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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
宗《しゅう》の章

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クリスティーヌ滝本 後編

 クリスタルの販売も生活も順調だった。


 不満と言えば、最近、ナドゥ桐山と二人でゆっくり過ごせない事くらいだった。 お互い忙しいので、仕方ない事だと納得はできていたが。


 その日も、いつも通りクリスタルを売るはずだった。 相手は『プラーナ』のHPに心霊相談を書き込んできた一ノ瀬 航輝という青年。


「クリスタルは、心霊相談にこそ真価を発揮するんだよ。 なにせ、心霊相談のほとんどが、ただの気のせいなんだから」


 美樹本の言う通り、心霊相談でのクリスタル販売率と感謝率は非常に高いものだった。


 クリスティーヌ滝本が、約束の駅前のロータリーに着くと、大学生風の若者二人がこちらの様子を窺っているのが見えた。


 きっと彼らだろう。 依頼人にメールを打つと、二人組が反応する。 やはり彼らだった。


 後はいつものように話をするだけ。 喫茶店に入り、ナドゥ桐山と合流すると、クリスタルの話を切り出した。


「……いりません! もうお守りならありますから」


 クリスティーヌ滝本の眉根が寄る。 心の拠り所はクリスタルだけでないと……。 そして、そう思ったのはクリスティーヌ滝本だけではなかった。 ナドゥ桐山は、素早く御守りと呼ばれるA4用紙を奪い取ると、依頼人の目の前で破り捨てた。


 その瞬間、世界から音が消えた。


 冷房が強いのか、やけに寒く、鳥肌が全身を包んでいるのがわかった。 何が起きているかわからないが、それでも何かが起きていると確信できた。


 ふと、テーブルの黒い染みが広がっていくのが見えた。


 中心から盛り上がりながら、広がっていく黒い丸。


 気が付くと、テーブルから女性の頭が生えていた。


 なんだこれは?


 理解が追いつかない。 身体がガタガタと震え、身動きも取れない。 前を見ると二人組も怯えていた。


 次の瞬間、ソレはこちらに振り向いた。


「ギギ……ありが……とう……」


 ソレはそう言いながら、ナドゥ桐山にゆっくりと抱きついた。


「あぁぁああぁぁあ!」


 店内に響きわたるナドゥ桐山の叫び声。


 慌てて逃げようにも、ナドゥ桐山が邪魔で逃げられない。 二人組が逃げていくのを尻目に思わず声が出る。


「ま、待って! 私も……待って!」


 二人組はクリスティーヌ滝本の助けを乞う声を無視して、脇目も振らずに逃げていった。


 ◇  ◇  ◇


 それ以来、クリスティーヌ滝本は部屋でタオルケットに包まりながら、ガタガタと震えていた。 電気は消せない。 アレが出てきそうで。


 バリバリバリ


 全身に出来た赤い発疹を掻き毟る。 時折、爪の中に皮膚や膿が付着する。 最初は抵抗があったが、もうどうでもよくなっていた。 とにかく掻くことがやめられなかった。


「うぅ……」


 きっとバチが当たったのだ。 ガラクタなんかを高額で売りつけていたものだから……


 そんな事を考えている時にふと思う。


 桐山はどうしただろう?


 彼はアレに抱き着かれ、自分よりも酷い事になっていた。 元がイケメンだけに、直視する事が出来なかった。


 アレが消えた後、二人して店員に心配されながら、逃げるように店を出た。 帰り道は、お互い何も声を出せなかった。


 あれから一週間程経つが、桐山とは会っていなかった。


 いや、会えなかった。


 醜くなったこの姿を、彼に見られたくなかったから。


 ピンポーン


 チャイムが鳴った。


 だが無視する。 こんな有様で何を対応しろと言うのか。


 ドンドンドン


「私だ。 美樹本だ。 大変だったね。 お見舞いに来たから開けてくれ。 ……開けなさい」


 焦れた訪問者がドアを叩きながら大声を出す。 その有無を言わせぬ物言いに思わず立ち上がる。 近所迷惑になってしまう。 迷惑を掛ける事に気が引けるのではなく、目立ってしまうのが嫌だった。


 タオルケットで身体を隠しながら、のそのそと玄関を開ける。 そこには、コンビニの袋を掲げた美樹本が笑いながら立っていた。


「あぁ、よかった。 生きてた。 あやうく大家さんに電話するところだったよ」


 そう言って、部屋に入ってくる美樹本。


「……すいません」


「未婚の若い女性の部屋だから、玄関は開けっ放しにしておきたいところだけど、それはそれで物騒だからね」


 そう言いながら、まるで自分の部屋かのように、先を歩く美樹本。 テーブルまで着くとドカッと腰を降ろす。


「いやぁ、聞いたよ。 出たんだって? 本物が。 あぁ、随分酷いね。 せっかくの美人が台無しだ」


 その物言いに、苛立ちを覚える。 この姿を長時間見られたくないし、早く帰って欲しいと。 仕方なく、美樹本の対面に移動し座ろうとするクリスティーヌ滝本。


 コトリ


 美樹本が白いビニール袋から、プリンを出してテーブルに置く。


「桐山君なんか、もっと悲惨だったよ」


 言葉の割に楽しそうに聞こえた。


 コトリ


 さらに置かれるスポーツドリンク。 今の食欲を考えると地味に嬉しいチョイスだった。


「ほら、彼、カラッポだから。 イケメンじゃなくなったらホント何も残らないんだもん。 骨以外は」


 コトリ


 続いて、美樹本は白い石のような欠片をテーブルに置いた。


 ?


 コトリ


 さらに置かれる白い石。 最初のと比べて少し小さい。


「あ、これ、桐山君。 彼、自殺しちゃったんだよね。 ……で、拝借してきたんだよ。 ……遺骨を」


 ………え?


 な……に……を


「彼の親御さんには、内緒だよ」


 そう言って、美樹本は笑った。


「え?」


 ようやく、言葉の意味が頭に降りてきたところで、母親の元恋人の笑顔と目の前の美樹本の笑顔が重なる。


「うっ」


 蘇るトラウマに、湧き上がる嫌悪感、そして込み上がる吐き気。


「あぁ、汚いなぁ。 でも、ホント、君って使えないよね。 桐山君が悪霊に抱きつかれてた時、何してたの? あ、そうか、泣きわめいてたんだっけ?」


 立ち上がり近付いてくる笑顔の美樹本。 視界が歪んで足に力が入らない。


「母親の恋人に色目を使うことくらいしか出来ないメス豚だからなぁ」


 テーブルの上の白い骨達が、ふわりと浮いて美樹本の周りを彷徨い始める。 それらは、意志を持っているように動き、美樹本の右手に集まると、彼は嗚咽を繰り返すクリスティーヌ滝本の口の中に手を突っ込んだ。


「さぁ、飲もうか? 君の愛した男の骨だよ。 さぁ、飲みなさい。 ……飲め」


「おごぉおおぉぉおお!!」


 涎と吐瀉物、そして美樹本の手が口の中で、混ざりあい、涙と鼻水が溢れる。 鼻の中がツンとするのと同時に喉の奥にナニカが押し込まれる。 ヌルりと喉を滑り降りていくナニカ。


 美樹本は、クリスティーヌ滝本の全身を覆っていたタオルケットで、手についた涎と吐瀉物を拭う。


strange()ness()


 美樹本が、いつの間にか本を手にして呟いた。


 途端に、身体中が燃えるように熱くなり、発疹が激しく疼き始める。 ─ 抗えない痒みと熱に侵される。


「か、かゆい、かゆい、かゆいかゆいかゆいかゆい」


 バリバリバリバリ


 堪らず、全身を掻きむしるクリスティーヌ滝本。 全身から血が滲み始める。 それでも掻くことをやめられない。


「あぁ、痒いよね。 可哀想に。 そうそう。 可哀想と言えば……桐山君だけどね。 家出少女達の勧誘を任せてたろ? どうも彼、彼女達といろいろ関係を持ってたらしいよ。 君、ホントは愛されてなかったんじゃない? 可哀想に」


 激情がクリスティーヌ滝本の中で大きく渦巻く。 歪んでいた視界が今度は赤く染まり始める。


 そんなクリスティーヌ滝本の感情と呼応するように、部屋の中の家具や小物がゆらゆらと浮き始める。


「世界が歓迎する? そんな訳ないじゃん。 世界はね、誰に対しても無関心だよ。 始めっからね。 ……ねぇ、なんで生まれてきたの?」


 美樹本のその言葉を受けて湧き上がる激情。 浮き上がった物体が一瞬にして炎に包まれる。


「わたしは……わたしはぁ! 」


 頭を押さえ、座り込むクリスティーヌ滝本。 美樹本は、それを見て満足そうに笑う。


「いいねぇ。 いいよ。 サイコキネシスとパイロキネシスか。 最初から、君には素質を感じてたんだよね。 足りなかったのは絶望と怒りだよ」


 パチンと美樹本が指を鳴らすと、燃え上がった小物達の炎が消える。


「火事には気をつけないと。 なんせ君には客寄せパンダとして、私のために死んでくれる信者を量産してもらわないとだからね。 ま、とりあえず、明日からは事務所においで。 包帯でも巻いてさ」


 美樹本は、用は終わったと言わんばかりに玄関に向かい歩き始める。 そして、一言、ボソリと呟いた。


「あとは頼んだよ。 ナドゥ桐山君」




 バタン。

サクッと読める短編、『波』と『香り』を書きました。

他にどんな作品を書いてるか興味ございましたら、作者ページから覗いてみてください。

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