ダンス
床の上に倒れている女性。
そして、その女性に特殊警棒を持った手を振り回しながら、近寄るアロハを着た悪漢。
どう見ても、柊の方が悪役だった。
そんな柊の足が止まる。
「く……くっくっく……」
倒れ込んだ美人さんが、上体を起こし、お姉さん座りに両手を床に着いた状態で肩を揺らして笑いだしたのだ。
……これは、怖い。
まるで、ホストに捨てられて、道で自暴自棄になっている女性のようだ……
「なるほど……。 くっくっく、なかなかやりおるではないか……」
そう言いながら、立ち上がり、柊の方へ振り向く美人さん。 その掌の上には、黒い球体が浮いていた。 その球体は、まるで放電でもしているかのように、黒い電気のようなものがバチバチと迸っていた。
「……あれは?」
思わず、解説の山村に尋ねる。
「……アレは……よくわからん不思議ボールだ」
え? と思いながら、山村を見ると、口の端をクイッと上げながら、肩を竦めている。 なに、そのイラッとするポーズ……
「だって、しょうがないじゃん? ホントにわかんないんだ。 時々、ああやって、某ドラゴンボールばりの何かを出す奴は、結構いるんだぜ? でも、その効果は妖によってマチマチだし、実際それってなんなんですか? なんて、本人に聞くことも出来ないし……。 ま、でも、アレが危険なものってのは共通してるよ」
なるほど、確かに不思議ボールだ……。 知らんけど……
「少々、驚いたが、それもここまでじゃ。 去ね……」
美人さんがそう言うと、黒い球体が柊に向かって、飛んでいき……そのまま、すり抜けた。
「はぁ!?」
大きくアーモンド型の可愛らしい目を、限界まで見開き、美人さんが驚きの声を上げる。
だが、後ろで見ている者達は、それどころではない。 黒い球体は、柊の身体をすり抜けて、弟君とイケおじの方へ飛んでいった。
バチバチ!
激しい音を立てて、宙に浮いていた折り紙達が、ぐちゃぐちゃになった。
「……あ~ぁ、結界が破れちゃったね」
山村が呑気にそんな事を言う。 まるで心配している素振りがない。 ……大丈夫なんだろうか?
キンッ
金属音が響いたかと思うと、弟君が抜いた刀で、その黒い球体を真っ二つに斬っていた。 斬られた黒い球体は、黒いモヤを出しながら、静かに消滅していった。
やれやれと言いながら、イケおじが、再び、折り紙を取り出して結界を作るのが見えた。
「……ああやって、刀で不思議ボールを斬るってのは、実は、かなりすごい事なんだぜ? 普通なら、刀ごと巻き込まれて、ジ・エンド……だからね。 まぁ、流石は柊隊長ってとこだな」
山村が、そんな事を得意げに話す。
「な!? なんなんじゃ、お……べらぁば」
美人さんが何か言っているところへ、再び、柊の警棒が唸った。 先程と同じように、綺麗に吹っ飛んでいく美人さん。 なんだか可哀想になってくる……
が、美人さんは、今度は倒れた瞬間に起き上がり小法師のように立ち上がる。 そして、振り向いた時、その手の爪が鋭く伸びているのが見えた。
「術の類は、対策を講じておる……。 そういう事じゃな……」
初手の貫手の事を忘れているのか、そんな事を言い出した。 そして、そのまま、伸びた爪を使って、柊に襲いかかる。
柊は微動だにせず、それを受けて立つ。 そして、その爪は柊に当たることなく、スカッとすり抜ける。 そのまま、美人さんは勢い余って、柊の身体をすり抜けて、転びそうになる。 ……なんというか、キキと初めて会った時を思い出させる見事な『おっとっと』だった。
当然、そこを狙ったかのように……と言うか、狙ったのだろうが、柊の特殊警棒が唸りを上げた。 ……が、それは、ブォンと音を立てて、空振りした。 美人さんは、バランスを崩して前のめりになった状態から、両手を床に付き、素早く前に回り込む事で、警棒を避けたのだ。 続いて、『おっとっと』となったのは柊だった。
「うつけがっ! 調子に乗るでないっ! ……来るとわかっておれば、如何様にも対処はできよう……。 しかし……、なるほど。 どういうカラクリかはわからんが……わとの干渉の窓口となる魄が存在せんと見える……」
そう言いながら、すくっと立ち上がる美人さん。 その姿には、最初の余裕が戻ってきているように見えた。
「……不味いな」
最後の攻撃が避けられたとは言え、まだまだ余裕の展開だというのに、山村が渋い声を出す。
「……不味いんですか?」
「あぁ、荒覇吐の奴……攻撃の度に、綺麗に吹っ飛んではいたが、大したダメージになってない……。 奴が、柊兄への攻撃が効かない事に驚いている間に、勝負を決めないとダメだったんだ……。 落ち着かれたら……何をしてくるかわからんぞ……」
落ち着かれたら、何をしてくるかわからない……とは言え、向こうも柊に攻撃が効かないんだから、そこまでの不味さを感じない……が、山村はなにやら焦っているように見えた。
「……わの攻撃が通じぬ……と言うのなら、別の手を使えばいいだけじゃの」
美人さんはそう言うと、両手を前に翳した。 その手には、蛇がウニョウニョと何匹も蠢いていた。
ボトボトボトボト
その両手からは、まるで手品のように大量の蛇が床に落ちる。 一体、何匹いるんだ? というくらい大量の蛇が床を這い始める。
「うわっ」
「……あれは……マムシだな……。 昔から日本に生息している毒蛇だな。 毒性は強いが、毒量は少ないんだ。 ……とは言え、あれだけのマムシに噛まれたら……ヤバいよ。 元々、荒覇吐は土着神をベースにしているからね。 蛇を使役できたとしても、不思議ではないんだが……」
思わず声を出すと山村が丁寧に解説をしてくれる。 そう言えば、與座が蛇神とかの土着神が元になってるとかなんとか言っていたような気がする。 ってか、そんな呑気にしてていいのか?
「隼斗! 隼部隊! 柊兄のフォローをっ!」
イケおじが大きな声で指示を出す。
「……タカ、ちょっと下がってて」
弟君がそう言いながら、しゃがんだ状態で、地面スレスレの所を刀で薙ぐ。 当然、柊はまだ下がっていない訳で……。
「あ……っぶねぇ!」
柊は弟君の刀を間一髪のところで、後方にジャンプで避ける
「おまっ! 下がってって言うんなら、下がったのを確認してからやれよ!」
柊が、ぎゃあぎゃあ、うるさい。
「ん。 問題ない」
弟君は、一薙で半分以上の蛇の始末に成功していた。
その光景を見て、慌てて隼部隊の一人が、同じように刀で蛇を薙ぎ始める。 ……確か、特徴のないのが特徴の……誰だったか……とにかく副隊長の人だ。 弟君と副隊長が刀て応戦している所に、御札が投げ込まれた。 胸のない女の人だ。 確か、『岸壁の京子』だった気がする。
途端に床の上で、小さな爆発がして、床に黒い焦げ跡を残して、数匹の蛇が飛び散る。 飛び散った蛇は、また生きているようで、そのまま柊や弟君達の上に降り注ぐ。
「起爆符は使うなっ! 紫電!」
イケおじがそう言いながら、取り出した折り紙を投げると、その折り紙は、鳥の形になり、上から降り注ぐ蛇を回収していく。 回収し損ねた蛇を、弟君がジャンブしながら刀で斬っていく。
柊はというと、警棒で床を這っている蛇を叩き潰している。 なんか……地味……
一気に、大忙しだ。
その光景を見ていた美人さんが、満足そうに微笑んだ。
「……愉快愉快! もっと踊って、わを楽しませるが良い……」
そう言って、両手を広げると、さらに大量の蛇がボトボトと床に落ちていく。 まだ出すんだ……
「やれやれ……。 喰い尽くせ…….影麻呂」
隣でやる気なさげな声が響いたかと思うと、山村の影が、ズワッと伸びて、蛇が大量に落ちている方へと伸びていった。 虚忘の時に不発だった犬神だ。
……そして、蛇が落ちている辺りで、一気に影が広がり、その影から巨大な獣の顎が飛び出した。 呆気に取られていると、その獣の顎は、大量の蛇を飲み込んで、再び影に沈んでいった。
「……悪いね。 ダンスは苦手なものでね」
山村は、挑発するようなポーズで口の端をクイッとしながら、美人さんに向かって、そう言ってみせた。




