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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
書《しょ》の章

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選ばれた男

 ……有り得ない……


 霊感がない? そんな人間が、この世にいるのか? 私は、目の前の若者が、まったく理解出来ませんでした。


 言葉もなく、若者を見詰めていた私の身体に、異変が起きました。 全身から力が抜け、脇腹に激痛が走ったのです。 本に憑かれてから、妖との戦いの最中に、激しい痛みを感じたのは、それが初めてでした。


「……ぐっ!」


 思わず、呻き声が出ました。


「大丈夫か? やっぱ、救急車呼んだ方が良くね?」


 若者の呑気な声に苛立ちを覚えながら、その顔を見て、違和感に気付きました。


 ……眼鏡?


 いつの間に掛けたのか、若者は眼鏡を掛けていました。


 おかしい……。 何か……おかしい……


 痛みに耐えながら、そんな事を考えていると、若者が不意に声を上げました。


「うをっ! なんだ! この扇子!」


 どうやら、宙に浮かぶ、妖の操る扇が目に入ったようでした。 その声を合図にしたかのように、扇が若者を再び襲いました。


「げっ! 危ねっ!」


 若者は、間一髪で、扇を避けました。


 私には、何が起きたのか、さっぱりわかりませんでした。 どうやら、急に妖の攻撃が視えるようになった……。 そんな感じでした。


 ……翁が何かした?


 私は、社で舞っている翁を視ました。 奴は、ずっと、舞を舞っているだけで、何かしたような様子はありませんでした。 そんな私の視線に気付いたのか、若者が社の方を向きました。


「……なんだ……ありゃ」


 今度は、妖の姿も視えるようになっていたようでした。 そんな若者に扇は、容赦なく襲いかかりました。 急に扇が視えるようになった原因はわかりませんが、視えるということは、霊感が全くない訳ではないという事ですので、今度は扇がすり抜ける事はないのではないか? ……そう思いました。


「危ない! 避けろ! ……ぐっ」


 私は、痛みを堪えながら叫びました。


「えっ? げっ!」


 若者は、私の声で、ようやく扇の存在に気付きましたが、その時点での回避は不可能でした。 二つの扇は回転しながら、若者の胸に飛び込みました。 今度こそ、殺された……。


 私は、そう思いました。


「うぎゃあ、(いった)……く……ない? なんだこれ? プロジェクトマッピング?」


 驚いた事に、またもや扇は若者の身体をすり抜けたのです。


 まったく、訳がわからない……


 そう考えたところで、ふと我に返りました。 この若者に攻撃が効かないというのなら、それはそれで不思議な事ではあるが、放っておけばいい。 とにかく、あの翁を倒さなければ……と。


 私は煙管を出して、再び煙を纏おうとしました。


 ……


 煙管は出ませんでした。


「は?」


 私は慌てて、腰を触りました。 そこで私は心臓が止まるかと思いました。 なんせ、そこにあるはずの本がなかったのですから……


 私は、どうしたらいいか、まったくわからなくなりました。 妖と対峙してきた長いキャリアの中で初めての事でした。 その時、私の目に信じられないものが見えたのです。


「……おい、君! その脇に挟んでるのはなんだ?」


「へ? 脇? あ、ホントだ。 なんだこりゃ? いつの間にこんなの……」


 若者は、脇に挟んでいた赤い本をつまみながら、訝しげな声を上げました。 その本は、私に憑いていたはずの本だったのです。 その時、ようやく私は全てを理解しました。 私に憑いていたはずの赤い本は、いつの間にか、宿主を目の前の若者に乗り換えたのだ……と。


 ……と、なると。


「眼鏡……」


「え?」


「君の掛けている眼鏡は、君の眼鏡かね?」


「眼鏡? なに、言って……。 え? 眼鏡? なんで? いつの間に?」


 その反応から私は、おそらく、その眼鏡は、赤い本が宿主を変える度に生み出すアイテムなのだろうと考えました。 私の時は、思い通りの符を創ることのできる筆でした。 今回のアイテムの効能は、目の前の若者に、人ならざるモノ達の世界を見せることなのどろう。 そう理解できました。


 と、同時に、戦慄を覚えました。 やはり、目の前の若者は、霊感がまったくないのだ……と。 それよりも、なにより恐ろしかったのは、その赤い本の執念でした。 理論上、霊感ゼロの若者には、妖の攻撃は効きません。 ですが、若者からも妖へ攻撃する事ができないはずなのです。 しかし、赤い本が憑く事で、妖へ干渉可能な煙管や筆で作成した符を使えば、自分は攻撃をうけないが、妖へは攻撃可能というチートを誕生させる事が可能になるわけです。


 ……霊感ゼロの若者に憑く事が出来れば……の話です。


 通常なら有り得ない事です。 でも、それを可能にした赤い本に私は戦慄を覚えたのです。 そいつが妖を激しく憎んでいるのは知っていました。 そんな有り得ない事を可能にしてしまうほどの執念を感じて戦慄を覚えたのです。


「……煙管」


「は?」


「煙管は出せるか?」


「ちょっと何言ってるかわからないんだけど……」


「イメージしろ。 煙管を持つイメージだ。 ……そのビニール袋は、一旦、私が預かるから……。 赤い本は手放すなよ?」


「煙管って、時代劇とかで吸ってる煙草……の事……だよな?」


「そうだ。 いいから、私を信じて、イメージしてみてくれ! あ、あと、その赤い本は絶対に手放すなよ」


 私は、訝しがる若者からビニール袋を預かりました。 中には、缶ビールが二本と軽いおツマミが入っていました。


 若者は、ビニール袋を手放した右手を見詰めました。 すると、煙管が出現しました。


「おっ! なんだこりゃ。 ……手品?」


「……手品じゃない。 いいか? よく聞け? 君は、とうやら、その赤い本に選ばれたようだ。 自分の意思で自由に出せるのは、その眼鏡と……今、君が出した煙管。 そして、筆だ」


「なんだ、その地味なレパートリー……」


「煙管は、妖……あそこで翁の面を被って踊っているようなこの世のものではない存在だ。 その妖に干渉する事ができる。 その煙管で叩いてもいいし、煙管を吸って出てくる煙も、ある程度、自在に動かせるだろう。 ……まずは、君の周りをウロチョロしている扇を、その煙管でなんとかてきるか試してみてくれ」


「煙管を吸う……って、火は?」


「火はつけなくても大丈夫だ。 そいつは煙管に見えても、現実の煙管とはまったくの別物たから……」


「……肺に入れても大丈夫なん?」


「大丈夫だ。 いいから、試してみてくれ」


 若者は、しばらく思案した後、宙を舞いながら、襲ってくる扇を煙管で叩き落とした。


「げっ! 当たった! プロジェクトマッピングじゃなかったんだ……。 え? マジで妖……妖怪って奴?」


 私は、その光景を見て純粋に驚きました。 それ程長いわけではない煙管で、素人が回転しながら飛んでくる扇を叩き落とせるとは思っていませんでしたから……。 かなりの動体視力と運動神経がないと、初めてやって出来るものではありませんから……。


「じゃ、今度は煙だ」


 上手く叩き落とせた事で、調子に乗ったのか、新しいおもちゃを試すかのように、若者が未だに宙を舞っている扇に狙いを付けて、煙管を咥えました。


 ふう。


 吐き出された煙は、まるで蜘蛛の巣ような形で取り囲み、そのまま扇を捕らえました。


 すごい……。 いとも容易く使いこなしている……


「おぉ、すげぇ! マジだ! しかも……この煙……味がしねぇ!」


 無駄に興奮している若者を見て、この若者なら、社で舞っている翁も容易く倒せるのでは……。 たとえ、神に近い存在だったとしても……


 ……そう確信しました。

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