新たなる葉
「航輝、“でぇと”に行くぞ」
不敵な女子小学生からの唐突な誘い。
TVを見ていたキキが、ぴくりと反応してこちらを窺っている。 当の僕はというと、トーストを咥えたままフリーズしていた。
でぇと? デート……だと!?
「え、えっと……どういう意味?」
荒覇吐がこの家に居候するようになって、数日が経った。
彼女は僕やキキが出かけるときも、たいてい家に残っては“情報収集”と称して、TVやネット、漫画をだらだらと貪っている。
そのおかげで、時代がかった口調もだいぶ“今どき”に近づいてきている……のか?
僕も最初は、相手が神様ということで、怪しい敬語で話していたのだが ──
「普通に“魄なし”たちと話す感じで構わんぞ。 唐揚げ3個で手を打ってやろう」
── などと言われ、結局はタメ口で話すようになっていた。
ちなみに彼女は、柊のことを“魄なし”と呼んでいる。
曰く、柊の魄は彼自身の魂に付いておらず、どこか別の場所にあるらしい。
そのせいで、極めて稀な「霊感ゼロ」という状態になっているという。
「ふむ、わが依代じゃが……あんな小さな欠片では、ちと不憫じゃと思わんか? 黄金の像を作れ、とまでは言わん。 せめて、もう少しマシな物に替えてくれてもよかろう?」
── いや、全然不憫じゃないです、という言葉が喉まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。
「依代は、航輝が選んだ物ならなんでも良い……と言いたいとこじゃが、わにも好みがある。 故に"でぇと"じゃ」
そんな訳で、荒覇吐とショッピングモールでデートする事になった。 とは言え、キキも一緒だ。 きっと、周りには年の離れた妹と、買い物をしているように見えるだろう。 ……と思いたい。
それにしても……と、歩きながらもの思いに耽る。
荒覇吐。
謎の神、朝廷に仇なす邪神。 土着神に役割を与え、上手く取り込んできた日本において、そこから取りこぼされたような異端な存在。 そこに"まつろわぬ民"の意思があるのか、それとも、たまたまの結果なのか……
そんな事を考えながら、歩いていると、荒覇吐が園芸コーナーで立ち止まる。
数ある鉢植えの中で、30cmくらいの鉢植えの前で、じっとその木を見ている。
「……とても懐かしいのじゃ」
少し寂しげに響く、その声を聞きながら、鉢植えに貼られているポップを読む。
イチイ
別名:シャクノキ、オンコ、アララギ
果実以外、毒があるので、扱いには注意!
成長も遅く、縁起物なのでオススメです。
アララギ……
その響きに引っかかりを覚え、スマホで検索する。
名前、特徴、分布などがツラツラと書かれている中、その文があった。
『仁徳天皇に「正一位」を授けられたのが、その名の由来。 今でも、天皇即位の際に使われる笏の材料として使われる。 また、東北北部、北海道では、サカキ、ヒサカキの代わりに玉串など、神事に用いられる』
検索結果と、山村の言葉が頭の中で繋がりを持つ。
"アラワバの木".
"怨念を忘れさせるために"
この木が"アラワバの木"と同じものだとすると……
天皇による名の変更……
体制側の儀式への取り込み……
北と南に追いやられる、まつろわぬ民……
……取りこぼされた異端ではなく、取り込みを阻止された……? そこには呪に関する攻防戦が、見え隠れしているような気がした。
脳裏に、大人荒覇吐の消える間際の表情が浮かぶ……
もしかすると、神も人間に翻弄される存在なのかもしれない。
いや、ただの妄想だ。 それがわかったところで、僕の生活は何も変わらない。 そう思い、スマホをしまう。
……
それでも……
「……依代……これにしようか?」
僕の言葉に無言で頷く荒覇吐。
イチイの鉢植えを買って、帰ろうとする僕をキキが必死のジェスチャーで止める。
なに?
キキの指差す先には、チキチキ・ボンバーがあった。 キキも荒覇吐の様子を見て思うところがあったのかもしれない。
「よし、唐揚げを買って帰ろう!」
「唐揚げ! 唐揚げは神じゃ!」
さっきまで、もの思いに耽っている様子だった荒覇吐の顔に急に表情が浮かぶ。 切り替えが早いな……。 ていうか、とても神のセリフとは思えない。
そんな荒覇吐の反応を見て、僕はキキと顔を合わせ微笑みあった。
◇ ◇ ◇
「さて、依代の交換をしよう」
僕の言葉に拍手をして、盛り上げようとしてくれるキキと荒覇吐。
昼食を終えた僕らは、さっそく荒覇吐の依代を換える儀式を行うことにしたのだ。
仁王立ちする荒覇吐と向かい合う形で、キキと二人で正座する。 もちろん脇には、新たな依代となる"イチイの鉢植え"だ。
「ご神意を賜らんことを願いつつ、新たなる御神体を奉り候」
簡易的じゃが、という荒覇吐により、レクチャーされた通り、恭しくイチイの鉢植えを差し出す。
「うむ、大義である」
ひょいっと、荒覇吐が鉢植えの位置に移動する。 鉢植えをすり抜ける感じが、なんとも不思議な感じだ。 そして、元いた位置には、赤茶色い土偶の欠片。
「……これだけ?」
「うむ。 今後は鉢植えをわだと思い、しっかりと世話をするのじゃ」
拍子抜けするくらい呆気ない感じで、依代の交換が終わったようだ。
……この流れなら、言ってもいいよな?
「ねぇ、荒覇吐って名前、ゴツ過ぎるよね? これからは、新たな葉と書いて、新葉って名前、どうかな?」
ショッピングモールからの帰り道、ずっと考えていた事を提案する。 今まで振り回されてきたであろう名前は捨てて、新たな名前で再スタートを切れれば、その方がいいだろう、と思ったのだ。
新葉。 アラハバキの響きと、依代が木って事で考えてみた。 格好つけすぎかもしれないが、古い葉が落ちた後に、新たな葉をつけるように、過去は過去として、新たな気持ちで今の時代を楽しんでほしい。 そんな願いを込めてみたのだ。
だったのだが……
荒覇吐、改め、新葉は、眩い程の輝きを放っていた。 先程の依代交換と大違いだ。 一体、何が……?
輝きが落ち着くと、新葉はゆっくりと、閉じていた眼を開く。 特に目に見える変化はないように見えるが……
「 わが名は新葉……。 新たなる神じゃ。 ……どうせ貴様の事じゃ、知らずに名付けをしたのであろうが、そのおかげで少し格が上がったわ」
え? 格?
単なる思い付きの名付けに、そんな効果が?
「そう、わは、"にゅうとらる"の神になったのじゃ。 善も悪も、妖も人間も……関係なく中立の立場じゃ。 そして、航輝、これは貴様の特性でもあるのじゃぞ」
新葉によると、なんの思想も縛りもない、まっさらな状態で、名付けされたため、名付け主である僕の性質に合った、新たな格に上書きされたのだという。
名付けの重要性と共に、神の名を変遷させていく意義が垣間見える。
「うむ、貴様は良くも悪くも"にゅうとらる"なのじゃ。 誰に対しても、変わらぬ"ふらっと"な態度なのじゃ」
礼儀等は別にして、誰に対しても同じような態度で接する。 だから、妖や癖の強い者、面倒な者に好かれるのじゃ、と。
思わずキキを見る。 キキも驚きを隠せない様子で新葉を見つめている。
ニュートラル……
確かに、言われてみれば、思い当たる節はある。 でも……それって誰でもそうなんじゃないの?
「貴様にとっては、当たり前すぎてわからぬやもしれぬが、それは誰にでも出来る事ではないぞ」
そう言って、優しく微笑む女子小学生。 ……が、すぐに真剣な目付きでこちらを見てくる。
その視線に僕は、思わず背筋を伸ばす。
「そして、これは警告じゃ。 まぁ、今の世では杞憂かもしれぬが……、もし、敵に同情できる背景があった場合、敵を敵と認識できなくなる……。 それは、いずれ葛藤を生み、命取りになるであろう。 ゆめゆめ忘れるでないぞ」
新葉は、そう言うと、「少し眠るのじゃ」と言い、そのまま姿を薄めていった。 そして、後に残されたのは、心配そうなキキと、午後の風に吹かれ"ゆらり"と揺れるイチイの鉢植えのみだった。




