Shall we dance?
リーズナブル……。
和泉さんの話を聞いていたせいで、すごく胡散臭く聞こえる。 少なくとも1,000万円……確かに和泉さんは、そう言っていた。 僕は、意を決して訊ねる。
「リーズナブルって……、おいくらなんですか?」
「せやねぇ……、ズバリ1,000万!」
やはり……。 どこがリーズナブルやねん!? と、こちらもエセ関西弁で突っ込みたくなる。
「……と、言いたいとこやけど、学生さんやし、500万でええよ」
いきなり半額!? 僕は思わず修蓮さんを見る。 修蓮さんも驚いた顔をしているが、こちらの視線に気付いて口を開く。
「権ちゃん、航ちゃんは、まだ20歳なのよ? もうちょっと安くしてくれるとありがたいんだけどなぁ」
権ちゃん? ……あぁ、名無しの権兵衛だから、権ちゃんか。
「修蓮さん、これがどんだけ譲歩した金額なのかは、修蓮さんならわかるやろ? 鬼級とは言え、担当する法師は命懸けやねんで? 下手したら、死んでまうような仕事をすんねんで?」
そう言われて、自分の想像力が弱かった事を思い知る。 鬼退治も命懸けなのだ。 縁もゆかりもない人間を命懸けで助けるのだ。 そりゃあ、それなりの報酬を請求して然るべきなのだろう。 僕は高額だと、こちらの都合だけで考えていた自分を恥じた。
「それでも……」
「わかりました。 すぐには、お支払いできませんが、何年経とうと必ずお支払いします」
それでも、ネゴしてくれようとした修蓮さんの言葉を遮って、支払いの意思を告げた。
「ま、本来は、即金やないと引き受けんのやけど、巫女さんに見込まれる程の、その将来性を考えて、引き受けよか? あ、今のは駄洒落ちゃうで? ……でも、利子はちゃんと取るから……」
修蓮さんが何か言いたげに営業を見る。
「言いたい事はいろいろあるんやろうけど……、うちらも昔のまんまやないってことや。 何処かのマンガの無免許医師みたいに、ただ吹っ掛けりゃええ、ちゅうんはもう卒業や」
それを聞いて、修蓮さんも納得したように頷いた。
「航ちゃんが良ければいいわ、それで」
契約さえ結べば、明日には法師を一人派遣できるとの事だった。 あくまで営業は営業であり、鬼退治するのは法師の仕事なのだと、営業は笑った。
「ほな、早速、契約書……と思ったけど、ちょっと場所を変えよか?」
「……来るわね」
営業が脇に置いているリュックを漁る手を止めて、急に場所を変える提案をしたすぐ後、修蓮さんが呟く。
「確か、修蓮さんとこは結界が張ってあったよね? ほな、そこで契約手続きしよか?」
僕らは、逃げるように会計を済ませ、駐車場へと向かった。 駐車場に着いたところで、空気の温度が下がった……。
「……あかん、間に合わんかった……」
営業が忌々しそうに呟く。 駐車場の入口には、アレがいた。 アレ、すなわち巫女だ。 営業の話を聞いたせいで、哀れな少女にしか見えない。 その少女がユラユラしながら、こちらを見て立っていたのだ。 ……大変だったね、苦労したんだね、と駆け寄って声を掛けたくなるが、その滲み出る瘴気は僕にとっては害にしかならないのだ。 思わず、奥歯を噛み締めてしまう。
「ギギッ……」
少女は、笑うように嫌な音を立てる。 ペタリ……と聞こえてきそうな動きで、こちらに一歩踏み出した。 瞬間、少女は駆け出す。 営業に向かって一直線に。
「修蓮さん、手ぇ出さんでね。 こんくらいなら、営業の自分でも追い払えるレベルや」
そう言って、いつの間に出したのか、霧吹きを少女の方へ向けていた。 シュッ、霧吹きから何かの液体が少女に向かって吹かれた。
「小便や。 朝一の新鮮一番搾りやで」
悪霊は、穢れを嫌がる……と、修蓮さんがちょっと嫌そうな顔で解説してくれる。 自分自身が瘴気を纏った穢れた存在なのに、穢れを嫌がるとは不思議な話だ。 まぁ、普通に生きてる人間でも、小便を掛けられるのは嫌に決まっているのだが……。
少女は、しゃがむようにその液体を避けると、そのまま営業に足払いをする。 おわっと言いながら、飛び跳ねて避ける営業に追撃するかのように、少女が右手を営業の胴体に向かって突き出す。 ……が、営業がジャンプ中に霧吹きを吹いたため、少女は腕が営業の身体に届く前に後ろに飛び退いた。 まるでダンスをしているように両者が軽やかに動いている。
「なんや? えらい好戦的やん。 そんなに彼とお別れするんが嫌なんか?」
営業が挑発するように少女に向かって呟く。 少女は小首を傾げるような動きをした後、再び営業に向かって一歩を踏み出す。 その一歩で一気に距離を詰めて、再び手を伸ばす。 営業は身体を捻るように、それを避けて霧吹きを吹く。 今度は少女が飛び跳ねる。 そのまま、バリ掻くような動きで腕を営業の頭に振り下ろす。 ……が、その身体に営業が捻った身体を利用して、後ろ回し蹴りを放った。 その蹴りは、少女の身体にモロに入り、少女は僕と修蓮さんの方へ飛んでくる。 修蓮さんが慌てて、僕と少女の間に立つ。 その手は人差し指と中指を立てた印(?)のような形で構えられている。
「……ギギ……あ、あ〜……」
片手を地面に付きながら着地した少女が声を漏らす。
(あ〜、聞こえる? 聞こえたら小さく頷いて)
突然、頭の中に少し高めの聞き覚えのない声が響く。 僕はよくわからないまま頷く。
(これは念話だから、声も口調も違って聞こえるかもしれないが、こいつを倒すための大事な話だから、しっかり聞いてほしい)
思わず、営業の方を見るが、営業は気にする素振りもなく、少女を睨んでいる。 普段もエセ関西弁なんか使わずに、念話みたいに普通に喋ればいいのに……。
(あの女の額にある黄色い札を剥がしてくれ。 要にある、あのお札だけが他のと流派が違ってて、全体の効果を阻害している。 あれを剥がせば、奴は動けなくなるはずだ)
……なんて無茶振り!?
(大丈夫。 俺が奴の気を引いている間に頼んだぞ)
少女は少し警戒しながら営業を見ている。 僕は、修蓮さんの影に隠れながら、少しずつ少女の方へと、にじり寄る。
少女が、営業に飛び掛かろうと、両手を前で構えながら前傾姿勢になる。
「……そろそろ退散してくれへんかな?」
営業が、リュックから素早くお札のような物を取り出す。
「『山』の法師特製の符や」
動きを止めた少女が、大人しくそれを見て、小首を傾げている。 隙だらけだ……。
今だっ!
僕は、一気に少女に飛び掛かり、額の黄色い札を剥がし、そのまま前回り受け身の要領で、修蓮さんと反対の方へ転がる。 思った以上に上手くいった。 これは、自分で自分を褒めてやりたい!
「やりましたよ!」
僕が、獲ったど〜と言わんばかりの勢いで、営業に向かって剥がした札を掲げて見せた。
「はぁ!?」
「なん……で……?」
営業と修蓮さんの反応がおかしい……。
「ギギ……ギ……あ、あぁぁぁああぁぁ!」
少女が叫びながら天を仰ぐ。 そして次の瞬間、僕は言葉を失った。 少女に貼られていたお札が、バサバサと音を立てて、全て剥がれ落ちたから……。
「ギッギギ、……ありがとう。 ……やっぱり、貴方は私の光だった」
少女は、微笑みながら流暢に話し掛けてくる。 先ほど念話と言って頭の中に直接話し掛けてきた声と、そっくりなその声で……。
途端に、全身に激痛が走る。 右腕からも左腕からも血が吹き出ている。 思わず、痛みで悶絶してしまう。
「あかん……。 こりゃ……国滅級や……。 隼部隊でも、キツいかもしれん……」
営業が青い顔をして、ブツブツと呟いている。
「……真ちゃん、連れて来なくて良かったわぁ」
修蓮さんがヘタリ込むように座って嘆く。
きっと、僕が騙されたせいで……、僕らは終わるのだ。 この喫茶店の駐車場が、人生の最期の場所なんだ。 そう、僕のせいで……。
……そして、僕は途方に暮れた。




