三善の独白
私は、タカ……柊 鷹斗の事ですが……彼に『赤の書』を譲る事になり、それまで生業としていた妖狩りを引退することにしました。 そこで、妖狩りの時に出来たツテを頼って、再就職することにしたのです。
それは、小学校の用務員でした。しばらくは、昼は用務員、夜は、タカに妖や魄などの知識、『赤の書』の造り出す道具の使い方を叩き込んだり、妖の倒し方を教え込む日が続きました。 やがて、彼一人で充分やっていけると判断した頃、用務員の仕事に専念する事にしました。
その小学校で、私は教員達とも打ち解け、多くの教員から飲みに誘われるほどになったのですが……、このノートは、そんな教員のうちの一人が持っていたものでした。 名を本木と言いました。
先週、本木を見た時、ぎょっとしました。 小学生二体の魄を引き連れていたからです。 先日まで、なんともなかったはずの教員の後ろに無表情な小学生の魄が……。 慌てて、彼を観察すると、顔色が悪く見えました。 明らかに、魄の影響を受けている……。私は、そう判断しました。
「本木先生! 大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
「え? あぁ、三善さん……、今日もこれから施錠ですか?」
私は、力なく答える彼に駆け寄りました。 魄を払うために……。 ですが、途中で思い留まりました。 急に魄に憑かれた、その理由がわからなければ、キリがないかも……と、思ったからです。
「体調が……優れないんですか?」
教員という仕事の都合上、体調が悪いからと、簡単に休めないということは、わかっていましたが、そう声を掛けました。 そして、輪郭がボケかけている方の、古い魄を軽く霊視しました。
『呪いのノート』
十年前、それを見た後、一週間、ずっともう一人の自分に付き纏われ、最後に自殺した……そういう生徒の魄だとわかりました。
もう一体の魄も視ましたが、同じようにノートを見て、もう一人の自分……その魄はドッペルゲンガーと認識していたようですが……に付き纏われた末に自殺した生徒の魄でした。 こちらは、つい先日亡くなった子でした。
どちらも、もう一人の自分に触れられた瞬間に、凄まじい衝動に駆られ、自ら命を絶っていました。
その時は、呪った相手の姿を真似する呪霊が、そした衝動を植え付けている……そう考えていました。 ですから、それはそれとして、とりあえず、本木に魄が憑いている自覚があるかの確認と、その二体の魄に憑かれている理由を調査しないといけない。 そう思いました。
「……先生……最近、体調が悪いんじゃないですか? 例えば、ナニかおかしなものが視える。 あるいは、ナニかに見張られている気がするとか、後をつけられている……そんな感じはありませんか?」
魄に憑かれている自覚があるか、それを確認するための質問を投げ掛けた瞬間、彼の態度が変わりました。
「な、なぜ……それを!? まさか……三善さんにも見えるんですか? あいつが!」
本木には、魄が視えている。 その時は、そう結論付けました。
「本木先生、落ち着いてください。 少し……お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「いや……ちょっと……今日は飲みにいく気分には……」
「いや、今すぐです。 今すぐ、お話をお聞かせ願いたい」
私は、近くの空いている教室に、相談と言えば、酒の席、そう勘違いしている本木を押し込み、鍵を掛けました。 じっくりと対話するためです。
しかし、彼から話を聞いた私は、混乱しました。
彼には、魄が視えている訳ではなく、ドッペルゲンガーが視えている。 そういう話だったからです。
「最初は、ただの疲れだろうと思っていたんですが、……どうも近付いているようで……その、先日亡くなった生徒が……似たような事を口にしていたというのがありまして……。 体調が悪いとかはないんですが……気に……なっちゃいまして……」
視えているのは、魄じゃない? ドッペルゲンガー? 傍にいる魄が、亡くなった時と同じ状況じゃないか?
しかし、本木の周りにいるのは、二体の魄のみ。 ドッペルゲンガー……もう一人の本木の姿など、視えませんでした。 どういうことだろう? 訝しがりながらも、私は続けました。
「……『呪いのノート』……、そう書かれているノート……お持ちじゃないですか?」
そう言うと、本木は、心底、驚いた! そんな表情を浮かべました。 そして、持っていた学級日誌の下から、一冊のノートを取り出しました。 そのノートの表紙には、確かに『呪いのノート』と書かれていたのです。
「これは……ある生徒から譲り受けたのですが……。 いや、まさか……こんな落書きのようなものが本当に……? 呪い……? でも、西川さんは……。 しかし……。 いや、ありえない……」
本木は、だいぶ参っているらしく、返事なのか、独り言なのか、よくわからないような事をブツブツと言い出しました。
だいぶ、精神的にまいっていると感じました。
ノートを受け取ると、二体の魄も、私の方へと移動してきました。 なるほど、この二体の魄は、本木ではなく、ノートに憑いているのだ、と理解しました。
そして、私は躊躇なく、ノートを開きました。
一ページ目には、警告文と『クスノセ ミツキ』という名前が書かれており、そのページを捲ると、意味不明な文章……いえ、あれは文章と呼べる代物ではなかったと思います。 彼が『落書きのようなもの』と評した理由がよくわかりました。
ノートの記述は、そこで終わっていました。
もし、ノートを見る事が、呪霊を認識する条件だとしたら、その時点で、私は条件を満たした事になる。 そう思い、改めて本木を視ましたが、やはり彼の言うドッペルゲンガーを視ることは出来ませんでした。
となると、ドッペルゲンガーは、呪霊などではなく、本人にしか視えないナニか……ということになります。
私の知るドッペルゲンガーは、本人の魄です。 よく言われる『ドッペルゲンガーに会うと死が近い』という話の真相は、ドッペルゲンガーを視るという事が、本人の魄による警告だからです。
人には第六感……いわゆる予知能力が備わっているものです。 『山』の方には、釈迦に説法だとは思いますが、タカには、その辺の知識を教えていませんので、この場を借りて説明させていただきます。
そもそも人には、第六感と呼ばれる、無意識による未来予知の能力が備わっています。 これを意識的に視る事ができる者が、いわゆる予知能力者です。
少し、話が逸れましたね。
とにかく、この無意識の未来予知により、命の危険を察知した際に、本人の魄が警告を発する時があります。 それがドッペルゲンガーです。
魄による警告なので、当然、我々のような魄を視る事ができる者には、しっかりと視認する事ができます。 ですが、彼の言うドッペルゲンガーは、私には視認する事が出来ませんでした。
呪霊でもない。 ドッペルゲンガーによる警告でもない。 私には、彼を助ける術が思い当たりませんでした。 かといって、簡単に見捨てる訳にもいきませんし、私自身もノートを見てしまっています。 なんとか、彼を助ける方法はないかと考えながら、肝心な事を聞いていない事に気付きました。
「本木先生、このノートは、いつ見ましたか?」
「え? これは、えっと、そうですね。 明日でちょうど一週間です」
それは、本当に一刻の猶予もない事を意味していました。
私は、ノートを預かり、明日は休むよう言いました。 一晩、方法を考え、次の日に本木の家で、彼を見張ろう……そう考えたからです。
そして、一晩、ノートを預かった訳ですが、はっきり言って、何も進展はありませんでした。 ノート自体から瘴気が出ている訳でもないですし、術式の痕跡も見つかりませんでした。 さらに、ノートを見たというのに、ドッペルゲンガーが視えることもありませんでした。
ヒントになるのは、二体の魄のみですが、こちらも既に霊視済みでしたので、何度、霊視を試みてみても、新しい情報は手に入りませんでした。




