魂と魄と転生と
「な、馬鹿なっ! んなこと、ある訳ねぇだろうがっ!」
重苦しい沈黙を破ったのは、立ち上がった芦屋呪術部長だった。
「そう、転生なんて……魂と魄の理からしたら、ありえないよね」
安倍退魔部長が静かに頷いた。
「…………」
魂は流転し、魄は地に還る。
その基本を知る者にとって、転生など妄言としか思えない現象だった。 それは、他の部門長達も同じだった。 一部を除いて。
「なんで? 『ありえない』なんて断言できるのが逆にヤバくない? ちょっと頭カタすぎじゃない? てか笑えるんだけど」
黙って静観する他のメンバーを尻目に、挑発するように笑う卑弥呼。
「まぁ、しゃあないか! 烏丸っち、君ならわかるっしょ? とりま、皆に説明プリーズ」
急に話を振られた烏丸生産部長が、ため息を一つ吐く。
「魂魄の関係から、前世の記憶を持ったまま転生するなど──本来は、ありえない」
「だろうが。 ん? 本来は?」
納得しかけた芦屋の言葉が止まる。
「だが実際、前世の記憶がある、という例が世界中で多数存在する」
「そんなん、ただの妄想か、構ってちゃんの大嘘だろうぜ」
面白くなさそうに語る烏丸の言葉を、芦屋が吐き捨てるようにバッサリと切り捨てる。
「中には、本人の生まれ変わりにしか、わからないような事を言い当てる事例も数例あるわけだが?」
「そりゃあ、あれだ。 人成! 言ってやれ」
「そりゃ、ムリがありますよ、親父殿」
「うっせぇよ!」
突然話を振られた山村が困惑し、芦屋が逆ギレする。
「ごく稀だが、魂に魄の一部、残滓がこびりついたまま、流転する事がある。 それが、── 転生だ」
「ハイ、よく出来ましたぁ! みんなぁ、烏丸っちに拍手ぅ! パチパチパチ」
卑弥呼が手を叩き、付き従う黒服の女も追従する。 だが誰も続かず、壱与は軽く咳払いした。
「低確率で起きる、その現象を意図的に操作する──私とおひぃ……卑弥呼様、そして巨魚の虜囚は、その『転生の秘術』を施しております」
「馬鹿なっ! そんな都合のいい事、出来る訳ねぇぜっ!」
芦屋が机を叩く。
「出来ないはずの事をする。 故に──"秘術"でございます」
壱与の静かな言葉に芦屋が怯む。 ひそかに烏丸が眉をひそめるが、誰もその事に気付かないまま、話が進んでいく。
「そ! んで、ウチらは代を重ねながら、巨魚の虜囚のお邪魔虫してるってわけ」
ドヤ顔で胸を張る女子高生。
「あ~、納得や。 今まで腑に落ちんかったとこも、なんとなくな。 でもな、まだわからんこともある。 例えば、巨魚の虜囚や。 なしてそいつは、龍を解放しようとするんや? 日本沈むんやろ?」
「ラ・ムーですね」
皆を代弁するような與座の発言に答えたのは、松井経営企画部長だった。
「お、静香、しっかり視えてるねぇ。 感心、感心」
神妙な表情の松井とは裏腹に、卑弥呼は楽しげに笑う。
「その通りでございます。 今はラ・ムー美樹本と名乗っているようですが……」
壱与は、淡々とフートという大陸の存在と、日本の成り立ちについて語り始めた。
「要は、日本を犠牲にして、フート再興を目論んでいる訳です。 もちろん上手くいく訳はありません」
「…………」
「だから、生前退位はラ・ムーにとっては絶好のチャンス、ってことになるわけ。 呪の結び直しにより生じる"空白"……」
珍しく真顔になる卑弥呼。 が、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「ね? 盛り上がってまいりましたぁって感じ?」
「…………」
卑弥呼の軽快な声とは裏腹に、重い空気が場を支配する。
「従いまして、皆様には巨魚の虜囚、ラ・ムー美樹本の襲来に備えていただく必要があるのです」
「そ。 でもって、未来視に頼ってる人間は、未来が視えなくなると脆い。 除厄式の様子をわざわざ見に来たことからもお察しよね。 言いたいこと、わかるよねん?」
「柊君のお兄さんの出番……というわけですね」
松井が呟く。
「ザッツ、ライト! 正式に出しちゃおうじゃないの。 『山』からの依頼を」
ニンマリとイタズラっぽく笑う卑弥呼。
「そら、柊兄は妖には無敵かもしらんけど、人間相手やとどないやろな?」
「ラ・ムー美樹本の厄介なところは、多彩な術式と妖の使役です。 それらの効果がなければ、単なる"くたびれたおっさん"です」
與座の疑問に壱与が答える。 その口調に若干の棘を感じる。
「つまり、柊兄が余裕で勝てる……っちゅうことか」
與座が大袈裟に頷く。
「……話がそれだけなら、佐藤君とこだけに話せばいいよね? わざわざ部門長集めたってことは、他にも何かあるんじゃないかい?」
なんとか冷静さを取り戻した安倍が口を開く。
「さっすが、アベタク! 鋭いねぇ。 君達にも当然、役割があるのよねって感じ?」
「テロへの対応になります」
「テロ?」
「ま、その辺は公安に任せときゃいいんだけど、裏で呪霊や妖を使った撹乱もしてくるみたいなのよねぇ。 ね? めんどいっしょ?」
「すでに佐藤営業部長にお願いして、民間の霊能者に当たりを付けてはいますが、手が足りない可能性があります」
「それで俺らの出番って訳か……」
立ち上がって聞いていた芦屋が、不敵に笑い席に着く。
「その通りでございます。 そのため、呪術部には"刺し"は控えて頂き、"抜き"案件のみの対応をお願いいたします」
「了解した。 しばらくは"抜き"に専念しよう」
壱与が、他の部門長達にテキパキと指示を出し始める。 一通りの指示を聞いた後、山村が納得いかなさそうな声を出す。
「あのぅ……結局、俺はなんで呼ばれたんすかね?」
「山村様は、楠瀬様への情報共有をお願いいたします。 彼はラ・ムー美樹本への切り札に使えるかもしれませんので……。 なお、情報の取捨選択は一任いたします」
「え? 俺が?」
山村が一際情けない声を出したところで、緊急会議はお開きとなった。
◇ ◇ ◇
誰もいなくなった会議室で、烏丸が腕を組む。 思い出されるのは、卑弥呼達と初めて会った時の香織さんとの会話だった。
─────────
「つまり、さっきの卑弥呼と壱与ってのは、意図的に魄の残滓を魂に付着させている……という訳か?」
「えぇ、なかなか出来る事ではないんだけど、そのようね」
「素晴らしい。 それが使えれば、この世の深淵が全て解き明かせるかもしれない」
「ダメよ。 あなたは、私との契約があるでしょ? それに……あまりいいものでもないのよ? 転生って」
「……なぜ?」
「偶然の産物なら、そこまで影響はないんでしょうが、あそこまでやったら……魄からの情報が脳の処理能力を超えてしまう」
「……で?」
「人格が破綻するって事よ。 例えば、一つの事柄や一人の人に執着しちゃうとか、ひどく幼稚な性格になったり、最悪──」
言葉を濁す香織さんの言葉に、烏丸は、ひどく幼稚だった卑弥呼と卑弥呼至上主義の壱与を思う。
「なるほど……。 あの二人には、そのリスクを負ってでも、やらなきゃいけない事があるって事か」
「……ううん。 多分だけど、そのリスクに気付いてないんじゃないかしら。 壊れた玩具は自分が壊れていることに気付かないものだから……」
そう言うと、美しい悪魔は妖艶に微笑んだ。
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「フート…….か」
烏丸は、まだ見ぬラ・ムー美樹本の事を考え、ボソリと呟く。
そうして、深い息を吐いた後、烏丸はようやく腰を上げ、会議室を後にした。




