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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
閑話

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嵐の前の静けさ

「おう、こっちだ、こっち」


『山』の経営企画部長・松井静香が店内に足を踏み入れた瞬間、ひときわ大きな声が響いた。声の方へ自然と歩を進める。その凛とした立ち居振る舞いは、仕事帰りの酔客でごった返すこの店では、ひときわ目を引いていた。


 テーブルに辿り着いた松井は、そこに置かれた中ジョッキとつまみの数々を見て、小さくため息をつく。


「時間ぴったりのはずですが?」


「悪いけど、先に始めさせてもらってるよ」


 中ジョッキを掲げながら、爽やかに笑う退魔部部長・安倍拓海。


「せっかく同期で飲むんだ。 少しくらい早く来るのがマナーってやつだろうが?」


 どこまでも自分勝手な持論を当然のように口にするのは、呪術部部長・芦屋道長の声だった。


 これ以上何を言っても無駄だと悟ったように、松井は無言で席に着き、ピシッとした姿勢のまま店員を呼ぶ。


「生大と……枝豆を追加で」


 すでに空になりかけた小皿を見やって、落ち着いた声で注文を重ねる。


「しかし……こうして三人で飲むのも、随分と久しぶりだね」


「それぞれ役職が付き、忙しくなっているのですから、仕方ありません」


「だけど、ようやく時間を合わせられたんだ。 今日はとことん飲もうぜ」


 普段の彼と同一人物とは思えぬ程の無邪気な笑顔で笑う芦屋。その姿は、まるで入山当時のままだった。


「……嵐の前の静けさ……って奴ですよ」


 松井がそう呟いたところで、大ジョッキが届く。


「じゃ、改めて……乾杯!」


 当然のように安倍が音頭を取る。


「それにしても、拓海はキャラを作りすぎです」


 大ジョッキを半分ほど煽った松井が、ポツリと漏らす。 その言葉に安倍が笑いながら、肩を竦めてみせる。


「違ぇねぇ。 こいつが“ふっ"とか言うたびに、イラッとくるわ」


 これ幸いと笑う芦屋。


「ミッチーも人のこと言えませんよ? 眼帯に気難しい顔……。貴方たちが周囲からどう思われてるか、ご存じです?」


「『裏山の芦屋部長は、安倍部長を一方的にライバル視してる』……ってやつだろ? 言いたい奴には言わせとけっての」


 店内では眼帯を外した芦屋が、豪快に笑って見せた。


 三人は、まるで入山したばかりの頃のように、昔話や近況を気ままに語り合った。


「そう言えば、佐藤んとこの與座とかいう小僧。 静香が拾ってきたんだろ? 霊視に関しちゃ、『山』一番だって評判じゃねぇか?」


 三杯目の中ジョッキを空にした芦屋が、ビールを頼むついでのように、話を変える。


「えぇ、初めて会った時は、……ふふ、どうなるか心配だったのですがね。 この間、当代様のご指示で一皮剥けたようです」


 いくつか大ジョッキが混じった空のジョッキ達をテーブルの端の方へまとめながら、松井が楽しそうに返す。 その様子から、松井が與座に目を掛けている事がわかる。


「おぉ、人成から聞いたな。 確か、虚忘とかいう呪いだったな」


 芦屋の、その言葉を切っ掛けに虚忘の話で盛り上がり始める。 そんな中、安倍だけが憮然とした態度になる。


「……拓海、さっきから何拗ねてんだ?」


 イラつきを露にしながら、芦屋が問い詰めると、安倍は、大袈裟に天を仰ぎながらつぶやく。


「人成……もったいないなぁ。 彼、どう見ても退魔部(うち)向きっしょ?」


「そりゃ、しょうがねぇだろ? 本人が呪術部(うち)がいいっつってんだからよぉ。 それに対妖特化の退魔部より、対人能力も必要な呪術部(うち)の方が人成にゃ向いてるぜ」


 芦屋は、笑いながら中ジョッキを傾ける。


「それにそっちにゃ、柊とかいうバケモンがいるだろうが?」


 芦屋の言葉を切っ掛けに、話題は自然と後進の話へとシフトしていく。 その会話の節々に安倍の隼斗へのジェラシーが垣間見える。


「はっ、柊ってのは、当代様も認めるほど、霊力が高ぇんだろ? そんなんに対抗してどうする? お前のウリは、その観察眼と戦術の組み立てだろ? 自分を見失うなよ」


「そんなのわかってるっつーの。 わかってても、ほら、こう、モヤっとすんだよねぇ」


「……それなら、一回、シメてやればいいんですよ」


「「え?」」


 大ジョッキを煽りながらボソリと呟く松井の言葉に、中年二人が目を丸くする。


「そうそう、化け物と言えば、ミッチーのとこの楠瀬君……でしたっけ? あの子も……大概ですよね?」


 まるで何事もなかったかのように、新たに話題を振る松井。


「あ、あぁ、呪殺王子(プリンス)か。 確かに、アイツもバケモンだな。 なんせ、なにやっても呪いに繋がっちまうんだ。 まさに呪いの申し子ってやつだ」


「噂には聞いてたけど、そんなになのかい? あと、プリンスって」


「いいネーミングだろ? 俺が付けたんだ。 アイツには、自覚を持ってもらわんとな。 自分がいかに危険かを。 ま、上手くいってんだか、いってないんだかわかんねぇけどな」


 安倍の言葉を受けて芦屋が笑う。


「笑い事じゃありませんよ。 ……"過ぎたる力は、身を滅ぼす"。 制御出来ない力は敵と同じです」


 大笑いする安倍と芦屋にピシャリと言い放つ松井。


「まぁ、アイツは、『山』で管理しとかねぇと、逆に危ねぇだろ? となったら、受け皿は呪術部しかねぇよ。 静香んとこは……誰かいねぇのか?」


 大ジョッキを置いて、首を振る松井。


「未来視は、難しいですからね。 有望そうな子は、何人かいるにはいますが……。 妖との邂逅で命の危機に瀕すれば……とは思いますが、リスクが高すぎます」


「…………」


 松井のトーンが下がり、場の空気が一気に沈む。


「ま、なんだ。 やれる材料でやってくしかねぇよな。 それに、柊、山村、與座に……楠瀬。 頼もしい後進が育っていくのはいいことだ。 なぁ?」


 その空気を変えるように芦屋が笑う。


「……柊君と言えば、聞きましたよ。 除厄式の事。 凄かったらしいじゃないですか、彼のお兄さん」


 芦屋の言葉に救われたかのように、松井が笑顔を作りながら話題を変える。


「おう、そうだ! 静香から未来が見えねぇなんて言葉を聞いたのは初めてだったもんだから、あんときゃ、かなりビビったもんだぜ。 ……で、実際、どうだったんだ?」


 松井の言葉に芦屋が乗っかり、自然と視線が安倍へと集中する。


「確かにね。 あんなのがいるんだってのには驚いたよ。 アレは僕らの尺度で考えちゃダメだね。 嫉妬なんて1mmも湧かないよ」


 そう言いながら、安倍も三杯目を空にする。


「人成も、そんなような事言ってたな……。 あ~ぁ、俺も見たかったぜ」


 残念そうに、焼き鳥をビールで流し込む芦屋。


「でも……凄かったのは、柊兄だけじゃなかったんだよね。 そのアシスタント……こいつもまた凄かったんだよ」


「ほう? あの鬼憑きか……」


 芦屋は、規格外の陰を使役していた、地味な青年を思い出す。


「もちろん、その陰も凄かったんだけど……、彼の凄さは、そこじゃない。 本当に凄かったのは、その度胸と判断力、あと、メンタル?」


「度胸とメンタルは同じでしょ。 っていうか、何回凄いと言えば気が済むんですか? 語彙力の欠如!いっそ 死ねばいいのに」


 徐々に毒が出てきた松井の発言に、こうでなくては、と中年男性二人がニヤける。


「いやいや、度胸とメンタルは違うだろ? 俺は、わかるぜ。 なぁ、拓海」


 ニヤニヤと挑発するような芦屋の発言を皮切りに、三人は、度胸とは? メンタルとは? の会話で無限ループを始める。


 結局、"度胸はメンタルの一部である、が、切り離しても可"というフワッとした着地点で満足する三人。


 続いて、話題は松井の大ジョッキへとシフトする。 "大ジョッキだと終盤でビールが温くなる"と主張する二人に対し、コスパ至上主義で対抗する松井。 くだらない話で大いに盛り上がる三人。


「やはり楽しいですね。 こういうのは……。 ただ、このメンツで集まると、昔に戻ったみたいで、つい飲み過ぎてしまいます」


「だね。 あの頃は、……本当、どうでもいい事で……よくあそこまで語り合えたもんだよ。 人数は……だいぶ減っちゃったけどさ」


「……こんな仕事してたら、……そら、しょうがねぇぜ」


「…………」


 三人は、様々な理由で去っていった、他の同期達に思いを馳せて黙り込む。 その静寂を壊したのは松井だった。


「……また、しばらく忙しくなりますよ」


「……フートの虜囚、ね。 よく話に聞くけど……正直、よくわかんないんだよね。 静香は何か知ってるんだろ?」


「……近々、今後の話をするために緊急会議が開かれるそうです。 おそらく、その時には……」


 安倍の疑問を松井がはぐらかす。 これ以上聞いてくれるな、とでも言うように。


「……だったら、今夜はトコトン飲もうぜ! で、次集まる時は……祝杯だ」


 場の空気を取り繕うように芦屋が中ジョッキを掲げる。


「……だね」


「……ですね」


 三人は、すでに閑散とし始めた店内で、再び乾杯をして、くだらない話に花を咲かせる。 まるで、束の間の平和を堪能するかのように……

累計PV10万達成しました。

これも、すべて見放すことなく見守ってくださった読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございました。

記録達成後、初の投稿がおっさん達の飲み会……

誠に申し訳ありません。 ただ、こういう取り留めのない日常も大事だと言うことで……これからもよろしくお願いします。


さて、次回から新章スタートです。

ここから、物語は最終章へと加速していきます。

どうか、最後までお付き合いお願いします。

できれば感想・評価・レビューで背中を押してもらえたら嬉しいです。

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