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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
書《しょ》の章

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赤い外套の怪人

 静寂に包まれた夜の闇の中、薄暗い街灯に照らされた一人の男がいた。


 男は、軍帽と軍服に身を包み、黒い外套を羽織り、両手で軍刀を持っていた。 男は、軍刀を一定のリズムで地面に叩き、その鞘と地面の奏でるカツカツという音だけが闇夜に響いていた。


 何者だろう?


 と、近付くと、遠くから見た時は、黒に見えた外套は、近くで見ると血で染まったかのように不気味な赤黒いものだった。


 不思議な事に、服装ははっきりと見えるというのに、その顔は影に包まれて、よく見えない。


 もっと、近付かなければ……


 そう思い、歩を進めようと……


 ◇ ◇ ◇


「……なた! ……あなた! 大丈夫!?」


 その声に目が覚める。 寝惚けた目に映るのは、心配そうに見詰めてくる妻の絹代(きぬよ)の顔だった。


「ん? あ……あぁ、大丈夫だ……。って何が?」


 そう言って、冷たく身体にまとわりつく寝間着の感触で、自分がひどく汗をかいている事に気付く。


「……随分、うなされてましたよ。 ……ここ最近、よくうなされてますけど……。 今日は特に酷かったので、つい起こしてしまいました。 ……本当に、大丈夫ですか?」


 そうだ。 僕は夢を見ていたのだ。 ここ、最近、久古君と樹神君に詰め寄られて、『赤い外套の怪人』の話を考えていたせいだろう。


 しかし、軍服か……。


 夢で見た赤い外套の男の姿に、自分が世間の噂話の影響を受けていることに気付き、思わず苦笑する。


 1918年に始まった連合各国によるシベリア出兵。 1920年に、他国が撤兵を決める中、日本だけは一年経った今でも、駐留を続けていた。

 ここ最近、シベリアでの成果が芳しくない事や、諸外国からの評判が良くない事から、近々、シベリアに派兵された者達が戻ってくるのではないか? と、期待を込めた噂が流れるようになっていた。


 夢に出てきた男が軍服に身を包んでいたのも、きっと、そんな噂話を聞いたせいだろう。


「絹代、心配掛けてすまないね。 でも、本当に大丈夫なんだ。 あと、すまないついでに、新しい寝間着を出してくれないか? どうも寝汗がすごくてね……。 このまま、寝たら風邪を引いてしまう」


 絹代が寝間着を準備している間、隣で寝ている息子の正一(しょういち)の寝顔を見る。 もうすぐ四歳になる正一は、可愛い寝顔でスヤスヤと眠っていた。 こういう何気ない時間に、幸せを感じてしまう。 絹代と正一のためにも、早いところ大文豪にならないと……


 ◇ ◇ ◇


「なるほど、軍服ですか……」


 翌日、いつものように用を見つけてはやってくる久古君に昨晩の夢の話をすると、久古君は、顎に手を当てて考え込んでしまった。


「いやいや、夢といえども、なかなか侮れないですね。 きっと、先生の中で『赤い外套の怪人』が完成されつつあるのでしょう。 いいじゃないですか。 その軍服に赤い外套という姿は、採用しましょう」


 しばらく、考え込んだ久古君は、今まで赤い外套しか、特徴のなかった怪人の姿が固まってきたのだと、そう笑った。


 なるほど、言われてみれば、夢の中の顔の見えない男は、今考えると、かなり不気味だった。 きっと、この方向性で問題ないのだろう。


「では、凶器も軍刀に決まりということですわね?」


 これまた、いつものように樹神君が合流し、いつもの『赤い外套の怪人』談義が始まった。


「先生の言う通り、『赤い外套の怪人』に呼びかけられた者が、翌日に喉を掻き切られ、まるで赤い外套を羽織っているかの姿で発見される。 ……というのも、噂話や怪談話では、ありなんですがね……」


 久古君の提案は、被害者が殺害される場面もしっかりと書いた方がいい、という事だった。 彼は、噂話や怪談であるならば、余韻を含めて、簡潔にそこで終わればいいが、これは怪奇小説なのだから、と続けた。


「せっかく、椿先生が怪人ものを書いてくださるんです。 僕の責任でなんとか、増ページを勝ち取ってみせますから! できるだけ、迫真の場面をお願いします」


「……しかし、……大丈夫だろうか? 読者は不快にならないだろうか?」


「大丈夫ですよ。 それに、先生の持論でいけば、不快こそが怪奇小説じゃないんですか?」


「……確かに、そうなんだが……」


「大丈夫ですって!」


「……ん、わかった」


「あ、じゃあ私、被害者の役やりますよ」


 殺害の場面を書く事が決まると、やけに嬉しそうに樹神君が手を挙げた。


「被害者の役?」


「ええ、現実性を考える際に、実際に被害者の役を用意して、その殺害方法が実現可能か考えるのが一番だと思いますの」


「……例えば?」


「そうですわね。 例えば……」


 そう言いながら、樹神君が近寄ってきて、私に背を向けた形で密着してきた。 樹神君の長い髪がフワリと鼻先に当たり、若い女性のいい香りが鼻腔を刺激する。


 樹神君は、後ろ向きで、その柔らかい手で僕の手を取り、自分の首付近に持っていく。


「こうやって、後ろから首を切る際に、被害者が暴れたらどうする……とか……」


 そう言って、不意に振り向いて、僕の首に寸止めの手刀が当てられる。


 そこで舌を出して微笑んだ樹神君の大きな瞳が間近に迫る。 絹代以外の女性と、ここまで接近したことはなかったため、心臓がバクバクと音を立てる。 僕は、その心臓の音が、彼女に気付かれぬよう、そっと彼女から離れた。


 その後も、話し合いは続き、時には被害者役となった樹神君に密着されたりしながら、『赤い外套の怪人』の設定は出来上がっていった。


 殺害時もまた、超常の力を発揮し、手足の自由が利かなくなる、という形になった。 これは、手足の自由を奪うために縄を使うのは、三人の美学に反したからだった。 要は、怪人が被害者を殺害した後に、ちまちまと縄を外す姿など、想像したくなかったし、読者にも想像させたくなかったのだ。


 また、出血を赤い外套に見立てるため、被害者を寝かせた状態で、首を切るという案も出たが、これも却下された。 不思議な力で動けなくなった状態で、背後から首に軍刀が当てられる方が、より恐怖を感じるであろう、という理由からだった。


 他にも、首を切った際に血が激しく吹き出る事が想像出来たが、それで、本当に出血を外套に見立てる事ができるのか? という議論も、今さらながら出た。 だが、そこは実際に見たことがないのでわからないし、実際にどうなるのかを知っている人間は、滅多にいないし、いたとしても塀の中だろうという事で、そのまま進める事となった。


 こうして、三人で意見を出し合いながら、神出鬼没の『赤い外套の怪人』の設定は完成し、『青ゲットの殺人事件』の時効から、ちょうど一年の1922年の2月に本誌へ掲載することが決まった。

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