除厄式開催
「……タカ」
コロボックルの来襲に不安な気持ちになっていたら、背後から声が掛けられた。 そのセリフにその声……。 間違いなく弟君だ。
「……隼斗……」
「……昨日は……言い過ぎた。 一生言うつもりはなかったんだけど……つい……」
「…………」
「……でも、タカもこっちの世界に来たんなら、あの頃の……僕の気持ちもわかってもらえるかも……と思ったら……、止まらなくなってしまった……。 すまなかった。 でも、あれは……本当に言うつもりはなかったけど……本音だよ」
「……いや、こっちこそ、……お前の苦労なんて知りもしないで…….申し訳なかった」
よかった。 少し気まずそうではあるが、なんとか仲直り出来そうだ。 柊の表情も少し和らいだ気がする。 まぁ、片や霊感ゼロで、片や強大な霊力と、お互い世界が違ったんだから、こっからやり直せばいいのだ。 多分。
「……タカなら大丈夫だと思うけど……今日は気をつけて」
やっぱり、弟君は柊の心配をしてる。 決して、兄を嫌ってる訳ではないのだろう。
そんなやり取りをしていると、弟君の存在に気付いたのか、コロボックルが、またこっちに寄って来ようとしていた。 なんか感じ悪いから、来て欲しくないっていうか、来るなよお……
「諸君っ! 今日は集まってくれてありがとう! これより除厄式を始めようと思う」
そんな事を考えていると、不意にイケおじこと、安倍の大声が本殿前に響いた。 その声でコロボックルの動きが止まる。 よかった。 こっちに来なくて……
「結界師チームも、常磐一族も、サポートは頼んだよ。 今日は、さっさと終わらせて、美味しい酒でも飲もうじゃないか! 柊君! あ、兄の方ね。 今日は頼んだよ。 無理だと思ったら、すぐに言ってくれ! 後ろには、僕達退魔部も控えてるから、遠慮はいらないからね」
周りを見渡しながら、本殿の入口の一段高い場所で演説を始める安倍。
「それじゃ、みんな打合せ通り、配置に付いてくれ! 鷹斗君、隼部隊、常磐一族は僕に続いて、本殿に入るように。 あ、山村君と……アシスタント君もね」
安倍はそう言うと、ギギギと本殿の扉を開けた。
「さぁ、行こう!」
安倍に続いて、本殿に足を踏み入れる隼部隊。 本来なら素足で入るところだが、今日は土足でいいらしい。 彼らに続いて、山村を先頭に僕らも足を踏み入れる。
そこは板張りの床の広い部屋だった。 まるでちょっとした体育館のような広さの空間。 奥には床の間があり、そこに掛け軸のような物が掛かっていた。
そんな広い空間の真ん中に台座の様なものが置いてあり、小さな座布団のようなものの上に、例の土偶が置いてあった。
「あれが『荒覇吐』の依代だよ。 鷹斗君、一応、壊せるか試してみるかい?」
「ん。 一応ね」
安倍の声に、返事をしながら柊が前に出る。 隼部隊は、その行く手を邪魔しないよう、道を開けた。 スキンヘッド四人組こと、常磐一族は、まるで興味がないかのように、四隅に散ってゆく。
「あちょ~!」
土偶のとこに着いた柊は、特殊警棒を床に置き、そんな調子外れの声を上げながら、手刀を土偶に叩き込んだ。 瞬間、手を抑えながら蹲る柊。 痛かったのだろう……
「この野郎っ!」
その後、土偶をむんずと掴むと、思いっきり床に叩きつけた。 その姿に隼部隊の面々は、ポカンとした表情になり、山村は大笑いしていた。
「鷹斗君、床に叩き落としても、対物理結界のせいで壊れないよ。 それよりも……手……大丈夫か?」
安倍の心配そうな声が響く。
やめてくれ。 こっちが恥ずかしくなってくる。
「……こんちくしょう!」
柊は、そう言って、今度は床に転がった土偶を足で踏みつけた。 踏み付けた瞬間、土偶が勢いよく足の下から飛び出し、柊の軸足にガンと当たる。 ……今度は軸足の脛を抑えながら蹲る柊。 痛かったのだろう……
「……大丈夫かい?」
相変わらず、心配そうな声を出す安倍に爆笑する山村。
……カオスだ。
「ぷっ! くっはっはっは」
笑い転げている山村とは別の笑い声が響く。 その笑い声を聞いて、山村がようやく笑うのをやめた。
「なんだ、コイツ! 母親の腹の中で、柊隊長に霊力だけじゃなく、おつむの方も取られた残りっカスだったんじゃねえの!?」
コロボックルが、大声でバカにして笑い始めたのだ。 ……かなり感じが悪い。 流石に、それは言い過ぎだろう。
その言葉に、ムッとしたのは僕だけじゃないらしく、眉を顰める安倍と弟君。 周りの隼部隊も、うわぁって感じの表情になっている。 コイツも、大概、空気が読めないらしい。
「……あん?」
さっきまで痛がっていた柊が、イラついた顔でコロボックルを見る。
「安倍部長! もう作戦変更して、俺達で終わらせましょうよ。 こんなバカに命運を預けるなんて、俺には無理っすよ」
「……ダメだ。 これは当代様のご意思でもあるんだ。 君の一存で、勝手に作戦を変更なんて出来るわけないだろう?」
好き勝手言い始めるコロボックルに安倍が厳しい声を出す。
「お前……さっきから、なんなんだ?」
手刀と踏み付けで痛い目に遭い、かなり苛立っている柊が、いつの間にかコロボックルの傍に立っていた。 あ、こいつ、痛い思いをした八つ当たりをしようとしているな? 柊らしいと言えば、柊らしいが……
「な……!? なんだ? なんか文句あんのか?」
いつの間にか傍にいた事にビビったのか、コロボックルが動揺しながらも口を開く。 その言葉に柊の右手が素早く動く。
はぁ。
その時、誰かのため息が聞こえた。
弟君だった。
コロボックルに殴りかかろうとしていた柊の右手を弟君が掴んでいたのだ。
「……タカ、弱い者虐め……ダメ。 勇輝、無駄に煽るな」
「隊長! 俺は……」
弟君に諭されたコロボックルは、なおも何か口にしようとし、弟君の目を見て黙り込む。
「君じゃ…….タカには……勝てない」
弟君は、コロボックルにそう言うと、安倍に向かって、早く始めるよう進言した。
「あ、あぁ、まぁ、始めようか。 鷹斗君も、もう気が済んだだろ?」
安倍はそう言うと、山村に合図を出した。
安倍の合図で山村が土偶に近付く。 それを切っ掛けに、弟君が指示を出し、隼部隊が不満そうなコロボックルを無視して陣形のようなものを取る。 そんな光景を見ながら、僕もキキと顔を見合せ、ゴクリと唾を飲んだ。 いよいよ始まるのだ。
山村は、柊が床に転がしたまんまの土偶に向かって跪き、両手を土偶に翳す。 座布団みたいなところには戻さないんだ……
「じゃ、行きますよ」
そう言うと、なにやらブツブツと呟きながら、ババババッと手を動かし始める。 『荒覇吐』の封印は、呪術部の山村が解く事になっていたのだ。
「……はぁっ!」
一通り、ブツブツ呟いていた山村が、一際、強い声を上げる。 その後、直ぐに立ち上がり、バックステップで距離を取る。 そのまま、後方にいる僕の方へ来ると、一言、皆に聞こえるような声で呟いた。
「……来るぞ!」
カタカタカタカタカタ
床の上で、カタカタと動き出す土偶。これが日本人形とかだと、かなりホラーなのだが、いかんせん、土偶なので、イマイチ迫力に欠ける。 そんな光景を、固唾を飲んで見守っていると、土偶が急に浮かび上がる。
フワフワと宙を漂う土偶。
柊がメガネを掛けて、特殊警棒を構えながら、土偶に近寄る。
土偶が。カッと眩い光を放つ。 僕は、眩しさで思わず目を閉じてしまう。
光が収まったのがわかり、おそるおそる目を開けた僕は、その土偶が浮いていたところを見て、え? と思わず声を漏らす。
土偶があった、その場所には、巫女姿の絶世の美女が浮いていたのだ。




