八又九尾 VS キキ
山村に『良くも悪くも特徴のない男』と揶揄される男、山田 貴志は、本日、何度目かの驚愕に襲われていた。
一度目は、みすぼらしい土偶から、絶世の美女が顕現した時の事だった。 その瘴気は神々しく、『山』で散々邪神と教え込まれてなければ、宗旨替えして信仰してしまうほどだった。
その女神が、隼部隊の隊長である柊 隼斗の兄の胸を貫いた。 ……にも関わらず、貫かれたはずの男の警棒によって、女神がぶっ飛ばされたのを見たのが二度目の驚愕だった。
正直、『山』ではエリート部隊に所属しているが、漫画やアニメじゃあるまいし、こと戦闘能力に関して言えば、一般人に毛が生えた程度なのだ。 妖退治は、数こなしてきたが、『俺は強いぜ!』などとは、嘘でも言えない……と言うのが正直なところなのだ。
そんな自分が、麗しの女神がアロハを着たチンピラにド突かれるという、目の前で繰り広げられる惨状に参戦するなど出来るはずがないのだ。
そう考えながら、分相応に召喚された蛇を始末していたら、なんとビックリ! 尻尾がたくさんの妖の相手をしなければならない状況に追い込まれてしまったのだ。 ……それが三度目だった。
「きょ……京子! か、かまいたち! かまいたち! 早く! プリーズ!」
冷静に隊員に指示をする副隊長としての自分。 そんな自分を自分で褒めてやりたい……
「やってる! やってるわよ! でも、ダメ! 全然ダメ! ちっちゃな切り傷が関の山よぉおおぉぉ」
いつの間にか引きずり込まれた白い空間で逃げ惑う面々。
京子が用意した符による結界も、尻尾による初撃で呆気なく消え去っていた。 頼みの綱であるかまいたちを発生させる符の効果も薄い……。 これ、詰んでない? いや、落ち着け。 こういう時のために法具使いの哲がいるのだ。 その背負った大きなリュックの中に、結界を張れる香炉を持っていたはずだ!
「と、と、とにかく、落ち着け! 哲! 法具でけ、結界を張り……張り直せぇ!」
「むり! むり! むり! どうしてもって言うなら、時間を稼いでくれよ! 副隊長だろ!? ぎゃあぁああぁぁ! 危ねぇえぇ!」
それこそ無理な相談だ。 こちらも、絶え間なく襲ってくる尻尾から逃げるのに必死なのだから。
「ゆ、勇輝! バフ! バフ! 頼む!」
いつものように、勇輝の真言で強化をしてもらえば、多少は状況が変わるはずだ。 火を付けなきゃならない香炉と違って、真言は印を結んで、明王の力を持った真言と呼ばれる呪文のようなものを唱えるだけなのだから。
「とっくに……うぉ! やってるし……! い、今、話しかけんなし! やべっ! ……長いのは無理だけど! 危ね! 格闘軍神招来法なら、とっくに……危なっ! やってるし!」
流石、勇輝。 既に真言を唱えていたらしい。 しかも、短い真言でお手軽に出来る、戦闘能力を底上げする真言だ。 ……てか、すでにバフが掛かって、この状況か……。
「その調子で、結界も頼……むぅうう!」
危うく、直撃しそうな尻尾を避けながら叫ぶ。 見ると、勇輝が印を結ぶのが見えた。 お、やってくれるのか?
「……唵 杜那杜那 摩他摩他……可駄か……うおっ! ってか、むり!」
勇輝が、真言の途中で諦める。 そりゃそうだろう……勇輝が途中で諦めた、『護身結界大秘呪法』は、そこそこ短い真言とは言え、その短い真言を七回も繰り返さなければならないのだから……
「あ゛あ゛あ゛あ゛〜」
ぎゃあぎゃあ言いながら、必死で尻尾を避けていると……突如、後方から禍々しい声とともに激しい瘴気が発生したのが分かった。 目の前の尻尾だらけの大蛇よりも強い瘴気に、冷や汗と鳥肌が止まらない……
戦闘中に余所見するのは、御法度だ。 そりゃそうだ。 余所見している間に攻撃を喰らって、ジ・エンドだ。 でも、俺はその御法度をやらざるを得なかったのだ。
ギ……ギギギ
瘴気の発生源と思われる後方を見ると、メイド姿の美少女が、両腕を前方に垂らし、俯き加減で、ユラユラと立っているのが見えた。
……アシスタントと言われていた青年が使役している陰が、額の符を外した状態で立っていたのだ。 その陰は禍々しく、ギギギと不気味な笑い声を上げていた……
……それが四度目の驚愕だった。
◇ ◇ ◇
ギッギギギ
山村により、お札を取られたキキは、以前と同じように大声で叫び声をあげた後、相変わらず、トラウマを刺激する不気味な笑い声をあげる。 ちぇっ、お札は僕が取ってやりたかったな……。 そんなジェラシーを感じてしまう。
それにしても、見た目は絶世の美少女だというのに、笑い声で損をしてるよな……
僕は、痒くなった二の腕をポリポリと掻きながら、そんな事を考える。 山村の話では、瘴気が抑えられているらしいが、それでもキキのお札が取れた事で、痒さは増した。 それだけキキの瘴気が強いという事だろう。
「キキ! ……気をつけてね」
ユラユラと立っているキキに声を掛けると、キキは振り向いて微笑みながら頷いた。 やっぱり、お札の取れたキキは、最高に可愛い。
僕に頷いて見せたキキは、八又九尾の方へ向き直ると、ギギギと声を漏らして、一気に跳躍して隼部隊の所へと跳んでいった。
「……とんでもない身体能力だな」
いつの間にか、タバコに火を付けていた山村が、フゥと煙を吐きながら呟いた。 完全に余裕だな。
僕は無言で、視線を八又九尾の方へ戻すと、キキの闘いっぷりを観察することにした。
……すごい。
まるで踊るように尻尾を避けながら、時折、手刀を薙ぎ払い、尻尾を切断する。 ……が、その尻尾は切断面に赤い泡を立てながら、すぐに再生する。
「蛇ってのは、生命力の象徴だからな。 蛇の妖ってのは大抵、再生するんだよ。 ほら、蛇って脱皮するだろ? 昔の人は、その様子に再生と若返りをイメージしたんだろうな。 その概念が造り上げた能力ってとこかな。 医術の象徴となっている、アスクレピオスの杖にも蛇が巻きついて……。 ってか、アスクレピオスってわかるか? へびつかい座って言った方がわかるかな?」
解説の山村が、手厚く解説してくれる。
「そんな再生する化け物、どうやったら倒せるんですか?」
その質問に山村が、口の端をクイッと上げる。
「ん? 簡単さ。 再生の核を壊せばいいんだ。 まぁ、その核が何処にあるのかを見極めるのが大変なんだけどな」
ってことは、かつて、生贄にされたキキは、八又九尾の核って奴を破壊したってことか……
そんな事を考えていると、不意にキキが尻尾の一本に薙ぎ払われて、吹っ飛んでいくのが見えた。
「キキっ!」
僕は思わず叫んだ。




