眷属召喚
山村がドヤ顔で決めているのを、美人さんが、めっさすごい目力で睨んでいるのが見えた。
「……あな、煩わしや……」
ボソリと、低い声で呟く美人さん。
「羽虫めらが……」
美人さんは、そう言いながら、左手を横に広げる。 すると、その手のひらの上あたりに、黒い球体が浮かぶ。 その大きさは、先程の不思議ボールの倍以上の大きさだった。
「や、山村さん、アレって不味くないっすか?」
思わず、声を震わせながら訊ねてしまう。
「ん~、確かに……」
次いで、右手も横に広げ、同じような大きさの黒い球体を浮かび上がらせる。
あんな物が二つも飛び回ったら……。 僕の頭の中に、嫌な光景が浮かぶ。
「……あ、でも……アレ……。 不思議ボールじゃないっぽいな……」
不意に山村が呟いた。 確かに、そう言われると、先程の不思議ボールのような黒い放電のようなものは見えない。 じゃあ、アレはなんだろう? そんな事を考えていると、突然、柊が吠えた。 柊、ちょっと空気になってたから、生存確認できて、ちょうど良かった。
「……させっかよお」
特殊警棒を大きく振りかぶり、美人さんに殴り掛かったのだ。
ドス
特殊警棒が肉を叩くような鈍い音が響く。
柊の警棒は、美人さんがガードするように翳した左手の黒い球体で止められていた。
え? ドス?
あの黒い球体って、警棒で叩くと、あんな音がするの?
そんな風に思いながら、その光景を見ていると、黒い球体は、急速に膨らみ、巨大な黒い塊になっていた。 その黒い球体は、まるで解けるようにボロりと崩れ、その姿が顕となる。
九尾の狐を彷彿とさせる立派な九本の尾と、巨大な丸太のような逞しい胴体、そして、人を簡単に飲み込めそうな巨大な頭を持った黒い大蛇だった。
ゴクリ
その姿に思わず唾を飲みながら、キキを見る。 先程まで、ソワソワしながら状況を見守っていたはずのキキが、動きを止め、ソレを睨みつけているようだった。
軽く話でしか聞いたことはなかったが……、その話は未だに強く記憶に残っていた。 想像していた枝毛や田植えの苗っぽい姿よりも、胴体が長かったが間違いない。
……キキが死ぬ事になった切っ掛けの妖、……八又九尾だ。 なんで……?
「不味い……」
山村が呟くのと、僕の腕が痒くなるのと、ほぼ同じタイミングだった。
強い瘴気が周りを蝕んでいるのだ。 ふと見ると、隼部隊の面々も、微かに赤い発疹が浮き上がっているようだった。 ……結界を貼ってあるはずだというのに……
「……うわぁぁああぁぁ!」
固唾を飲んで見守っていると、誰かの叫び声が聞こえた。 ……柊だ。 今度はなんだと言うのか……
「お、俺の……柊丸が……っ!」
そう嘆く柊の手に折れ曲がった特殊警棒が見えた。 相変わらずのネーミングセンスだが……、わざわざ名前付けてたんだ……。
どうやら、特殊警棒は、先程の八又九尾を叩いた衝撃で、折れ曲がってしまったようだった。 あれ? 唯一の武器が折れちゃったら、不味いんじゃ……
「くくく、良い声じゃ。 じゃが、嘆くにはまだ早いぞ」
楽しそうな美人さんの声が響く。 と、右手に掲げていた黒い球体もボロりと形を崩す。
そちらは、八又九尾とは逆に頭が複数……九個ある巨大な黒い大蛇だった。 神話のヤマタノオロチよりも、頭が一つ多い……
「ふふふ、わが眷属、九尾に九頭じゃ。 羽虫共は、こやつらと戯れておれ……」
……眷属……だったのか……
バギャァアン
美人さんの言葉と同時に、八又九尾の尻尾が激しく振られ……本殿の壁を破壊しながら隼部隊を襲った。
「危ない!」
山村が叫ぶ。 慌てて、散り散りに逃げる隼部隊の面々。
ドカァァアン
音のした弟君達の方を見ると、こちらもこちらで、ヤマタノオロチもどきが壁を壊しながら、襲いかかってきたところを、山村が格好つけて持っていると言っていた霊刀を使って、イケおじが防いでいるところだった。
「……常磐一族の結界まで破るかよ……。 しかも……この瘴気……。 くっ、仕方ない……。 シラタキ……頼む」
山村がそう呟くと、どこからともなくニャァアンと猫の鳴き声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
その瞬間、世界から色が消えた。 どこまでも真っ白な世界に迷い込んだようだった。
「あのままじゃ、本殿が保たないからな……。 悪いが柊兄弟以外は、シラタキの創った異界に飲み込ませてもらったよ。 ま、あの兄弟なら大丈夫だろ……」
言われて、周りを確認すると、確かにこの白い世界には、八又九尾と隼部隊、ヤマタノオロチもどきとイケおじ、そして、僕らしかいなかった。
「この中なら、瘴気の影響も小さいと思うし……な」
そう言って、口の端をクイッとしながら、首の後ろを搔く山村。
「……だが……あのおっさんはどうとでもなるだろうけど……あいつらじゃ、ちと荷が重いな……」
山村はそう言いながら、僕とキキを見る。
「俺は、ちょっとあいつらのヘルプに入るから、そこのメイドの嬢ちゃん、しばらくの間、一ノ瀬を頼む」
そう言って、参戦の意思を表明しながら、元々緩んでいたネクタイを、さらに緩める仕草をする山村。 キキは、その山村の言葉に、無言で首を横に振った。
「……え? なんで?」
予想外の反応にビックリする山村。 僕も意外だった。
そして、額の御札を指差すキキ。
「……外せ……ってことか?」
コクコク
「……なに? 嬢ちゃんが、あのしっぽお化けの相手してくれるってわけ?」
コクコク
山村の質問に肯定してみせるキキの反応を見て、山村が僕の方を見てくる。
「……大丈夫か?」
その質問は、明らかに僕にしているものだった。
「……た、たぶん」
その反応を見て、首をコキコキ鳴らした後、思案する山村。
「あ~、確かにここなら、瘴気の影響も少ないだろうし、その御札を取っても、発疹とかの障りはひどくはならないだろうけど……。 ……嬢ちゃんまで敵に回ったら、正直、もうお手上げだぜ?」
山村の言葉にキキを見る。 キキは『大丈夫』とジェスチャーで返してくる。 こうしている間にも、隼部隊の面々は、キャーキャー言いながら、八又九尾の尻尾から逃げ惑っている。
「……キキなら、きっと……大丈夫です! ……前も、童箱? の時も大丈夫だったんです。 だから……今度も大丈夫です! ……それに……あの九本の尻尾の大蛇……キキと因縁があるんです……」
そう言って、深刻な顔をしている山村と見詰め合う。
しばらくの沈黙の後、山村が溜息を吐く。
「……なんの根拠にもなってないけど…………ま、いっか。 オッケー、わかった、了解だ……」
山村は、そう言いながら両手を上げて、お手上げのポーズを取る。そのまま、片方の手を無造作に動かすと、キキの御札をあっさりと取ってみせた。
「……あいつらを……頼んだぜ……」
そうして、山村はそう言いながら、口の端をクイッとさせたのだった。
夏のホラー2024の企画として、『確変さん』という短編を書きました。
もし、よろしければ、そちらもご一読ください。




