もう一つの戦い
楠瀬 海月……
壱与は、青年が名乗った楠瀬という名前と、"知らない間に、何かしらの呪いに繋がる行為をしてしまうらしい"という言葉から、その青年が呪術部のエースである、楠瀬 海月であろうと結論付けた。
噂から、なんとなく加護持ちであることは予測してはいたが、壱与は実際にその青年を見ても、その事に気付かなかった。 対して、ラ・ムー美樹本は一目で、その特性に気付き、興味を持っていたようだった。
……その差こそが、二人の力量の差を現しているようで、壱与は悔しさに唇を噛んだ。
「いやはや、残念無念珍念っていうのは、僕のセリフだと思うんですが……。 まぁ、交渉決裂ってとこですよね? 正直、僕のキャラ的にバトルは避けたかったのですが、こうなっては致し方ないですね。 ただ、殺し合うというのは、些か物騒過ぎるとは思いませんか?」
そう言うと、楠瀬は、まるで壱与を庇うかのように、その前に立った。 そこでようやく、壱与は、我を取り戻す。
「気をつけて! 奴が使役している妖は妙な権能を持っていますっ!」
壱与がそう警告した瞬間、ラ・ムー美樹本の傍に立つ、黒い影から足元が伸び、楠瀬を襲う。
「ぶへぇ~」
楠瀬は、伸びてきた影の直撃を喰らい、無様な声を漏らしながら、気持ちいいくらいの勢いで吹っ飛んでいく。
壱与は、その光景を見て、唖然とする。
え? 大丈夫?
呪術部のエースでしょ!?
壱与が心の中でツッコミをいれていると、吹っ飛んだ楠瀬は、身体を捻り、綺麗に転がりながら、まるで柔道の前回り受け身のような動きを取った。 そして、そのまま、フラフラと酔っ払いのような動きを見せ……
そこに、ラ・ムー美樹本の投げる石が飛んでくる。 楠瀬は、その石を慌てて避ける。
「いや、本当に油断も隙もないな。 受け身の後で、ごく自然に、マイナーな呪いをしようとしてくるなんて……」
「いえいえ、狙ってやってるわけではありませんので、お気になさらず……。 とは言え、こうも自分のしたい動きを阻害してくるとは、思いもしませんでしたよ」
ベッと、唾を吐きながら、楠瀬が何のこともないように答える。 フラフラしていたのは、呪いの動きで、実際のダメージによるものではなかったらしい。
「……見たところ、私の妖の権能は、君には通じないようでね。 と、なると、君に好き勝手動かれると、いつの間にか呪いが発動して、気がつくと、ジ・エンド……なんて、なりかねないからね。 邪魔させてもらうよ。 徹底的にね……」
「これはこれは、かなりの過大評価ありがとうございます。 ただただ、僕の場合は、自分でコントロールできるようなものではありませんので、そこまでご心配は不要かと思われますが、これ如何に? おっと、コントロール出来ないとか、相手に言ってはいけないと、山村さんに言われてたのを忘れてました。 知ってます? 天パの山村さんなんですがね……」
「いやいや、その天パの山村さんとやらが、どなたかはわからないが、君は驚く程に愛されてるよ。 何の妖かはわからんがね。 おそらくは呪術系統の神クラスだろうが、愛されすぎて、細かい呪いをいくつも撒き散らしているし、そりゃそこまで愛されてたら、自分ではコントール出来ないだろうなぁとも思うよ。 しかも、私の可愛い妖の権能まで、抑えられてるときたもんだ。 こいつは、まいったもんざえもんだ。 ちなみに、私の側に着くなら、そいつをコントロールする術も、教えられると思うんだけどね……。 どうだい?」
「ほほう、僕が何かに愛されている……というのは聞き捨てなりませんね。 こう見えて、僕は、両親以外から愛された記憶があまりないのですが、……ひょっとして、なにか勘違いされてます? ところで、その黒くモヤってるのは、妖ですか? 権能があるとは聞きましたが、僕に効かないとは朗報です。 あ、ちなみにあなたの側に着くのは、やめておきますよ。 だって、あなた、友達いなさそうですもん」
「はっはっは、君に言われたくないなぁ。 私達は、似た者同士じゃないか? 君もいないんだろう? 友達なんて……。 それに、友達なんていらないだろう? 私達には……」
「友達なんていらない……そう思っていた時期が僕にもありました。 でも、今は違いますよ。 なんせ、一ノ瀬君という".ノセ"仲間ができましたからね。 僕には。 彼とは、一度しか会ってませんが、親友と言っても過言ではないでしょう。 いわゆる、ズッ友です」
妖の伸びる黒い影と、それを避け続ける楠瀬。 時折、ラ・ムー美樹本が石礫を飛ばし、それを同じように避ける楠瀬。 そんな激しい動きを繰り返しながらも、楽しげに会話する二人。 その言動に壱与は目眩を覚える。 正に似た者同士であると言えた。 この調子では、『赤の書』所有者のアシスタントとしてやってきた一ノ瀬と親友と言うのも、疑わしい……と壱与は思った。
しかし、このままでは、いずれ、楠瀬の体力が尽き、黒い妖の攻撃を、まともに喰らう時がやってくるだろう。 このままでは……。
そう壱与が思った時、背後から声が響いた。
「そこまでよっ! この悪党!」
おひぃ様の声だっ! 壱与は、一気に自分の心が晴れ渡っていくのを感じた。
ラ・ムー美樹本と、使役する妖の動きが止まる。 それを見て、楠瀬も声のした方を見た。 そこには、ギャルっぽい姿の女子高生がドヤ顔で立っていた。
「…………卑弥呼」
「そうっ! うちが卑弥呼よっ! あなたは……ラ・ムーね」
「……今はラ・ムー美樹本と名乗っているがね」
「知ってるわっ!」
ラ・ムー美樹本の呟きに女子高生が勢いよく返事をする。 その声を聞いて、ラ・ムー美樹本が小さく両手を挙げて、やれやれと首を振りながら、溜息を吐く。
「楠瀬君、君とのバトルは非常に楽しかったが、ここまでのようだ。 流石に、加護持ちと卑弥呼、ついでに満身創痍の壱与の相手をするのは、一人じゃ荷が重い……。 私は、ここらでドロンさせてもらうとするよ」
「そう簡単に逃がすと思って? 」
そう言うや否や、卑弥呼が素早く手を動かし、印を結ぶと、その瞬間、地面から無数の手が生えてくる。 まるで地獄から這い出てきた亡者が生者を引き込もうとするかのように、その無数の手はラ・ムー美樹本の足にしがみつき始める。
ラ・ムー美樹本は、それを一瞥し、再び深い溜息を吐くとパチンと指を鳴らす。 その音が鳴り響くと、途端に地面から生えた無数の手は緑色の炎に包まれた。
「まぁ、簡単ではないかもしれないが、なんとかなるでしょ? 多分だけど……」
そう言うと、ラ・ムー美樹本は、悠然と緑の炎に焼かれている無数の手を踏みつけながら後退する。 ……が、いつの間にか、無数の折り紙で折られた白い鳥に囲まれている事に気付く。
「む……」
「なんとかなる? っていうか、なんともならないんじゃない? 多分だけど……」
卑弥呼は、ニヤリと笑みを浮かべながら、そう呟く。
「今週のビックリドッキリホワイトバードっ! やっておしまいっ!」
「あらほらさっさ~」
卑弥呼の号令に、満身創痍の壱与が楽しげに応える。 その声を合図に白い鳥達が、一斉にラ・ムー美樹本へと襲いかかる。 まるで、白い球体のように折り紙達は、ラ・ムー美樹本を包み込む。
「strangeness」
白い鳥に包まれてできた、白い球体から声が響いた。 途端に、弾けるように赤く燃えながら、その形を崩す。
「ま、あれでどうにかできるんなら、苦労はない?っていうか、もういないし……」
白い折り紙達の崩れたところにいたはずのラ・ムー美樹本は、その姿を消していた。
「実際は、まだその辺にいそうだけど……、ま、いっか! そんな事より、壱与! 大丈夫!?」
「はい、おひぃ様の愛らしさのおかげで、心のガソリン満タン良い感じっ! ですっ!」
「ん! なら、よかった。 そっちの……楠瀬君? も大丈夫?」
「……もちろん、大丈夫かと問われれば、大丈夫で間違いないです。 ただ、 僕としては、遅めの朝食……いわゆるブランチとやらをコンビニに買いに行こうとしただけなのですが……。まったく、なにがなにやらの気持ちでいっぱいです。 と、いう訳で出来れば説明を希望します。 当然、説明出来ない、ということもあろうかとは思われますが、ここまで関わった以上、すべての真相とまでは言いませんが、可能な範囲でお聞かせいただければ、これ幸いです」
「オッケー! きっともうすぐ、除厄式? ってのも終わるし、そいつが終わって、いろいろ片付いたら、みんなを集めて、あの悪党の話をしなきゃだから、そん時にはYouも参加しちゃいなよ」
「Meも参加……。 それって、面倒系な奴ですか? 会議的な……。 それでしたら、そいつ自体は辞退させていただいて、代わりに参加者から、後日、教えてもらう方向でいかがでしょう?」
「かしこまり~。 じゃ、天パのヤマムー経由でってことでよござんすか? よござんすね? ではでは、これにて一件落着~って事で、壱与! あんたの治療するわよ。 っていうか、ひっどい怪我じゃんか! さ、戻ろ!」
そう言って、ボロボロの黒いお姉さんに肩を貸しながら、歩き出す女子高生の後ろ姿を見ながら、楠瀬は、変な奴……と、思ったのだった。




