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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
呪《じゅ》の章

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クラゆめ

 山村と共に部屋を出た僕は、『山』の宿舎へと向かっていた。


「……そんなに一人で会うのが嫌な人なんですか? その楠瀬って人……」


 道中、思わず訊ねてしまった僕に、山村がため息を着く。


「一ノ瀬君、申し訳ないけど、タバコ吸いたいんで、ちょっと喫煙所に寄っていいかな?」


 山村は僕の返事を待たずに、道を逸れて、灰皿のある一角へと向かった。 山村は、灰皿に着く前から、タバコの箱を取り出し、一本口に咥えた。


 カチン


 山村は、灰皿に着くなり、準備していたオイルライターでタバコに火を着けると、ふぅと煙を吐き出した。


「さっきの質問だけどね。 まぁ、正直、俺は苦手なんだよ。 別に呪い体質とか、そういうのを抜きにしても……苦手なんだよ」


 山村は、煙を吐き出しながら呟いた。


「まぁ、ぶっちゃけ、他のメンバーもあいつを苦手としている奴は多いよ。 部長だけは、面白がってるみたいだけど……。 ま、会えば、わかるよ」


 思わず、僕はキキと顔を見合わせる。 そんな事を言われて、『会うのが楽しみだ ♪』などと思える訳もなく、僕の心まで重くなっていった。


「まぁ、あんま気にしないでいいから。 あ、そうそう、今から行く宿舎には、柊弟も住んでるんだぜ?」


 柊弟……話には聞いた事はある。 確か、『山』のエースと言っていたはずだ。 忙し過ぎて、滅多にここにいないと、與座が言っていた。


「双子って言ってましたけど、やっぱり、似てるんですか? 柊に」


「あぁ……似て……ない……かな?」


 山村が、灰皿に灰を落としながら呟く。


「いや、顔だけ見たら、似てるんだけど……なんというか……雰囲気? 言動? ファッションセンス? 何一つ似てないよね」


 山村の話では、柊弟は、かなり無口な方で、柊のような派手なアロハは絶対に着ないらしい。


「隼斗は、モノトーンが好きだからなぁ。 学生服みたいなのとか? とにかく、あいつが着るのは、黒ずくめが多いかな」


 山村は、そう言うと、まだ長めのタバコを灰皿で揉み消した。


「付き合ってもらって、悪かったね。 さ、行こうか……」


 山村に連れられた先には、大きな5階建てのアパートのような建物があった。 ワンフロアには、6部屋あり、全部で30部屋あった。


「全部、1Kなんだ。 あいつは1階の奥の角部屋に住んでる。 ちなみに柊弟は、3階の奥の角部屋だな」


 山村は、そう言うと、1階の奥の部屋のチャイムを鳴らした。


 ……


 誰も出てこない。 留守なのかな?


 山村は、躊躇いもせずに何度もチャイムを鳴らす。 あまりにもしつこくチャイムを鳴らすので、思わず口を挟もうとした、その時……反応があった。


『……はい』


「俺だ! 山村だ。 中に入れろ!」


『はぁ、……普通に嫌ですけど……』


「いいから、開けろ! 客も来てるんだ」


 あれ? ひょっとして、客って僕のこと?


『……知りませんよ。 今日はオフなんですから。 休みの日まで、山村さんの顔とか見たくないですし、アポなしの客とか……非常識極まりないじゃないですか。 一昨日来やがれですよ』


 プツ


 インターホンの向こうの声の主は、言いたい事を言って、モニターを切った。 ほんの少しのやり取りから、相手の癖の強さが垣間見えた気がした。


「仕方ない……千本ノックだ!」


 山村は、ドアをドンドンと叩き始めた。


「お前が……開けるまで……叩くのを……やめない!」


 どこかで聞いたことのあるようなフレーズを口にしながら、ひたすらドアを叩く山村。 あれ? この人も……ちょっと……やべぇんじゃ……ない?


 カチッ


 ひたすら叩かれるドアの向こうで、鍵を開ける音が聞こえた。


 ガチャ


「マジ迷惑。 山村さんのそういうところ、どストライクで嫌いです。 もううるさいから、さっさと入ってください」


「お前が、さっさと入れないからだろうが……」


 根負けした青年がドアを開けて、招き入れてくれた。 青年は上下、グレーのスウェットで、ボサボサの頭を掻きながら、僕らが入ったのを見て、ドアを閉めた。


「一体、なんなんすか……」


 そして、そのまま玄関から続く通路を通って、奥の部屋へと向かう。 通路には、小さめのキッチンと向かいにはバスルームが見えた。


 奥の部屋には、入ってすぐ横にベッドが置いてあった。 さらに奥には先程まで見ていたのか、テレビが着いており、画面が停止しているところから、DVDか動画を見ていたことが窺えた。 テレビの前には、小さなコタツが置いており、青年……楠瀬 海月は、そそくさとコタツの中に身体を滑らせた。


「……で? 一体全体、こんな休みの日に押しかけてきて、なんの用だって言うんですか? 僕は、久々の休みを満喫しようと、大好きなアニメを一気見しようと意気込んで、この休日と向き合っている訳ですが、それを中断させるからには、さぞかし、緊急性の高い内容なんですよね? あぁ、もし、どうでもいいような内容だとしたら、正直、山村さんの事を呪わざるを得ないですよね? ってか、むしろ、呪われたくて、あんな風に押しかけて来たんじゃないですか? なんすか? あの千本ノックとか、意味不だし、うるさいし、僕じゃなくてもあの騒音には耐えられないですよ。 寮には僕以外にも休みの人とかいる訳ですが、そういう休みを、ただ休みとして、怠惰に暮らしたいという人達のささやかな幸せを、ドンドンドンドンドンとドアを叩く事で、邪魔しまくって、山村さんには人の心がないんですか? 人でなしとは、まさに山村さんのことですよね? いっその事、人でなしって改名したらどうですか? もちろん、苗字が"ひとで"で、名前が"なし"ですよ。 あぁ、そしたら、僕は、山村さんのことを、ひとでさんって呼ばないとですね。あぁ、でもそしたら、なんか山村さんと海の仲間っぽくなっちゃって、気分悪そうですね。 やっぱり、今のはなしで!」


 えぇ? なにこれ……


 なんかこう……自分の言いたい事だけを言って、しかも何を言いたいのか、さっぱり伝わってこない……。 まるで話が通じない……そんな気がしてくる喋り方だった。


 ゲンナリしながら、静止しているテレビの画面を見ると、見覚えのあるアニメのワンシーンのように見えた。 確か、『電気クラゲは夢を見ない』という何年か前にやっていたアニメだ。 確か、通称……


「……クラゆめ……」


 !


 思わず呟いた僕の言葉に楠瀬の目の色が変わるのを感じた。


「クラゆめ……知ってるんですか?」


 一人だけ炬燵に入り、探るように上目遣いでこちらを見上げてくる楠瀬。 そんな僕らを見守るように見てくる山村。


「うん。 二期までは全部見てたから……」


「……三期は?」


「三期は、最初は見てたけど……あんまり面白くなくて、途中から見なくなっちゃった」


 正直に言ってはみたものの、もしかして、虎の尾を踏んでしまったのではなかろうか? さっき、大好きなアニメを一気見しようとしてたと言っていたが、自分の好きなアニメを、あまり面白くなかったから見るのをやめたなんて言われたら、それは嫌な気持ちになるものだ。 少なくとも、僕は……


「やっぱり? そうですよね。 僕も一期、二期は大興奮して見てたんですが、三期は商業主義に走り過ぎたというか、無駄に美少女化した敵役のハンマーヘッドの美少女化や、味方のカツオノエボシのサイボーグ化やら、ちょっと昔からのファンをコケにしているというか……。 ま、確かにパチンコにしたら、ファンが着くかもとか、少しはよぎりましたが、やっぱり、一期、二期が神だった事を考えると、三期はクソそのものでした。 このアニメに僕は、救われたものでして、思い入れがパネェと言いますか……。 実は、僕の名前は海の月と書いてミツキって読むんですよ。 海の月って、字面はかっこいいですよね? 海もカッコイイし、月もカッコイイ。 そりゃ、カッコイイものを重ね合わせる訳ですから、字面は確かにカッコイイですよ。 でもね? クラゲですよ? 海の月と書いてクラゲと読めるんです……。 ね? そりゃ、僕も海と月でクラゲと読むって知った時は、両親や世間を呪ったものですよ。 君、見たところ未成年ではないですよね? じゃ、ビールは飲みますよね? ビールと柿の種って、合うと思いませんか? 柿の種を食べながら、チンカチンカに冷えたルービーを飲む。 これって最高ですよね? じゃ、チンカチンカに冷えたルービーに柿の種を沢山浮かべたら、絶対美味しいって思った事ありませんか? ありますよね? 誰だって、あると思いますよ。 柿の種とビールが好きな人なら誰だって……。 じゃ、実際、やった事ありますか? もちろん、僕はやりましたよ。 えぇ、僕の名前と一緒ですよ。 単品ずつで食したら、最高なのに重ね合わせたらクソになる。 柿の種の味がビールに溶け込んで、普段ならあるはずのビールの苦味の奥にある甘みは、感じる事が出来なくなり、辛味と苦味の混じった、なんとも言えない味の液体が、ふやけたアラレのようなブヨブヨとした物体と共に喉に流れ込んでくる。 もちろん、そいつは噛むことで元はビールだった謎の液体を吐き出す訳ですよ。 バッチリ染みてるわけですから……。 えぇ、まさに後悔先に立たずとは、この事ですよ。 僕は、もう二度と、ビールに柿の種を入れて飲もうなどとは思いません。 何が言いたいかと言うと、海と月は、ビールと柿の種なんですよ。 大事な事なので二回言いましょう。 海と月はビールと柿の種なんですよ。 混ぜるな危険ですです。 そんな風に、僕は自分の名前が大嫌いで仕方なかったんです。 そんな僕を変えてくれたのが、クラゆめな訳ですよ。このアニメのおかげで、クラゲって読める海月って名前でも、悪くないかな? そんな風に考えるキッカケを……ってか、そういえば、君は誰?」


 永遠に続くかと思えた楠瀬の言葉が止まる。 よかった。 明けない夜はないとは、この事だ……。 …そこまで考えて、なんか自分の思考まで楠瀬に引っ張られてるような気がしてきた。


「えっと、僕は一ノ瀬。 一ノ瀬 航輝。 楠瀬さんの呪いを解いて欲しくて、山村さんと来ました」


 僕の言葉を聞いた楠瀬は、キョトンとした顔をした。 ちなみにチラリと横目で見ると、山村もキキも、かなりゲンナリしている様子だった。

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