鹿山 臨太郎 後編
俺が、真兄ちゃんと出会ったのは、12年前の事だった。 ひょんなことから、生霊に命を狙われた……。 そんな嘘みたいな理由で、修蓮さんや真兄ちゃんと出会うことになったのだ。 その事は、今まで誰にも話した事はなかった。 もちろん、親友の航輝にも……
だが、そのおかげで、親友の航輝を助ける事が出来たのだから、人生とはわからないものだ。
あの頃の事は、あまり思い出したくなかったし、知られたくもなかった。 だから、航輝には親の知り合いという形で修蓮さんを紹介したが、航輝が助かって(結果的には柊のおかげだが……)、本当に良かった。
結局、修蓮さんが、相手の女性を説得したり、生霊の力(瘴気?)を少しずつ削っていくことで、生霊を祓う事に成功するのには、一年という月日が必要だった。 その間の一年は俺にとって辛いものだった。
その敷地から、出てはいけない。
それは、子供心に苦痛以外の何ものでもなかった。 もちろん、周りの同年代の子達も同じような感じだったが、だからと言って納得出来るものでもなく、やはり辛いものだった。 そんな中、その気持ちを少しでも和らげようと、真兄ちゃんは頑張ってくれた。 自分も昔はそうだった……と。 いや、狐の霊に完全に憑かれていた真兄ちゃんの話は、俺からしたら、もっと悲惨に思えた。
最初は、目付きが悪く、無愛想な真兄ちゃんは怖かったが、話してみると、不器用なだけで、子供達に対して優しく接そうという意思は感じられた。 暇さえあれば、大の大人が一人混じる形で、ドロケイやボール遊び、ダルマさんが転んだなど、色々な遊びに付き合ってくれた。
俺は、いつの間にか、そんな真兄ちゃんが大好きになっていた。
ゴタゴタが片付き、航輝がお礼を言う時に、同行することになり、再び訪れた箱庭。 昔は広く感じたが、今見ると狭く感じた。 そして、あの頃、早く出ていきたくて仕方なかったはずの場所が、とても懐かしく、ひどく楽しかった場所のように思えた。
そこで、真兄ちゃんと再会し、話をするうちに、一つの可能性に気が付いた。
美樹本 宗玄。
昔、真兄ちゃんを苦しめた、その男が『プラーナ』の代表、ラ・ムー美樹本かもしれない……。 その可能性に……
俺は、真兄ちゃんのために、『プラーナ』に潜入することを決めた。 潜入と言うと、大袈裟だが、要は何処にも露出していないラ・ムー美樹本の顔写真の入手、それが目的だ。 ラ・ムー美樹本の顔写真を真兄ちゃんに見てもらう……それだけで全てがハッキリするのだから。
最初は、危険だと渋っていた真兄ちゃんも、何度も説得するうちに、協力してくれることになった。 レムリアンシードクリスタルを代表とする、各種ガラクタ類を購入する資金や、各種セミナーに掛かる費用、小型カメラを仕込んだボールペンなどの小道具は、真兄ちゃんが出してくれることになったのだ。 よっぽど大丈夫だとは思うが、万が一、身の危険を感じたら、そこで潜入は辞めるという事を条件に……
……考えてみれば、『プラーナ』に潜入するためには、あのレムリアンシードクリスタルとかいうガラクタの購入は必要だった。 資金面の事は、まったくと言っていい程考えていなかった自分に腹が立つ。 真兄ちゃんのために動きたかったのに、逆に負担になってないか? 主に経済面で……
とは言え、やると決まったからには結果を出さなければ……。 真兄ちゃんが破産する前にっ!
そう、意気込んで、俺は『プラーナ』のHPから接触を試み、見事に会員になる事に成功した。
しょっちゅう、『プラーナ』のセミナーに参加するため、航輝とは少し疎遠になってしまったが、一時的な事だし、真兄ちゃんのためだから仕方がない……
とは言え、セミナーの内容も、くだらない話ばかりで辟易していた。
アフリカのマダカスカルにしか生息していないキツネザル(レムール)の化石が、インドで見つかった。 かつて、インド洋にインドの南部、マダガスカル島、マレー半島があわさった大陸、すなわちレムリア大陸が存在していた証拠に他ならない! 我々は、前世で、そのレムリア大陸に住んでいたのだ!
君達は、現代社会の中で非常に生き辛さを感じていないか? それは、我々がレムリア人の生まれ変わりだからだ。 レムリア人は超常的な力を持っていた。 覚醒すれば、我々も同じように超能力が使えるのだ。 なぜなら我々は特別なミッションを持って生まれたインディゴチルドレンなのだから。 さぁ、ラ・ムー美樹本の元で共に覚醒しようではないかっ!
聞けば聞くほど、くだらなかった。
キツネザルの件は、大陸移動説で全て説明ができると言うのに……。 本気でそれを信じているなんて、どうかしている。
前世? 前世が仮にあったとして、どうだと言うのだ? 大切なのは今だろう。
ラ・ムー美樹本が、美樹本 宗玄だという確証も掴めないまま、そんなくだらない内容を聞き続けるのは、苦行だった。 まるで12年前の箱庭に閉じ込められていた頃のような閉塞感を感じていた。
さっさと辞めて、航輝とつるんで、楽しく過ごしたかった。
「すいません。 ラ・ムー美樹本さんとは、どういう方なんですか? 写真とかあれば見たいんですが……」
「ラ・ムー美樹本さんは、カメラを嫌います。 ですので、お顔を知るためには、直接会っていただけないと……。 そのためには、各セミナーで魂を理解し、徳を積み、カルマを浄化し、覚醒を促進するのが一番の近道ですよ」
どの講師も、答えは同じだった。 まるで、そう答えるのがマニュアルで決まっているかのように、ニコニコとした笑顔で返された。 俺は諦めて、どうにかラ・ムー美樹本と会えないかと、出たくもないセミナーに通い続けた。
ある日、そんな日々に終わりを告げる時が来た。
12月の頭、いつものように、重い足を引き摺りながら向かったセミナー会場で、俺は天使に出会った。
そのセミナーで隣の席に座った女性が、休憩時間に飴玉を取り出し、口に放り込んだ。 俺は、なんとなく、本当になんとなく、ぼんやりとその姿を見ていたんだ。
すると……
「飴ちゃん……よかったら、いります?」
その笑顔に、心臓が爆発したかのような鼓動の高鳴りを感じた。 まさに二階から目薬だ。
「……うん。 貰うよ。 ……それで……その……もし、よかったら……だけど、セミナーが終わったら……カフェで、セミナーの感想を語り合いませんか?」
考えるよりも先に、言葉が口から滑り落ちた。
「え?」
「あ、俺、鹿山 臨太郎といいます」
「臨太郎……さん、素敵な名前ですね。 あ、私は、深村 紗希と言います。 みんなには、名前の響きから、『ディープ・パープル』と呼ばれています。 臨太郎さんは、『プラーナ』に入って長いんですか?」
あだ名が渋い……
「いや、まだほんの二ヶ月程度なんだ……」
「そうなんですね。 でも、二ヶ月でも、先輩は先輩です。 ぜひ、カフェでいろいろと、ご教授いただきますね」
そう言ってイタズラっぽく笑う彼女を見て、何故か、幸せな気持ちになった。
彼女は、同じ年齢の大学二年生だった。 彼女は、なんとなく、学校やバイト先で居場所が見つからず、漠然とした不安を感じていたらしい。 そこを、バイト先の先輩に声を掛けられ、『プラーナ』の思想にハマってしまったようだった。
その時から、俺の目的は二つになった。
一つは、当初の目的でもある、真兄ちゃんのために、ラ・ムー美樹本の写真を入手すること。
そして、もう一つは、彼女、深村 紗希を、このカルト詐欺集団から、抜けさせること。
俺は、その二つの目的のために、今日もセミナーに向かうのだった。
臨太郎は、『二階から目薬』を、ふと見上げた時を狙って、二階にいる者が目薬を命中させる……。 転じて、『ピンポイントで驚かされる』という間違った意味で使っています。




