安倍と隼斗と藤井さん
時は遡り、臨時御前会議の翌日。
安倍退魔部長の部屋に、特殊妖魔討伐部隊……通称『隼部隊』の隊長、柊 隼斗が呼び出されていた。
部屋には、安倍 拓海、柊 隼斗、そして、安倍の秘書的な立場の藤井 貴子(28)の三名のみだった。
内容は、臨時御前会議で決まった除厄式の件だった。
元々の延厄式とは、『山』内で管理している、邪神認定された神、『荒覇吐』を再封印する儀式であった。
荒覇吐の封印は、非常に強力なものであるが、持続力に欠けるため、年に一度、封印を結び直す必要があったのだ。 その儀式を節分の日に行うと決め、厄を先延ばしにする……延厄式と名付けられた。
本来なら、封印の得意な呪術部主体のイベントであるが、今回、『赤の書』所有者の柊 鷹斗を使い、荒覇吐そのものを滅してしまおうと、除厄式と名称を変更されたのだ。
安倍は、柊 鷹斗の弟となる隼斗へ、その話をすべく、部屋に呼び出したのだ。
「昨日、会議で決まったんだがね。 君には、先に言っておこうと思ってね……。 今年の延厄式は、君の兄、柊 鷹斗を中心にした『荒覇吐』討伐イベントにシフトして、名称も除厄式に変更される事になったから……」
柊 隼斗が部屋に着くと、安倍は爽やかな笑みを浮かべながら、そう語った。
「……タカ? ……それは……ない」
「ない? なぜ、そう思うんだい?」
「タカには霊感がない……。 だから、……無理」
「なるほど、君のお兄さんに霊感がないことは、君も知っていたのか……」
「…………」
安倍は笑顔を崩さず、無言の隼斗の様子を探るように話を進める。
「……なるほど。 沈黙は肯定と同義だよね。 でも、君のお兄さんは『赤の書』の所有者になったみたいだよ?」
「……赤の書……」
「そ、『赤の書』の能力で、妖を滅する事ができるようになったみたいなんだ。 ……だから、霊感がなくても神退治ができる……。 僕ら退魔部を差し置いてね……」
安倍は、そう言いながら冷たい笑みを浮かべた。
(ふふふ、どうだろうか? 今のはバッチリ決まったでしょ。 退魔部が主役じゃないことが気に入らない的な演出、しっかりできたよね!)
そんな事を考えながら、安倍は藤井さんの様子を窺う。 そんな安倍の心情を知ってか知らずか、藤井さんは、素知らぬ表情のまま、自分の作業(主に退魔部の配員)を続けていた。
(ま、正直、神と闘うなんて、退魔部としてはやりたくないからね。 神って言うくらいなんだから、きっととんでもなく強いんだろうし……。 やるってなったら、絶対、部長の僕も矢面に立たされるわけだし……。 部外者がやってくれるってなったら、そりゃ渡りに船ってもんでしょうよ。 そもそも、妖退治が嫌だから、頑張って管理職になったってのに、今さら妖退治とか、マジ勘弁だし……。 でも、部外者がやるってなったら、『それはプライドが許さない』みたいな反応しとかないと、信頼のアベタクブランドに傷が付いちゃうし……。 とりあえず、これで藤井ちゃんが同期の女の子とかに『安倍部長、内心じゃ、結構キてるみたいよぉ』みたいな話をしてくれるんじゃないかな。 あ~ぁ、それにしても面倒臭い事になっちゃったなぁ。 神退治なんてやらずに、いつも通り封印の結び直しってのでいいじゃない……。 変化って、それだけでリスクなんだからさぁ……)
安倍は余裕のある表情で、隼斗の反応を観察した。
(ってか、さっさとなにか反応してほしいっての。 隼斗が無口なのは知ってるけど、限度があるでしょうが……。 そもそもコイツ、安倍以上の天才とかチヤホヤされてて、正直、気に食わないんだよね……)
「……なら……タカの圧勝」
「……それほどなのかい? 君のお兄さんは」
(圧勝? 今、圧勝って言ったよね? って事は、僕になんかの役が回ってくることはないよね? やっぱり退治できないから、『安倍さんお願い Help Me!』とか、ないよね? うん、やっぱり、時代はバイオレンスなジャックなんかより、Love & Peaceさ!)
柊 隼斗は、しばらく黙り込んだ後、カッと目を見開き、捲し立て始めた。
「……タカは……あいつは……小さな頃から滅茶苦茶だった! 突撃、夜中のお墓探検!?びっくりどっきりこっくりさん!? 全部そうだっ! あいつは、何も感じないから、わからないんだろうけど、その皺寄せは全部僕に来てたんだっ! ちょっかい掛けてるあいつには触れないし、攻撃も出来ないもんだから、イライラした陰や妖の標的はいつだって僕だったんだっ! それなのに、あいつは、僕が霊障で熱を出しても、呪によって苦しんでても、根性が足りないとか、フォースが足りないだとか、訳の分からない事を言うんだっ! それで修行と称して、病み上がりの僕を引きずり回して……。 きっと、今回も荒覇吐とかいう神が何やっても、どこ吹く風で、全部僕に……僕らに、その皺寄せが来るのさ。 圧勝? そりゃそうさ、あいつには、妖の攻撃はな~んにも効かないんだからさっ! 間違いないねっ!」
「…………フッ」
(び…………びったぁ! 何この子、むっちゃ喋るじゃん! いつもなら『ん、わかった』とか『ん、無理』とかなんとか言っちゃって、クール無口な強キャラ感出してる感じだってのに……。 なに? お兄ちゃんの話は、鬼門だった? でも、それ、今の僕には関係ないよね? なのに、なんでこんな捲し立てられなきゃなの? 時代は、Love & Peaceじゃないの!? 悪いのは、鷹斗とかいうお兄ちゃんでしょうよっ! ……いや、でもまぁ意外だったけど、コイツはコイツで苦労してたんだろうな……。 これからは、気に食わないとか言わないで、ほんの少しだけ優しくしてやろう……。 サービスだぞ?)
内心ビビりまくっていた安倍は、それをなんとか表に出さないよう、慈しむような笑みを浮かべた。
「まぁ、落ち着きたまえ。 ……君にも思うところは、いろいろあるかもしれないが、除厄式には、隼部隊と僕で参加することになるから……。 君の……お兄さんのサポートとしてね……」
突然の隼斗の豹変ぶりに驚き、手を止めて、こちらを見ている藤井さんに向けて、安倍は、白い歯がキラリと光るアベスマイル(あくまで安倍のイメージです)を魅せつける。
(…………ん? 白い歯を光らせる? 金歯や銀歯じゃあるまいし、白い歯って光るのか? もし……本当に光るって言うんなら、……それって……光ってるのは歯じゃなくて……ヨダレじゃね?)
「藤井君、少しずつ隼部隊のメンバーの仕事を減らしていって、除厄式に参加できるようスケジュールを調整しといて。 もちろん、僕のスケジュールもね」
「……承知しました」
藤井さんは、そう言って、再び作業に戻る。 それを見て、安倍は満足そうに微笑んで、隼斗の方に向き直る。
「さて、柊隊長、年が明けたら、関係者を集めて作戦会議をするようだから、それには君も出て欲しい。 最終的には、君のお兄さんも呼ぶ事になるだろうから、……その時は今みたいに取り乱したりしないよう、気をつけてくれたまえよ?」
「……善処……します」
「……よし。 さ、話は終わりだ。 悪かったね、わざわざ御足労願って。 もう、業務に戻っていいよ」
安倍がそう言うと、隼斗はバツが悪そうな顔のまま、安倍の部屋を後にし、安倍は余裕のアベスマイルで、それを見送ったのだった。




