小さな来訪者
いつの間に……。
扉が開く音は、聞こえなかった ── はず。
静寂の中、店内の視線が一斉に、美少女へと向けられる。
柊だけが平常運転で料理を口に運んでいた。
いや、山村も……平常運転と言えばそうかもしれない。 赤ら顔で虚空に向かって熱弁を振るい、時折「割り箸」「想い」「神」などの単語を混ぜて笑っている。 実に楽しそうだ。
白いブラウス調の上着に、赤いスカート。長い髪。 左右で違う色の瞳に、可愛らしく整った顔立ち。その顔に恍惚の笑みを浮かべ、唐揚げを咀嚼していた。
「お嬢ちゃん、どうしたの? お父さんやお母さんは?」
真由美ママがようやく我に返ったように、席を立つ。
「しばし……待つがよい(モグモグ)」
「近付くなっ! い、一ノ瀬も。 そいつから……離れろ!」
與座は、勢いよく立ち上がると、絞るような声で叫んだ。
いつものエセ関西弁ではなく、聞いたことのない本気の声。 そこには明確な「焦り」が滲んでいた。 その迫力に、ママの動きがピタリと止まる。
「ふむ、なかなか良い眼をしておる。 昼間はおらなんだようじゃが、卑弥呼の奴も、良い手駒を揃えておるのぉ」
唐揚げをつまんでいた指を舐めながら、不敵に笑う。
「……そう構えるでない。 そこの“魄なし”のせいで、わも力を失うた」
“魄なし” ── 何を意味するのかは分からない。
だが、その言葉とともに柊を指差す少女。 ……にも関わらず、まったく反応を示さない柊。 むしろ、不思議そうな顔で、僕らの様子を伺っている。 そして、どこかで聞き覚えのある口調……。
まさか!
「うつけめ、ようやく気付いたか? わが名は、荒覇吐。 ……昼間は世話になったのぉ」
小学生が、にたりと笑う。
「とは言え……まずは、そうじゃな。 先程の肉、替りを持って参れ」
その言葉で、視線は立ち尽くしていた真由美ママへ。
視界の端で、山村が割り箸を掲げて笑っている。 その姿が、妙に痛々しく映った。
「お、お金は掛かるけど、出前を頼めば……」
そして今度は、財布を握る今夜の大蔵大臣・山村へと視線が集まる。 が、無駄だったと、皆すぐに視線を逸らす。
「……頼むわ」
使い物にならない山村に代わり、與座が答える。
真由美ママは、その言葉に背を押されるように、カウンターの奥へと消えていった。
「なんでこんなとこに子供がいるんだ?」
異変を感じたのか、柊がようやくメガネをかけた。
「……荒覇吐や。一体、どないなっとんねん」
與座の細い目が、さらに細くなる。しばし、エセと小学生が見つめ合う。
「ほうか。 一ノ瀬、胸ポケット見てみぃ」
言われるまま、シャツのポケットに手を入れる。 ザラッとした手触り。
なんだ、これ?
取り出したのは、陶器の欠片のようなもの。 次の瞬間、小学生に素早く奪い取られた。
「依代の欠片や。 依代を破壊した時は、その欠片までしっかり滅せんと、稀に復活することがあるんや」
忌々しそうに語る與座の言葉に、土偶が砕けたあの場面が脳裏にフラッシュバックする。
「くく、大半は処理されたようじゃがな。 そこの小僧が早々に退散してくれたおかげで、こうして復活できた、というわけじゃ」
僕の……せいか。
「大丈夫だ。 俺がついてる。 また、俺がぶちのめしてやるぜ」
柊の声に思わず顔を上げる。 そして、女子小学生をボコるアロハをイメージして、また俯く。 その絵面はダメでしょ……
「ふん。 忌々しい男よ。 じゃが、次はない」
「どういう事だよ」
「害意はない。 そういう事やろ?」
與座は、そう言うと、力が抜けたように椅子に身体を預けた。
「ふん、つまらん男よ。 もうしばし、お主らの狼狽ぶりを見たかったのじゃがな。 まぁ、よい。 そこの細目の言う通りじゃ。 わが依代が破壊された時、積年の怨みも、救いを求める想いも、すべて……すべて、のうなった。 今さら、お主らと争う理由などないわ」
え?
「ん? 結局、どうゆうこと?」
柊が、まるで僕の気持ちを代弁するかのように、ボソリと呟く。
「つまり……おるだけや。 こっちがなんもせんかったら、まぁ、なんもせんやろ」
「じゃ、普通に消えてりゃいいじゃん。 わざわざ出てきて、何がやりたいんだ?」
「そういうもんや。 神とか言うても、なんの想いも怨みも抱えてないんやから、なんもやる事ないんや。 でも、依代の欠片があるから復活するしかなかったんや。 大人しくお帰りいただくのが、無難なんや。 言ったるなや」
柊の素朴な疑問に、與座が若干イラつきながら答える。 なんか、荒覇吐が可哀想に思えてくる。
「帰る? それは嫌じゃ! あんな、なんもないところ、 二度と帰りとうないわ。 どうしてもと言うならば……」
その言葉を切っ掛けに、場の空気が急に重くなる。
パキ
シャンパンの瓶が突然割れて、その割れ口が、まるで生贄を物色するように、ユラユラと僕らの周りを漂う。
「ほな、あれや! 一ノ瀬、この子ぉ、連れて帰って、祀り敬って、毎日、唐揚げお供えしたったら、ええやん」
與座が早口でまくし立てると、落ち着きを取り戻したかのように、静かに瓶がテーブルへと着地した。
……この流れはマズイ。
「柊! この子、連れて帰ってあげれば?」
「ダメじゃ! そやつは、気に食わん。 すぐ暴力を振るうから嫌いぞ」
慌てて、柊に押し付けようとするも速攻で断られる。
「……じゃ、與座」
「そやつもダメじゃ! さっきから、いやらしい眼で見てくるのじゃ!」
二の腕をさすりながら、ぞわぞわと震えてみせる女子小学生。 梓、そんな目で與座を見るのはやめてあげて? 霊視の事だから……たぶん。
「じゃ、そこの……「却下! 語りが鬱陶しいわ!」
いつの間にか、いびきを立てている山村を生贄に選ぶも、呆気なく撃沈。
残るは……
「もう、一ノ瀬が連れてってやればええやん。 一人も、二人も同じやろ?」
與座がキキを見ながら、面倒そうに言う。 いや、一人と二人じゃ全然違うと思うんだけど……
「そうじゃ、わが力を取り戻したら、そこな鬼娘と触れ合う事も可能になるやもしれぬぞ? 悪い話ではなかろう?」
その言葉に、キキが激しい身振り手振りで抗議し始める。 照れ隠しなのか、全否定なのか、判断がつかないから、地味に傷付く……
カランカラン。
「チキチキ・ボンバーでっす」
その時、扉が開く音がして、出前の唐揚げが届く。
「肉じゃっ!」
届いた唐揚げを泣きながら、がっつく荒覇吐。 こうして見てると、ちょっと変わった女子小学生なんだけどな……
「一ノ瀬、気いつけぇや。 今は害意はないかもやけど、日本の神なんて、みぃんな気まぐれやからな。 依代、ちっこなって弱体化しとるようやけど、その辺の陰なんか比べもんにならんくらいヤバい奴やからな……」
唐揚げを食べながら、「美味、美味」言っている荒覇吐を尻目に、小声で忠告してくる與座。
これから、どうなっちゃうんだろう……
神の章 完
クライマックス直前で止まってすみませんでした。
そして、いつもリアクションありがとうございます。
閑話を挟んで新章に突入です。
もし良ければ、好きなキャラ・章を教えてください。
感想待ってます!




