アロハを着た化け物
勇輝は驚愕した。
コロボックル勇輝こと、渡辺 勇輝は、目の前の信じられない光景に開いた口を閉じることが出来なかった。
本殿の端の方で倒れている巫女姿の女性が、『山』で畏れと共に語られていた邪神、荒覇吐などとは、到底、信じられなかった。
いや、正確に言うと、その神々しさと威圧感から、荒覇吐だということはわかっていた。 だが、そんな荒覇吐が、まるで世紀末の雑魚のように無様な声を上げながらぶっ飛ばされるなど、ありえない事だったのだ。
……ありえない。
それが、勇輝の率直な感想だった。
荒覇吐がぶっ飛ばされたこともそうだが、そもそもの話、勇輝は、はっきりと見たのだ。 目で追えない程の速度で、柊兄の背後に回った荒覇吐の貫手が胸を貫いたところを……
話には聞いていた。 今回の赤の書の所有者は、霊感がなく、妖の攻撃が効かないのだ、と。 だが、そんな話を聞かされたところで、信じられない話であったし、攻撃が効かないなど、まったく想像が出来なかったのだ。
百聞は一見にしかず。
まさか、言葉通り、攻撃が効かないなど、思いもしなかったのだ……
◇ ◇ ◇
勇輝は、大江山の酒呑童子退治で有名な頼光四天王の一人、渡辺綱にルーツを持つ、妖狩りの一族であった。 その実力は折り紙付きで、実力者のみを選抜するという『特殊妖魔討伐部隊』通称、隼部隊にも選抜される程であった。
天狗になるのも当然と言えた。
自分が『特殊妖魔討伐部隊』に選抜されるという話が上がった頃、その隊長候補に、山村 人成と柊 隼斗の名が上がっているという噂が流れていた。
やった! と思った。
おそらく、自分よりも若く、無口な陰キャである隼斗が隊長になることはないだろう。 ならば、憧れの山村が纏めることになるはずだ、と。
勇輝は、まだ退魔部だった頃の山村に憧れを抱いていた。 いつも、やる気なさげに、飄々とした態度で、強力な妖を退治する山村は、勇輝にはカッコ良く見えた。
『山』にいる時は、いつも山村にくっついていた。 山村のようになりたくて、毒舌を真似しようとしたり、口の端をクイッとする仕草を真似してみたり、パーマをかけた時もあった程だった。 まぁ、似合わなかったので、続かなかったが……
そんな勇輝てあったが、ただ、一点、山村に気に入らないところがあった。 それは、退魔部を軽く見ている点だった。
「はぁ、呪術部に所属できてたらなぁ……」
ことある事に、そう呟く山村を見るのだけは嫌だった。 なぜなら、勇輝は退魔部である事に誇りをもっていたから。
「何言ってんすか? 退魔部は、『山』の花形部署でしょ? あんな『裏山』のどこがいいってんすか?」
「花形部署……ね。 でも、本当にそうかな? 考えても見ろよ。 なんだかんだ言って、いろんな重要な儀式に必ず参加するのは呪術部だけだし、皇族の警備とかもやってんだぜ? 案外、退魔部ってのは呪術部から目を逸らすために、作られただけかもしんないぜ?」
「……誰の目を逸らす必要があるってんすか……」
勇輝が反論する度に、口の端をクイッとしながら、そう話す山村だけは好きになれなかったのだ。
だが、流石の山村も、『特殊妖魔討伐部隊』の隊長に任命されれば、考えを改めてくれるかもしれない。 自分と同じように退魔部に誇りを持ってくれるかもしれない。 なにより、普段、個人の仕事ばかりの山村と共に妖退治が出来るとなれば、最高に決まっている、と勇輝は考えていた。
だが、蓋を開けてみたら、『特殊妖魔討伐部隊』の隊長には隼斗が選ばれ、山村は呪術部へ転部することになっていた。
勇輝は憤慨した。
「はぁ? なんで転部なんかしてんすか? 訳わかんねぇ!」
「いやぁ、ちょうど芦屋部長が受け入れてくれるって言うもんだからさ。 運がよかったよ。 まぁ、勇輝も新しい部隊で、しっかり頑張りな」
口の端をクイッとしながら、そう話す山村。
なにもかもが面白くなかった。
たまに、山村と会う度に、憎まれ口を叩くようになっていた。
そんな勇輝と山村が同じ案件に携わることになった。 内容は邪神である荒覇吐の討伐だった。 しかも、主役は隼斗の兄だという。
なんじゃそりゃ?
不測の事態に備えて、『特殊妖魔討伐部隊』と安倍退魔部長とで、フォローするらしい。
ふざけるな!
例え、邪神が相手だったとしても、勇輝には自信があった。 それは、自身の能力に加えて、『特殊妖魔討伐部隊』での経験に裏打ちされたものだった。 だが、そんな彼に与えられたのは、素人のフォローという訳のわからない役目だったのだ。 屈辱的だった。
実際、隼斗の兄を初めて見ても、その気持ちは変わらなかった。 覇気もなく、荒覇吐の依代である土偶と戯れる、頭の悪いチンピラというのが、率直な感想だった。
コイツじゃ無理だろ……
そう考えた勇輝の脳裏に、もしかすると、荒覇吐に対する自分達の活躍を見れば、山村も気が変わるかもしれない、という考えが浮かんだ。 そうだ! そうに違いない! 自分達が活躍したら、山村も退魔部に戻りたくなるかもしれない! となれば、話は簡単だ。
柊兄から、荒覇吐退治の権利を奪えばいいのだ。
だが、その考えは聞き入れられなかった。 ならば、そうそうに、ギブアップしてもらえばいいのだ。
そう考えながら、事前に打ち合わせた配置に着く。 柊兄を中心に、左側に隼斗を除いた『特殊妖魔討伐部隊』の四人、右側には安倍退魔部長と隼斗、後方に妙な陰の憑いている柊兄のアシスタントと山村という陣形だった。
『特殊妖魔討伐部隊』の四人なら、どんな状況でも対応できるだろうという点と、攻撃特化の隼斗に式神を多彩に使う安倍退魔部長を組み合わせる事は、事前に決められていた事だった。
さて、お手並み拝見といきますか……
そんな勇輝の余裕は、荒覇吐の顕現と共に消え去った。
想像以上の威圧に神々しさ。
こんなのに勝てる訳がない……
それが、勇輝の感想だった。 『特殊妖魔討伐部隊』の面々も、同じように青醒め、震え、心を挫かれていた。
信じられないのは、後方で、楽しそうに談笑する山村とアシスタント。 山村が飄々としているのは、いつもの事だったが、隣のアシスタントまでかなりの余裕を見せている。
この状況で……あいつ、一体、なんなんだ!?
「初めまして。 僕は、『山』から来た安倍って者なんだけど……、まぁ、覚えなくてもいいよ。 すぐお別れになる訳だしね……。 と、言うことで、長い眠りから覚めたところ申し訳ないんだけど、これから貴女を滅ぼさせてもらうよ」
勇輝が、後方のアシスタントに心の中でツッコミを入れている間に、安倍退魔部長が宣戦布告をする。
この威圧の中で、はっきりものが言える安倍退魔部長は、やっぱりすごい人だ!
勇輝が、そんなことを考えていると、荒覇吐が翳していた手を握った。 その瞬間、一気に鳥肌が立つのを感じた。
神通力だっ!
だが、一瞬、嫌な気配がしただけで何も起きる気配がない。 ……不発か?
だが、標的を安倍退魔部長に変えて、再び、同じ仕草をした瞬間、やはり全身が粟立つ感覚を覚えた。 安倍退魔部長もまた、鍔鳴りで対抗している。 やはり、神通力を使っていたのだ。
今思えば、そこで気付くべきだったのだ。 柊兄には妖の攻撃が通じないという言葉の意味に……。
◇ ◇ ◇
そして、今に至る。
勇輝は理解した。
今日まで、畏れと共に語られてきた邪神、荒覇吐の強さと、その討伐を許可された男の規格外さを。
こんなんで、自分が、一体、何をフォローできると言うのか……。
勇輝は考える。
せめて、あのアロハを来た化け物の邪魔だけはしないようにしよう……と。




