エセ関西弁使い(キツネ目)
……流行ってるのか!?
目の前で、クリームソーダのアイスを味わっている男を見て、突っ込みたくなる。
僕は、修蓮さんと『山』の人と会うために、この付近唯一の喫茶店に来ていた。 夏休み中なので、午前中は孫を連れた老人が多く訪れているらしい。 修蓮さんは除霊の仕事が入っていたが、『山』の人と会うという事で、和泉さんに仕事を丸投げして、付き合ってくれたのだ。
「あ、どうも。 『山』の営業っすわ。 修蓮さん、お久しぶりやね」
男は、軽薄そうに言いながら名刺を渡してくる。 何故か名刺には、『山』という組織名と営業部主任という役職しか書かれていない。 肝心な名前がないのだ。 これ名刺? それとも、名前がないから、ただの刺?
「いやぁ、妖によっては名前とか出身地とか知られるとやばいやん? ま、名無しの権兵衛って呼んでくれたらええよ」
カラカラと笑うその男は、僕より少し年上だろうか? 黒髪を無造作にセットした、細いキツネ目が特徴の男だった。 左耳にお札をモチーフにしたようなチャームのついたピアスをしている。 何より気になったのは、その喋り方だ。
……なんだろう? 中学の同級生で、そっちの方がウケるからと、関西とは縁もゆかりもないのに何故か関西弁を喋る奴がいたが、そんな感じのエセ関西弁を巧みに操っているのだ。 言動から出身地を悟らせないための工夫なのだろうとは思うが……、胡散臭さが香ばし過ぎる。
「さて……と、結論から言うと、憑いてんのは『鬼』やね」
細目の営業は、アイスを食べ終わって緑色のソーダに取り掛かりながら話し始めた。 動くたびに耳についたチャームがユラユラ揺れて気になる。
人のタマシイというのは、『魂』と『魄』によって構成されていると言う。 人が死ぬと、『魂』はエネルギーとして天に還り、循環し、再利用される。 輪廻転生があると言われるのは、この『魂』の事らしい。 一方、『魄』は記憶であり、データなのだと言う。そして、霧散して地に還る。何のために地に還るかは不明らしい。過去に「まるで、この世界の観測者にデータを送っているかのようだ」と偉い霊能者が言った事があるらしい。
そして、本来ならすぐに霧散して地に還るはずの『魄』が、様々な理由でそのまま漂ってしまう場合があり、その状態が、所謂『霊』と言われる状態だと言う。
『魄』は基本的に、場所に、物に、人に憑く死者の記憶で、悪さはしない。 いや、出来ないと言った方が正確だと言う。 なぜなら、『魄』はただの記憶で、生者に干渉する事がない。 姿が見えたり、声が聞こえるだけで、気にしなければ問題ないのだそうだ。 たまに敏感な人は、気味の悪さから体調を崩したりする事はあるだろうが、直接、霊達が何かをする事はないのだという。 ただ、そこに在るだけの存在。 それが『魄』だと言う。
そして、その『魄』を媒体に瘴気が集まると、『陰』、もしくは『隠』と呼ばれる妖になるという。 この状態になると、直接、人に攻撃する事も出来るし、纏った瘴気で被害を与える事も出来るらしい。 その『陰』、『隠』は、鬼という言葉の語源となっており、一般的には鬼と呼んだ方が伝わるという事だった。
「修蓮さんのとこでは、わかりやすく悪霊って呼んどるんやろ?」
と、営業が曰う。
ちなみに、瘴気は恐れ、畏れ、妬み、嫉みなど、多くの人の念が基になっているため、人外のモノに会った時に、必要以上に恐れてはいけないとの事だ。 さらに言うと、瘴気は『魄』だけじゃなく、物や動物、人間など様々なものに纏わりつくことで、いろいろな妖、果ては神までも生み出してしまうと言う。 つまり、瘴気を取り込む事ができれば、「俺は人間をやめるぞぉ! ウリィ」とかも言えるかもしれない。 今度、臨太郎に教えてやろう。
そして、修蓮さんのような、所謂『民間』では、『魄』の状態を霧散させる事(払う事)は可能だが、鬼になった物を払うのは難しいだろうという事だった。
「そういうんは、うちらに任せるのが正解やね」
と営業が、もともと軽薄そうな顔を、より軽薄に歪めながら笑う。
「で、とりあえず、旧八又トンネルやったっけ? そこ行ってみたわ」
旧八又トンネルのある八又峠は、遥か1,400年以上昔、『八又九尾』という、尾が9本の巨大な蛇の妖が巣食っていた場所だと言う。 その姿を想像すると巨大な枝毛や田植えの苗みたいな姿を想像してしまい、全然恐ろしさが伝わってこない。
「いやぁ、すごい場やったわぁ。 周りに『魄』も『鬼』も、うじゃうじゃおって、あんな場所で降霊術なんて……、ようやったわ、自分」
その周辺の村に住む人々は、八又九尾が出てこないように、その妖が住む洞窟に中から開かないように岩戸で蓋をしていたと言う。 ……とは言え、そこから溢れ出る瘴気により、赤い発疹から死に至る疫病が蔓延してしまうので、その瘴気を抑えるために、毎年生贄を捧げていた。 若い女性を奉る事で、一年は瘴気が弱まる事がわかっていたから。
そして、ある年……近隣の村の権力者の娘が、生贄のクジに当たってしまった。 そこで、今まで放置していたその問題に、権力者は初めて重い腰を上げた。 それは、まさに生贄モノのテンプレ的展開だ。 ……ベタ過ぎる。
権力者は、近隣にひっそりと住んでいた神官を頼る。 その結果、そこの娘である巫女が生贄の振りをして洞窟に入り、八又九尾を退治するという作戦が立てられる。 ……だが、権力者は村人達にこう説明した。 巫女が娘の代わりに生贄になってくれる、と。
権力者にとって、巫女が八又九尾に勝とうが、負けようが、とちらでも構わなかったのだ。 勝てばラッキーだし、負けても生贄が最後の抵抗をしただけの事。 自分の娘は、死なずに済むのだから……。 あとは、一年以内に離れた地に嫁に出せばいいのだから……。
そして、巫女は村人達に連れられて、八又九尾のいる洞窟へと向かう。 村人達は、普通に生贄としか聞いていないので、巫女が洞窟に入ったところで岩戸が閉められた……。
「と、まぁこんな感じやね。 巫女は、村人達に裏切られたせいで、暗闇の中で妖と闘う羽目になってもうたっちゅうこっちゃ」
なんて壮絶な話なんだろう。 若干、八岐大蛇のパクリに聞こえなくもないが、時代も違うし、あっちは島根県の話だったはずだ。 修蓮さんの言っていた『助けようとした人達に裏切られて死んだ』というのは、そういう事だったのかと納得した。
「で、巫女さんは何とか八又九尾に勝ったんやけど……」
は?
「え!? 勝ったんですか? 暗闇だったのに?」
「まぁ、相手は妖で、巫女さんは霊能者やからね。 霊視しながら闘えば、暗闇でも問題ないやろ?」
「でも……、巫女はそこで死んだんですよね?」
「せやね。 ……ただ、巫女さんの死因は……『餓死』や」
闘いが終わった巫女は大声で叫んでも、岩戸を叩いても、引っ掻いても、村人達の耳には届かず、岩戸が開く事はなかったと言う。 どうしようもなくなり、妖の血肉を漁るも一年は保たず、……餓死してしまったのだ、と。
「どんなんやろなぁ。 気ぃ狂いそうな暗闇ん中に閉じ込められて、妖の血肉を漁って……、それでも朽ち果ててしまう気持ちっちゅうんは……」
……。
「ま、そんな訳で、飢えで力尽きた巫女さんの『魄』は、八又九尾の瘴気をまんま引き継ぐ感じで、立派な鬼になったっちゅうわけやね。 めでたし、めでたし」
めでたしめでたしって……。 胸糞悪くなるような話を軽薄に話す営業に、嫌悪感が湧いてくる。
「一ノ瀬君やったっけ? 君は運がええ。 普通、そんな発生してから長い年月経っとって、しかも土着神並みの瘴気を受け継いだ鬼っつったら、うちらの中で、『国滅級』つって、かなりのお値段が発生する案件になんねんで? でも、その鬼、過去に沢山の人達が退治しようと、捨て身でたくさんお札貼って弱らせてるから、一番弱い『鬼級』ってのに分類されんねん。 だいぶ、リーズナブルやで?」
営業は細い目を、より細めて……笑った。




