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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
書《しょ》の章

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慟哭

 足の力が入らない。


 心臓が締め付けられ、鼓動が早くなるのを感じる。


 全身を巡る血が熱くなるのがわかる。


 フラフラとした足取りで……

 道端に転がっているものに近付く。


 近付くにつれ、

 それが子供と女性の身体なのだとわかる。


 確かめたくない。


 見知らぬ人であってほしい。


 早く確かめなければ……


 なんだ、違った……と、安心させてほしい。


 確かめたくない。


 二人の顔が見える。


 途端に膝から力が抜け、地面に激しく膝を打つ。


 不思議と痛みは感じない。


 痛くないということは、

 きっとこれも夢なのたろう。


 そうだ……夢に違いない。

 目が覚めたつもりだったが、まだ夢の中なのだ……


 ……夢であってほしい。


 正一と絹代が血を流して……

 倒れているなんて……ありえない。


 這いながら歩を進め、

 正一と絹代のように見える二人の間に入る。


 寝間着が血に塗れるが、何も感じない。


 冷たくもないし、ましてや熱くもない……


 やはり、夢なのだ……


 早く……目が覚めて欲しい。


 何度、目を閉じて、見直してみても……

 二人の姿は、正一と絹代から変わらない……


「…………か………は……」


 正一の名前を呼ぼうとして、

 自分が息をしていなかった事に気付いた。


 倒れている正一の腕を持ち上げる。


 だらりと力ない腕は、やけに重く感じた。


 正一の腕は、微かに温もりを持っていた。


 まだ生きているのではないか?


 見開いた瞳は、一切、瞬きをしていなかった。


「……しょう……いち……?」


 なんとか絞り出した声で、息子の名を口にする。


 まるで、違う誰かが遠くで息子の名を呼んでいるように聞こえた。


「………正……一……」


 もう一度、声を掛ける。


 返事を待つが、静寂しか返ってこない……


「……正一?」


 頬をペチペチと叩くが、まったく反応がない……


「正一!」


 今度は、強く呼び掛けるが、返事はない。


 絹代は?


「……絹代?」


 絹代の腕も、まだ温かかった。


「絹代? 家に……帰ろう……」


 返事はない。


「正一も、絹代も……こんなところで寝てたら風邪を引いてしまうよ…………」


 返事はない。


「さ、二人とも、帰ろう?」


 返事はない。


 絹代の腕を離すと、

 腕はそのままドサリと地面に落ちた。


「…………くっ……………」


 なんだこれは?


「…………く………ぐ………ふぅうう……うわぁぁぁああああぁぁぁああああああぁぁぁああああ」


 なんなんだ? これは!


 不意に、堪えていた何かが消えて、喉から大きな音が響く。 目からは涙が滝のように流れ、思わず上を向く。


「………う……うわぁああっ!」


 急に時間が動き出したかのような、感覚に囚われ、肺の中の空気が一気に吐き出された。


「…………ふぐ……なん……で…………」


 なんで、こんな事になってしまったのか……


 わからない……


 わからないわからない


 わからないわからないわからない


 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからなちわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない…………


「うわぁぁあああぁぁあああ」


 自分の叫び声がうるさい。


 黙れ!


「うわぁぁあ」


 黙れないなら、死ね!

 死んでしまえ!

 今すぐ……


「うわぁぁあああぁぁぁっ!」


 --じゃり


 不意に背後に人の気配を感じた。


 すぐ後ろに……


 犯人だ。


 二人を無惨に殺した犯人だ。


 なんの罪もない愛しい二人を

 殺した犯人に違いない。


 急に込み上げてくる殺意。


 殺す。


 相手が何か言う前に殺す。


 殴って殺す。


 全力で殴って殺す。


 全身を支配する真っ赤な殺意。


 振り向いて、全力で殴って殺す。


 立ち上がって、振り向いて、全力で殴って殺す。


 二回殺す。


 三回殺す。


 四回でも、五回でも……

 何回でも殺す。


 気の済むまで殺す。


 ひたすら殺す。


 とにかく殺す。


 僕は、膝に力を入れると、

 ゆっくりと立ち上がった。


 そのまま、振り向いて、全力で殴って殺す。


 僕は、ゆっくりと振り向いた。


「………………あ?」


 そこには、見覚えのある姿があった。

 途端に抜けていく力と殺意……


 立っていたのは、最初の犠牲者だったはずの

 樹神 理恋だった。


「あら、先生? どうしましたの? そんな顔して……。 もしかして、私の事、忘れちゃいましたの?」


「…………………え?」


 意味がわからない……


「ちょっと死んでる間に……もう忘れちゃいましたの? 私ですわ。 ……樹神 理恋……ですわ」


「…………………」


 なんで死んだはずの人間が……


「一応、これでも、先生が少し落ち着くのを、待ってましたのよ? 我ながら、なんて優しいのかしら……」


「……………………」


 なんなんだ? こいつは……


 なにが起きている……?


「あぁ、そうね……そうですわ……。 仕方ないかもしれませんわね。 心中、お察ししますわ。 なにせ、愛しの妻と子が、()()()()()で死んでしまったのですから……」


 は?


 ……僕のせいって言ったのか?


 ……僕のせい?


 ……なにが?


 ……二人の死が?


 ……なんで?


 ……僕の……せい……?


「だって、先生が生み出した怪人が、……『赤い外套の怪人』が、私や給仕の娘や、奥さんや息子さんを殺したんですもの……」


「……………………」


「あら? ひょっとして、気付いてらっしゃらなかったのかしら? ご自分が怪人を生み出したということに……」


 生み出した?


 僕が?


 ……なんで?


 ……小説を書いたから?


「ええ、ぜ~んぶ先生のせい……。 先生が『赤い外套の怪人』なんてものを書いてしまったから……」


 ……僕が……書いた……小説の……せい……?


「おめでとうごいます、先生。 先生の生み出した『赤い外套の怪人』は、時を超え、分裂しながら増殖し、様々な形で語り継がれますの……。 『赤マント』、『赤いちゃんちゃんこ』、『赤い紙、青い紙』……。 そして、多くの犠牲者が生まれる……。 それもこれも……すべて、ぜ〜んぶ、まるっと……先生……あなたの……お・か・げ……ですわ。 ……ふふ……作家冥利に尽きますね」


 樹神 理恋は、なんとも言えない魅惑的な微笑みを浮かべた。

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