闘いの終わり
「大丈夫だ! ……しかし……すごいな、あのメイドの嬢ちゃん……」
思わず叫ぶ僕を制止するように山村が呟く。 なんで吹っ飛ばされたのに、すごいなんて感想になるんだ? ってか、本当にキキは大丈夫なのか?
「いや……あのメイドの嬢ちゃん、尻尾が直撃する瞬間に、金剛四方印っていう印を結んでるんだ。 自分の身体を金剛石…ダイヤモンドだな……のように固くする密教系の術なんだけど……。 陰なら、尻尾の直撃をくらっても、大したダメージにならんだろうに……、あの印を結んだって事は、……きっと……条件反射なんだろうな……」
そこまで呟いて、山村は僕の方を見つめる。 山村の話では、本来、印と真言と呼ばれる呪文のようなものを唱えて、初めて効果を出せるものであって、キキのように印だけで効果を出せるのは、かなりの実力がないと出来ないことらしい。
「あの嬢ちゃん……生前はかなりの法師だったんじゃないか?」
正確には、法師じゃなく、巫女だったらしいんだけどな……。 そうか……山村はキキが死んだ経緯を知らないのか……
キキが、何事もなかったかのように立ち上がり、八又九尾に向かうのを見届けた後、僕は山村にキキと八又九尾の因縁を語って聞かせた。 まぁ、與座から聞いた話なんだけど……
「なるほど、あの陰には……そんな過去があったんだね」
急に山村以外の声が響いたせいでびっくりしてしまう。 後ろを見ると、いつの間にか、こっちに来ていたイケおじが、相槌を打っている。 ふと見ると、山村は居心地悪そうな顔をしながら、頭をポリポリと掻いていた。
「……あの陰と九尾の瘴気が似ていると思ったら、そういうことだったのか……」
「どういう事ですか?」
安倍の言葉に思わず声が出る。
「ん? あぁ、だから、生前、飢えを凌ぐために八又九尾って奴の肉を喰らったんだろ? だから、その力を受け継いでるって事さ。 ……なるほど、その時代に人々から畏れられていた八又九尾ってのを喰らってるんだ。 おまけにかなり長く存在していたってなると……、荒覇吐が喚び出した、今の"生まれたて"と比べたら、格が違うだろうさ」
そういうものなのだろうか? まぁ、『山』の偉い人が言ってるんだから、きっとそうなのだろう。
「……無事、終わったようですね」
今更のように、山村がイケおじに話し掛ける。
「あぁ、早めに終わらせて、彼らのフォローを……って思ったんだけどな……」
イケおじは、そう言って言葉を濁らせる。
「……あんま、急いだ意味がなかったかな。 あの陰……かなり強いね……」
そんな話をしながら、戦闘を見ていると、キキはどうやらある場所を狙っているように見えた。 巨大な頭の付け根……首……と言っていいのかは微妙だが、その辺りだ。
そう思って見てみると、首の辺りにキキが近付くと、八又九尾の攻撃も一層激しくなっているように見えた。 やっぱり、キキはそこを狙い、八又九尾はそこを守っているように見える。
「あそこに核があるってことか……」
山村も気付いたのか、ボソリと呟く。
「京子! 符で八又九尾の動きを阻害しろ! ほんの少しでいいんだっ! 哲は今のうちに法具で結界を張れ! 勇輝、お前はメイドの嬢ちゃんにバフ掛けだっ! 出来るよな!?」
呟いたかと思えば、今度は大声で隼部隊に指示を出した。 山村の指示で、確か……『岸壁』呼ばわりされていた女性が反応し、それを皮切りに、残りの二人が動き始める。 えっと、あと一人特徴のない人がいたはずだが、その人はスルーなんだ……
「……やれやれ。 山村君、そういうのは、僕の仕事んたけどな……。 ま、いいけど……」
三人が動き始めると、キキは一際高く跳び上がると、手刀を薙ぎ、三本程の尾を切断する。 三本はすぐに赤い泡を立てて、再生を始める。
そのまま、首の付け根辺りに向かうキキを他の六本の尾が襲う。 再生された首も同じようにキキを追う。 すると、今度はその内の二本の尾を切断するキキ。 切断されていない首を蹴りつけて、方向転換しながら、逃げるキキ……
そんな事を繰り返すうちに、いつの間にか八又九尾の尾、九本すべてが見事に絡まっていた。
すごい! キキはこれを狙っていたのか!
キキが、絡まったままの尾で攻撃してくる尾に対して、一際大きく手刀を薙ぎ払うと、すべての尾が一気に切断された。 切断された尾は、一斉に赤い泡を立てて、再生を始める。 だが、尾を切断したキキは、そのまま尾の付け根あたりを足場にして反転すると、まるで飛び込みの選手のように、八又九尾の首辺りを両手で貫いた。
断末魔の叫び声を上げながら、ビタンビタンとのたうつ八又九尾。 逆立ちのような形で、スカートが完全に捲れてパンツ丸見えで八又九尾に突き刺さっているキキ。 ……なんだろう、ラッキースケベのはずなのだが、全然、エッチな気分にならない……
グチュグチュ
キキは、両足を地面(?)に付けると、まるで内部を掻き混ぜるように小刻みに両腕を動かして、八又九尾ごと両腕を上に持ち上げた。 そして、……その両腕を広げるように、八又九尾の身体を一気に引き裂いた。 引き裂かれた八又九尾から流れる血がキキの綺麗な顔にかかる。 キキは、動かなくなった八又九尾を無造作に投げ捨てると、血塗れの顔で、ニコリとこちらに微笑んでみせた。
「……うわぁ」
「えげつな……」
イケおじと山村がドン引きする。 かく言う僕も、絶賛、ドン引き中だ。 そんな光景を間近で見ている隼部隊は、這うようにこちらへと慌てて逃げてきていた。
最近、忘てたけど……、やっぱキキは…….怖いや……
全身血塗れで、笑いながらこちらに近付いてくるキキ。 山村とイケおじが僕を庇うように間に入る。
その様子に気付いたキキが、自分の手や身体を見る。 一瞬、困ったような顔をした後、すぐに少し照れたように微笑むと、クルリとその場で回転する。 遠心力でスカートが舞い上がり、再び、下着が見えそうになる……が、見えそうで見えない。 こういうのがいいんだよ……こういうのが……と僕は一人満足する。
回転を終えたキキは、返り血がすべて消えていた。 すごい! 謎能力だ!
そして、自分の身体を見て、満足そうに頷くと、キキは再び足を動かし始める。 でも、返り血が消えても僕の前から移動しようとしないイケおじと山村を見て、また立ち止まり、不思議そうに小首を傾げると、口を開いた。
「……大丈夫。 なにもしないわ。 一ノ瀬君、また符をお願い。 ……わかってると思うけど……自分では貼れないの」
その声で、イケおじと山村が、一斉に僕の方を見る。 僕は、キキに初めて一ノ瀬君呼びされて、なんだかドギマギしてしまう。
「……大丈夫かい?」
僕は、その言葉にゆっくりと頷くと、山村からキキの符を受け取ってキキの方へ歩き始める。 その光景を見てキキが口を開く。
「……ありがとう」
また、この声を聞けなくなる……。 そう考えたら、急に足が止まってしまう。
「……僕が貼ろうか?」
イケおじが心配して、声を掛けてくれる。 僕は首を横に振って、無理矢理、キキの前へと進む。
まるで口付けを待つように、両目を閉じて、少し顎を上げるキキ。 僕は動きを止めて、その綺麗な顔を少し見詰める。
そして、その大きな瞳と整った鼻筋を隠すように、キキのおでこに、そっと御札を貼り付けると、僕は、なんとも言えない気持ちで息を吐いた……




