二人目
真夜中の路地で、一人の若い女性が立っている。
街灯のない暗い路地だった。
僕は、背後から近付き、その髪に左手の指を滑らせる。 よく見ると、その女性の肩は小刻みに震え、恐怖を押し殺しているのがわかった。 僕は、髪を滑らせた指を、そのまま首へと持っていく。
女性がビクリとするのがわかり、なんとも言えない興奮が、頭の先から足の先まで走るのを楽しむ。
「……た……たす……けて……」
女性は、震える小さな声で呟く。 聞き馴染みのない声だが、その適度な高さの声に魅力を感じる。
僕は、右手も女性の首へと持っていく。 そのまま、その細い首を絞めたくなる衝動に駆られるが、自重する。
「~~~~~っ!」
両手で、女性の首を撫で回す。 少し汗ばみ、冷たくなった肌の感触が心地よい。 冷や汗というやつだろうか? 僕は、首を撫で回していた左手で、女性の髪を持ち上げて、項を露出させると、ゆっくりと顔を近付け、その匂いを嗅ぐ。
「~~~~~~っ! ~~~~~っ!」
恐怖が絶頂に達したのか、女性が何度も大声で叫ぼうとしているのがわかる。
一頻り、その香りを堪能した僕は、舌を出し、その項を、ゆっくりと舐めた。
「~~~~~~っ! ~~~~~っ! ~~~~~っ!」
無駄だというのに、女性はなおも大声で叫ぼうと、声にならない声を吐き出し続ける。
……声になっていないとは言え、少し鬱陶しく感じた僕は、右手を女性の顔の前に持っていき、そのまま口を塞ぐ。
ガリ
女性の口を押さえた右手の人差し指が噛まれた。 身体の自由は効かないが、口や肩など細かい部分は動くのだから、仕方ない事ではあった。
不思議と痛みは感じなかった。
……しかし、よくこの状況で、生殺与奪権を握っているであろう相手の指を噛めるものだ……
僕は、半ば感心し、半ば呆れつつ、噛まれている右手の指を、そのまま女性の口内に突っ込む。 左奥歯の外側を撫で、そのまま、前歯まで滑らせる。 これが木琴だったとしたら、軽快な音を奏でていた事だろう。 そのまま、舌に指を這わせた後、舌を摘んでみる。 ベットリとした独特な感触の舌を摘んだ後、何気に引っ張ってみる。
「うぇ」
女性の口から、間抜けな音が漏れる。
そのまま、口の中を撫でくりまわしていると、女性の肩がビクリビクリと動くのがわかった。
少し、飽きてきた僕は、唾液でベトベトになった右手を口から出すと、そのまま、その手を女性の顔にベッタリと貼り付ける。 女性の唾液を、その顔で拭くように、ゆっくりと手を滑らせる。
まだ唾液で湿っているのが気持ち悪いが、仕方ない。
僕は、女性の顔から右手を離すと、そのまま腰の軍刀に手を掛ける。
チャキ
その音に、女性の肩が一際大きく跳ね上がる。
……が、今回は、そのまま軍刀を首に持っていくと、一気に引いた。
「 あ 」
女性の喉は、前回の樹神 理恋と同じように、間抜けな音を立てた。
激しく噴き出す真っ赤な血。
僕は手際良く、女性の後ろ髪を引っ張り、静かに倒し、僕を楽しませてくれた女性の顔を確認する。
その顔は、昼間行ったパウリスタの女性給仕のものだった。
◇ ◇ ◇
ガバリ
目が覚めた僕は、慌てて布団を剥ぎ取る。 汗でビショビショになった寝間着を肌に纏わりつかせながら、水を飲む。
まただ……
また、誰かを殺す夢だった。 しかも、相手は昼間見た女性給仕?
どうかしている……。
……本当に夢たったのか?
僕は、右手を見詰め、指を擦り合わせる。
……少し、湿っているように思えた。
違う! これは寝汗だ。
そもそも、僕は軍刀なんて持っていないし、相手の自由を奪うなんていう超常の力なんて持ち合わせていない。 昼間、そう結論付けたてはないか!
そう、ただの夢だ! さっさと寝間着を着替えて、寝直そう。
僕は、頭を過ぎる嫌な予感を無視して、布団に入ると、何も考えないように努めながら、目を閉じた。
……もし、……もし、明日、あの女性給仕の遺体が見つかったら……どうしよう……
いや、そんな事ある訳がない。 夢は夢だ! それ以上でも、それ以下でもない。
でも……もしかすると……
いや……しかし……
何も考えまいとすればする程、不吉な考えが頭を過ぎる。 無理矢理、眠ってしまおうと、何度も寝返りをうつが、無駄な抵抗だった。 頭の中で、グルグルと夢の中で見た、樹神 理恋と女性給仕の最期の顔が回る。
…………
チュンチュン
どれくらい、布団の中でもがいていたのか……外から雀の鳴く声が聞こえ始めた。
結局、いろいろと考えてしまい、眠れないまま、朝を迎えた僕は、ようやく朝が来てくれた、と、なんの意味もない安堵を感じたのを最期に、ようやく眠りについた。
◇ ◇ ◇
「おはよう」
昼前にようやく目覚めた僕は、土間で食事の準備をしていた妻の絹代に声を掛けた。 酷く頭が重かった。
「おはようございます。 また、随分、うなされてましたよ」
「あぁ、酷い夢を見た気がする……」
「本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫。 次の小説のネタが思いつかなくてね……。 多分、そのせいだ……」
もちろん、嘘だった。 気を紛らわすために、水を飲みながら、絹代と話をする。
「あ、そうそう。 今朝、また、遺体が見つかったそうですよ」
「え?」
「前の時と同じで、また、首をバッサリと斬られていたそうです。 ……なんだか、この辺も物騒になっちゃいましたね」
「え?」
「あ、でも、今回の遺体は、身元がすぐわかったそうですよ。 なんて言いましたっけ? 三郎さんが、よく行く……ほら、昨日も久古さんと行ってらした喫茶店の……なんて言いましたっけ? はいからな名前の……。 とにかく、そこの給仕をやっていた女性だったそうですよ」
「え?」
僕は、絹代の言葉で、ぐにゃりと目の前が歪んでいくのを感じた。




