烏丸 幹の楽しい銀細工教室
「さて……と、香織さん、これを製作班まで頼む」
烏丸 幹は、最後のリングに刻印を打ち終えたところで一息をついた。 造っていたのは、もちろん、新法具として開発したシルバーアクセサリーである。
烏丸を始めとする生産部は、除厄式のために、参加する法師のため、シルバーリングを量産していたのだ。
新法具として、大切なのは四つ。
イメージを具現化するためのモチーフ、銀を主材料とする合金の割合、イメージの具現化の補助となる、嵌め込む石の種類、そして最後に打つ刻印である。
刻印とは、リングの裏面に打つシンボルのようなもので、新法具にとっては霊力を流す回路の役割を果たすことになる。 この刻印は深さも重要で、回路となる形状の刻印を一定の深さで打ち、そこに『山』特性のいぶし液(銀を黒く変色させる薬液)をつける事で、初めて、能力を発揮出来るようになる。
今のところ、刻印を正確な深さで打てるのは、生産部内では烏丸のみのため、烏丸が刻印を打ち、残りのいぶしから、仕上げまでの作業は製作班へ投げていた。
「相変わらず、器用なものね」
リングの裏面を観察した香織さんが、呆れたように呟く。
「まぁ、研究者というのは、実験に必要な物を
自分で作らないといけない時もあるから、器用じゃないとやってられないのさ。 でも、こいつは、毎回、同じ姿勢で、同じ角度と強さで打てばいいだけだから、刀を打つよりもハードルが低いと言えるな」
「……限度があると思うのだけど……」
そうボヤきながら、香織さんはリングを持って、部屋を出ていった。
それを見送った後……、烏丸は途端に暇になった。
烏丸は、おもむろに指輪用に穴の空いたワックス(熱で溶ける樹脂)を取り出す。 暇つぶしに、適当なアクセサリーを造ろうと思ったのだ。
(モチーフは、そうだな……。 スカル……いわゆる髑髏の指輪でも造ろう。 下顎はなしで、上顎までのスカルリング……)
烏丸は、 一応、暇つぶしとは言え、新法具に転用できるよう、能力付与を考えて、金属の割もいつもの割で、スカルの額に石を嵌め込むデザインを考える。
シルバーアクセサリーの作り方は、主に三通りある。
ひとつは、地金作業。 銀の板や棒を加熱し、急冷させることで柔らかくし、叩いたり、曲げたり、くっつけたりすることで成形する方法である。
(ちなみに鉄は加熱後の急冷で、マルテンサイト変態を起こし逆に硬くなる)
もう一つは、烏丸が取り出した、熱で溶ける樹脂、すなわち、ワックスを成形し、それを石膏で固め、加熱。 溶けだしたワックスを捨てることで、鋳型を作り、鋳造する方法、いわゆるロストワックス製法である。
こうして、鋳造してできたものをキャストと呼び、出来たキャストと地金作業と組み合わせることで、様々なアクセサリーを作成する事ができる。
出来上がったキャストは、綺麗に仕上げた後、ゴムで型をとる事で、ワックスを量産し、アクセサリー自体を量産する事も可能だ。(鋳造業者にゴム型を渡せば、キャストを量産してくれる)
最後の手法は、銀粘土を成形し焼成する方法だ。 これはお手軽だが、銀の純度が99.9%以上となり、スポンジ構造で強度も弱く、輝きも逆に安っぽく見えるので、あまりお勧めしない。
烏丸は、リューターと呼ばれる小型の回転工具の先端に、ビットと呼ばれるダイヤで作られた様々な形をした先端工具を差し込み、回転させながらワックスを削り込み、成形していく。
スカルを造る際に、一番重要なのは目だ。 ということで、大まかに目の位置に軽く窪みを付ける。 後は、バランスを見ながら、輪郭、鼻、歯を彫り込んでゆく。 歯の部分は、スパチュラと呼ばれる、歯科医が使う道具を使って、削りこんでいく。
しかし、目、鼻、口を彫り込んだだけでは、のっぺりとしたスカルになり、完成とは言い難いデザインになってしまう。 意外に重要なのが、上顎部分……鼻と歯の間にいくつか窪みを入れることなのだ。 この窪みがないと、スカルらしさが出てこない。
烏丸が、リューターを入れる度、スパチュラを入れる度に、スカルの表情が刻一刻と変化していく。 それに合わせるように烏丸の表情も変わっていく。 まるで百面相だ。
「なに? スカル彫ってるの?」
いつの間にか、烏丸の手元を覗き込んでいた香織さんが声を掛ける。
「あぁ、暇だったからな」
「仕事も息抜きも同じ作業だなんて、……難儀な性格よね」
「はっ、そういう性分なんでね」
あっという間に出来上がったスカルの形をしたワックスを製作班に鋳造するよう頼んで、その日はお開きとした。
◇ ◇ ◇
さて、今、俺の目の前には、スカルのリングが三つある。 当然、あの後、シルバーに変わったリングを仕上げ、ゴム型を取り、量産ということで、製作班に三つ依頼したのだ。
だから、リングが三つあるのは当然のこと。
ただし、一個だけ、やけに黒ずんでいたのだ。 普通、鋳上がったシルバーは、白っぽくなるが、黒ずんでいるのは初めてのことだった。
理屈に合わない……。 なにかイレギュラーでも起きたか?
……だが、出来てしまったものは仕方ない。
俺は、黒ずんだ髑髏をまじまじと見詰める。
まるで、ハズレくじだな……
ハズレくじ……
「よし、決めた。 お前は、今、この瞬間から『ハデス』と名付けよう」
当然、残りの二つは『ゼウス』と『ポセイドン』だ。 なぜ、『ハデス』か? それは、冥王ハデスが、死者の国を治めることになった理由がくじ引きだったからだ。 『天空』、『海』、『冥界』の三界のうち、どこを支配するかを決めるため、三男のゼウス、次男のポセイドン、そして長男ハデスの三兄弟は、くじ引きを行った。
くじ引きにより、担当が『冥界』になった『ハデス』……完全にハズレくじだ。 ギリシャ神話の中でも、驚くほどエピソードが少ないのも彼が、『冥界』というハズレくじを引いてしまったが故の事だろう。 死者の国の王の話など、不吉そのものなのだから……。 彼の事を不遇だと思ってしまうのも致し方ない事であろう。
そして、彼の名を冠した星、『冥王星』もまた『ハデス』同様、2006年に惑星の定義から外れるという、不遇の道を進む結果になってしまったのは、偶然か必然か……
それはそれとして……『ハデス』は黒仕上げで仕上げよう。
黒仕上げとは、出来上がったキャストを綺麗に仕上げた後、いぶす事で黒く変色させ、真鍮のブラシで黒い光沢が出るよう磨く手法だ。 黒光りするスカルのリングは、さぞかし、素敵な味を出してくれるだろう。
嵌め込む石は、『ゼウス』には『雷』のイメージで、加熱すると電気を帯びる性質のトルマリン……。 中でも、イエローが強いカナリートルマリンを、『ポセイドン』には『海』のイメージでアクアマリン、『ハデス』には、地獄の業火をイメージしたルビーを嵌め込む事にする。 黒仕上げにルビー……我ながら、いいセンスだ……
付与する能力と嵌め込む石のイメージが決まったところで、念の為、用意していた様々な刻印の中から、『雷』、『水』、『火』の刻印を順に打っていく。 刻印を打ち終わったものを、自席に確保しておいた、いぶし液に漬けて変色させ、ハデス以外のリングの黒ずんだ表面を剥がしていく。
「なに? この間のキャスト、上がったの?」
最後に、ゼウス、ポセイドン、ハデスの順で石を嵌める。 ちょうど、ハデスの石を嵌め終わったところで、香織さんが覗き込んできた。
「……まぁね」
「あら……これ……」
そう言って、香織さんは、俺が持っていたハデスを指差した。
「ん? こいつがどうかしたか?」
「……あ~、ちょっと……これは付けない方が……いいかも……」
「……なにかあるのか?」
「加護が……付いてるのよ」
「……加護?」
「えぇ、時々だけど、幽界の住人、いわゆる妖達ね……が、気まぐれに、物や人に与える恩恵のようなものね。 ただ、彼らにとっては恩恵のつもりでも、物質界に住む人間にとっては、劇薬だったりするのだけれど……」
「……と、言う事は……コイツも?」
「えぇ、かなり強い劇薬ね。 強い霊力で制御しないと、とんでもない事になるわね」
「ちなみに、どんな効果が?」
「……いわゆる……強運って奴ね。 ただし、周りから運を吸い取るタイプ……」
香織さんの話では、ハデスを身に着けると、とんでもなく幸運な事が起こるという事だった。 ただし、代わりに周りがとんでもない不幸に見舞われる……そんな代物なのだそうだ……
「討伐対象の妖の運を吸い取って、自分の運に出来れば、最強だわ……。 ただし、そこまで制御するには、かなりの霊力と訓練が必要だけどね……」
「……霊力……か。 ……なら、いるじゃないか、とてつもない霊力の持ち主が……」
「……そうね。 確かに……柊 隼斗なら……使いこなせるかもね。 でも、期間が短すぎるから、除厄式での使用はやめた方が良さそうね」
「あぁ、そう忠告しておこう」
俺は、改めて、ハデスの顔を見る。 ハデスは、持ち主候補が決まって、嬉しいのか、まるで笑っているように見えた。
次回から新章になります。
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