與座の除厄式講座
「っちゅうわけで、持ってきてやったで! 柊兄の特殊警棒!」
なにが『っちゅうわけで』なのかわからないが、與座が柊宅を強襲してきた。 僕がキキとまったりしていた昼下がりの事だった。
「っちゅうか、一ノ瀬、いっつもここおるやん。 ひょっとして住んどんの?」
いや、住んでないし……。 人がどこでどう過ごそうと自由じゃないか。 家主でもない與座には言われたくない。
「まぁ、なんでもいいから、さっさと見せてくれよ。 その特殊警棒ってやつ」
「はいはい、かしこまり! これや!」
じゃじゃん! と、與座が口で効果音を出しながら、長細い包を取り出す。
「よっしゃ、開けるぞ?」
それを意気込んで開ける柊。
包の中には、どこからどう見ても特殊警棒という感じの特殊警棒、と一枚の紙切れ。
紙を取り、中を見る柊の動きが止まる。
「なになに? どしたん?」
気になった僕が紙を覗き見ると、それは高額な領収書だった。 ってか、高っ!
「これが……この値段?」
ワナワナしながら、特殊警棒を手に取る柊。
「しかも、重っ!」
「せやろ? 高いし重いんや……。 なんせ、霊感がない柊兄の為にこさえた、破壊力のある鈍器をコンセプトにしたもんらしいからな……。 メイン素材には鉄の約1.5倍の比重を持った鉛を使い、周りは瘴気と親和性の高い特殊な割の銀を贅沢に極厚コーティングした、『山の典太』特製の对妖用兵器……やからな」
「………………」
ジャキン
與座の説明を聞いた柊が、無言で特殊警棒を振ると、小気味の良い音を立てて、特殊警棒が延びる。 柊は、さらに、伸びた特殊警棒を不器用に弄りながら、元の短い長さに戻す。
ジャキン
そして、また伸ばす。 柊は、そんな事を何度も繰り返している。
……どうやらお気に召したようだ。
「ま、あれだ。 なかなかいいんじゃないか? ちょっと、重過ぎて高過ぎるけど……」
「お代は、報酬から差っ引く形になるから、実質、痛みはないやろ?」
「まぁ、これくらいなら、なんとかな……」
柊は、再び、領収書を見てため息を吐いた。
「ほんでな、今度、参加者集めた作戦会議やるねんて。 そいつには、柊兄も参加せなあかんから、また『山』に来てな」
「へいへい」
「あ、あと、烏丸部長が、当日までにその特殊警棒に、慣れといた方がいいっちゅうから、三善さんに連絡とっといたから、明日から三善さんとこ行ったってや。 なんや、あの人、またタカをしごけるゆうて、張り切っとったわ」
「は?」
「ん? せやから、三善さんとこで修行できるよう手配したったっちゅうことやん。 てか、あの人、警棒使った体術とかもできるらしいねん。 ほんま、なんでも出来る人やな……」
「……マジかぁ! なに余計な事、頼んでんだよ……」
嘆き悲しむ柊。 修行の時の三善さんは、かなりの鬼教官らしいので、少し同情してしまう。
「そう言えば、柊に退治を依頼してる神って、どんな神なの?」
「ん? まだ話しとらんかったっけ? 荒覇吐っちゅう神さんや」
荒覇吐…… 『荒吐』『荒脛巾』『阿良波々岐』とも表記される謎の神じゃなかったっけ? あれ? 足の神だったかな? なんかいろいろな説がある、よくわからない神だったような……
「なんで、そのわけわかんない神を『山』が封印しとんの? んで、なんで俺に、それを退治して欲しいわけ?」
「それがやな……『山』の話では、荒覇吐っちゅうんは、大和王朝とかできる前の土着信仰の神やったみたいやねん」
與座の話では、元々、蛇神など各地域で土着的に信仰されていた神に、神武天皇と敵対した長髄彦などの話とかが統合され、現人神たる天皇の敵認定された神様という事だった。 ちなみに醜女の女神らしい……
「で、反体制側の人達、いわゆる『まつろわぬ者』達の信仰の対象になってもうた主格が『山』に封印されとるらしいねん。 ほら、『山』って、天皇……というより、そのシステムに、ごっつこだわっとるっぽいもんやから……その天皇を祟るようなもんは、すぐ排除しようとするんや」
今でも各地で祀られている荒覇吐は、無害な雑魚のようなもので、天皇に仇なす邪神は『山』で封印を施したらしい。 ただ、その封印は強力な分、持続力に欠けるため、毎年、封印をしなおすという面倒な事になっていたようだ。
「……天皇……。 『山』って、そんな右翼っぽい感じなんだ……。 なんだろ? なんかあんのかな?」
そう言えば、與座が以前、『山』の基本理念は『オカルト方面で日本の治安を護る』だとか言っていた。右翼っぽいのも、それに関係しているのだろうか?
「さぁ、その辺はわからへんけど、ほれ、こないだの『箱』! あの『箱』かて、もともと『まつろわぬ者』達の切り札的な呪いやんか。 たぶんやけど、その矛先の究極的なところが、皇族とかになんねんて。ほんで、皇族とかに被害が出んようにっちゅうことで、『山』で回収してんねんで?」
「ふうん。 で、今回俺に頼んできた理由ってのは?」
「あぁ、せやせや、話がそれてもうた。 ……えーと、そや、その『箱』の回収ん時に、妖に関してチートな柊兄の存在が発覚したんや。 ほなら、そのチート使って、その面倒事、今年で終わらせたろうやないか、っちゅうて、柊兄への依頼が決まった……。 そういう訳やねん」
「へぇ、そういう経緯ねぇ」
柊がつまらなそうに呟く。
「でも、醜女の女神かぁ……。 一体、どんな感じなんだろ」
「一ノ瀬……どうせお前のことやから、また見たいとか言い出すやろうと思っとったわ。 でも、あかんよ。 今回は。 マジで危険やから、残念やけどお留守番や。 俺かて、よう見学せぇへんわ。 もちろん『山』までは来てもろうてかまへんのやけど、除厄式には、よう参加させられへんわ」
むぅ、心外だなぁ。 何でもかんでも首を突っ込むみたいに思われているとは……。 まぁ、でも可能なら見学したいとは思ってはいたけどさぁ……。 こちらから聞く前に断られるなんて……なんだか『告白してもいないのに振られる』みたいなダメージがあるなぁ……
「ちぇっ。 わかりましたよぉだ」
僕が諦めて、そう返事をすると、リビングの入口の方から、その場にいないはずの人物の声が響いた。
「一ノ瀬君、諦めるのはまだ早いよ」
慌てて声のする方を見ると、なんとリビングの入口に、招いていないはずの山村が立っていた。




