら、もしかしたらですが、うっかり両親を呪い殺していたかもしれません。 まだ、しっかりと制御はできませんが、部長さんや天パの山村さんのおかげで、だいぶマシになっていると思いたいです。 はい」


「ふうん。 恩人なんだ」


 松尾が、いつの間にかハンバーグをたいらげ、次のチキングリルに手を出しながら呟く。


「そうですね。 おっしゃる通り、恩人というやつですね。 僕の、この先の長い人生のうちの一時(ひととき)くらいならあの人のために使ってあげてもいいかな、と思う程度には」


 楠瀬君が、およそ楠瀬君らしくない事を言っている。


「そっか、芦屋部長 は、一回、調査したんだけど、直接会ったことはないのよね。 一度会ってみたいもんだわ。 ちょうど、この後、滝本さんの保護のために『山』に行くから、ついでに会ってみることにするわ」


 松尾は、全ての食事を食べ終え、紙ナプキンで口を拭きながら笑う。


「あ、噂をすれば……ですね。 天パの山村さんから、メールです。 どうも、緊急で『山』に帰らなきゃいけなくなったみたいです。 うぅ。 せっかくのクラゆめパーティーの予定が……」


 いやいや、クラゆめパーティーなんて、もともと予定にないでしょ。


「あら、ちょうどいいじゃない。 じゃ、楠瀬君も一緒に行きましょうよ。 ねぇ、滝本さん」


「あ、ハイ、もちろんです」


 包帯レディの滝本さんが、嬉しそうに答える。 今にも『ですです』とか言い出しそうだ。


 食べ終わった松尾は伝票を持って立ち上がると、「払っとくわ」とウィンクして、包帯レディを従えて、乗り気じゃなさそうな楠瀬君を引き摺るように颯爽と去っていった。


 取り残された僕たちは、誰も何も言えないまま、その光景を見送ったのだった。

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