表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
書《しょ》の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/191

秘密

「あの遺体は……樹神 理恋……のものでした」


 その言葉に、目の前が真っ暗になる。 と、同時に溢れてくる様々な感情。


 どういうことだ?


 あの遺体が樹神 理恋?


 樹神 理恋を殺す夢を見た日に、本人も死んだ?


 やはり、あの生々しい夢は……現実?


 自分は、いわゆる夢遊病患者というやつなのか?

 いやいや、ありえない。


 実際、気が付いた時は、布団に入っていたじゃないか……


 ……そもそも、久古君は、警官に向かって首を振っていたじゃないか……


 そうだ! なにかの間違いだ!


「……え?」


 グルグルと回る思考の中で、ようやく絞り出せた言葉が、たったの一文字だったというのは、我ながら情けない……。


「いや、ですから……あの遺体は、樹神 理恋のものだったんですって」


「いや、だって……え?」


「……先生、お気持ちはわかりますが、落ち着いてください」


「いや、だって……え? さっき、君は警官に首を……振っていたじゃないか? え? あれは、知り合いの遺体ではなかった……ということじゃないのか? え?」


「……確かに僕は、首を振りました。 でも、あの遺体は、樹神 理恋のものだったんですって」


「え? なんで? なんで、遺体が樹神 理恋のものだとわかったのに、警官に首を振ったんだい?」


「……面倒事に関わりたくなかった……というのが一つ。 そして、実際、僕は彼女の事を名前しか知らないんです。 どこに住んでいるのかも……。 名前だって、彼女がそう名乗っただけで、本当は違う名前かもしれません。 ……というのが、一つ。 ……以上二点から、あそこで、遺体の身元を知っていますと言うのは、得策ではない……そう判断しました」


「………………」


「……彼女の首は、真一文字に切り裂かれていました。 ……先生の書いた『赤い外套の怪人』と同じ手口です。 ……そして、犠牲者は先生に近しい人物……。 僕の言いたい事……わかりますか?」


 項垂れて、地面を見つめていると、久古君の言葉が響く。 まるで、僕を責めているような口調に聞こえる。


 やはり、彼も、樹神 理恋を殺したのは僕かもしれない、と疑っているのだろう……


「いや……、僕は……」


「犯人は、『赤い外套の怪人』の読者です。 しかも、先生に対して、強い執着を持っているかもしれません」


「え?」


 言い淀んでいる僕に、久古君が意外な言葉を続けたせいで、思わず間抜けな声が漏れる。


「犯人は、『赤い外套の怪人』を真似て、最近、先生のお宅に入り浸っていた樹神 理恋を殺した。 これは、先生への歪んだ執着にちがいありません」


「……執着?」


「はい。もしかすると、自分の存在を先生に知って貰いたかったのかもしれません」


 そうなのだろうか? いや、そもそも、僕は、そこまで読者に影響を与えるような作品を書けているのだろうか?


「ともかく、しばらくはご家族の事も気をつけなければいけないかもしれません。 ……もちろん、先生自身も……」


「…………」


 久古君は、そう言って去っていった。


 ……夢は夢だったのだろうか?


 僕は、久古君の言葉にホッとしてしまっている自分に……、なにより、あれほど慕ってくれていた相手の死を聞いても、自分の事しか考えられない自分が情けなく思えてきて、複雑な気持ちを引きずりながら、家路へとついた。


 一ヶ月後、久古君が突然、パウリスタ(当時流行った喫茶店)へ行かないか、と誘ってきた。


「たまには、例の犯人の事は忘れて、息抜きをしましょう。 経費で落としますから」


 それは、樹神 理恋を殺した犯人の影に怯え、家族と自分の安全に神経をすり減らした僕を気遣っての事だった。


 だが、僕が気落ちしている理由は、彼が見立てたものとは少し違う。 そう、あの日、あの夢を見たせいで……自分が犯人なのではないか? という考えが頭の片隅に居座り、離れないのだ。 あの……夢で樹神 理恋の首を切った感触が……忘れられないくらいの生々しい夢……


「さぁ、先生の好きな珈琲ですよ」


 若く可愛らしい女性給仕が、温かい珈琲を運んできたのを見て、久古君はわざとらしく明るく振る舞った。


 午後の店内は、珈琲を楽しむ人々で賑わい、誰もが楽しそうに語らい合っていた。 僕も、久しぶりの珈琲に高揚しながら、カップを口元に運ぶと、珈琲の魅惑的な香りがフワリと鼻腔をつく。 その香りにふっと身体の力が抜ける。 そっと口に流し込むと、珈琲の苦味と熱が口内を刺激してくる。


 やはり、珈琲はいい。


 珈琲の香りで、ふと気持ちが緩むのがわかる。


「少しは元気出ましたかね。 久しぶりに見ましたよ。 先生の笑顔」


 見透かされたように、そう言われて、思わずカップを置く。 寛いでいる場合ではないだろうに……と。


「やっぱり、心配ですよね。 ご家族のこと……。 でも、大丈夫ですよ。 警官も無能ではないですからね。 きっと、早いとこ犯人を捕まえてくれますよ。 まぁ、未だに遺体の身元が特定できないようですが……」


 久古君の言葉に、元気付けたいのか、不安にさせたいのか、わからなくなる。


 久古君が心配してくれるのはありがたいが、僕の悩みは、少し違うのだ……。 いっそ、久古君にこの悩みを打ち明けてみようか? 僕は、衝動的に話してしまいたくなる気持ちをぐっと抑える。


 もちろん、そんな事をしたら、流石に久古君も僕を疑うだろうし、警官に通報されるかもしれない。 もしかしたら、黙っててくれるかもしれないが、それでも、確実に彼は僕の事を恐れる事になるだろう。 夢遊病で人を殺す奴なんて、僕だったら関わりたくない。


 しかし、秘密というものは不思議なもので、誰かに知られてしまうと不味いもの程、誰かに聞いて欲しくなるものだ。 それが、一人では抱えきれない故なのか、罪悪感からなのかはわからないが、この悩みを彼に打ち明けたら、楽になるんじゃないか……。 そんな思いが頭を支配する。


「違うんだ……。 もちろん、家族の事は心配だ。 それはそうなんだが……。 それとはまた違うんだ……」


 机に置いたカップを見ながら、絞り出すように声を出す。 もう後戻りはできない……。 僕は、まともに彼の目を見ることができないまま、彼女を殺したのは自分かもしれない……と、悩みを打ち明けた。


 話している間も、僕は彼の目を見ることが出来なかった。 時折、彼が珈琲を啜る音が聞こえた。


「やっぱり珈琲は苦いですね」


 僕が全てを打ち明けると、彼は静かにそう言った。


「……僕の話を聞いてたかい?」


「えぇ、もちろん聞いてましたよ。 でも、先生。 先生のそれは、ただの夢ですよ」


「いや、しかし、随分と生々しい感触が……今でも時折、思い出すんだ。 あの時の感触が……」


「まぁ、そういう夢だったってだけの話ですよ。 まず、先生にそんな超常の力はありません。 もし、あったら、三文怪奇小説なんて書いてるわけないじゃありませんか? だって、いくらでも悪用し放題なんですから……」


 そうだ……。 夢では不可解な力で、樹神 理恋の動きを止めていた……。 確かにそうだ。 僕に、そんな力はない……。 そりゃそうだ。 あんなのは創作の中だけの話だ。


 久古君の言葉に、目から鱗が落ちる。


 なんで僕は、アレが現実かもしれないなんて思ったのか……。そんな事があるわけないのだ。 あんな超能力なんて、僕が使える訳がないのだから……


「はは、確かにそうだ。 うん……。 そりゃそうだ。 ある訳がないじゃないか……」


 急に世界が色めき始めたような、浮き足立つというか、いてもたってもいられないような不思議な感覚を覚える。


 そんな僕の目の前には、大好物の珈琲が……


 僕は、重い荷物から開放されたような気持ちで、珈琲を堪能し始めた。


「まぁ、実際はあるんですがね……。 常識じゃ語れないような出来事って奴は……」


 久古君が、小さな声でなにか呟いたが、開放感に満たされていた僕の耳には届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ