生産部散歩
「まずは、符……いわゆる御札の製造から見てもらおう」
そう言って、烏丸が案内してくれたのは、地下一階の工房の一角だった。そこには、印刷機のような物がガシャガシャと音を立てて、大量の御札を刷っていた。
え……
御札って、柊が使うような筆で、一枚一枚書いてるんじゃないの? 印刷機? ちょっと、想像を超えていた。
「まじか!? 俺が使ってる符って……大量生産だったのか……」
「ありえへんやろ……」
山村も與座も驚いているようだ。 よかった。 ビックリしているのは、僕だけじゃなかった。
「符。 特に、起爆符や結界符は、この印刷機で刷っている。 なぜかその辺の符は、法師も呪術師も営業も、やたら大量に使うからな。 一枚一枚書いてたら、間に合わないわけだ」
烏丸が、どうでも良さそうに解説してくれる。 が、僕らの疑問は、印刷機でなんで効果が出るのか……だ。
「……山村君、符というのは、どういう原理で効果が出るかわかるか?」
「え……と、特殊なインクかなにかで、それぞれの意味を持つ文字に念を込め……る?」
「ま、概ね正解だ」
烏丸は、刷り上がった札を一枚手に取る。
「だが、それでは量産しようとすると、かなりの労力がかかる。 ただでさえ、ここの奴らは符が大好きだからな……」
「ほな、なんで、こない量産できとるんや?」
「……符というのは、小型の回路のようなものだ。 特殊なインクで、瘴気や霊力が走る回路を象る……それが、たまたま文字の形を取っている……。 それが符というものだ」
僕らの思いが通じたのか、烏丸は面倒くさそうに符の原理を教えてくれる。
彼が言うには、瘴気が走る回路を形成するために、文字だと無駄なところも出てくるらしい。 故に、烏丸が作る符は、文字のように見えて、よく見ると、少し崩れた形にしてあるそうだ。 効果を増やし、無駄を削るために……
「回路の起点に瘴気が反応すると、回路内を瘴気が走り、終着点まで辿り着いたところで、効果が発動する。 ……しかし、その考え方では、穴があるのだが、それが何かわかるかね?」
なんだろう? 穴?
……山村と與座を見るも、二人とも首を捻っている。
「なんだ? 誰もわからんのか……。 答えは、暴発だ」
要は、その符を持っている状態で、妖と遭遇すると、懐で符が反応してしまうということだ。 それが、起爆符だと、ポケットの中で爆発してしまうということだ。 こいつぁ、とんだバイツァダスト(負けて死ぬ)ですよ!
じゃあ、なんで符は、爆発しないんだろう?
「故に、符の起点はコーティングが必要となる。 符を使うという意思を持った少量の霊力で剥がれるコーティングだな。 だから、この方式になる前は、山村君が言っていたように、霊能力者が念を込める事で、コーティングしていた訳だ」
烏丸は、そう言いながら、印刷機をポンと叩く。
「この印刷機では、回路部分を印刷した後に、コーティング用のインクを起点部分に重ねて印刷する事で、その効果を再現している」
なるほど。 そんな原理だったんだ。 ちなみに、そのインクの材料と配合は、回路用もコーティング用も、機密事項という事だった。
「原理原則を理解して、それを再現するアイディアがあれば、今まで特殊技能を持った者達がカンコツで、作り上げていたものも、このように大量生産が可能になる……というわけだ」
目からウロコだ。 こういうものは、霊能者が特殊な技能で作っているイメージだったのに……。
その後、烏丸が案内してくれたのは、アクセサリーを造っている工房エリアだった。
「最近では、こちらに力を入れていてね」
そう言って、見せてくれたのは、赤い石の入ったシルバーリングだった。
「いわゆるシルバーアクセサリーって奴だ。 ま、これはサンプルだがね。 山村君、これを持って、こちらに石の方を向けてくれないか?」
烏丸は、赤い石の入ったリングを山村に手渡す。
「では、『火』をイメージしながら、霊力をリングに流してみてくれたまえ」
その言葉のすぐ後で、リングから、ゴウと火炎放射ばりに火が噴射された。
「うわ!」
驚いた山村がリングを落とすと、烏丸が満足そうに笑いながら、それを拾い上げた。
「見ての通りだ。こいつは、サンプルなんで弱めの設定だが、それでもこの威力だ」
烏丸は、アクセサリーを片手に饒舌に語り始めた。
曰く、銀の持つ波長が人の思考の波長によく似ている。
曰く、故に霊力や瘴気とよく馴染む。
曰く、瘴気を含めた様々な毒素を吸収しやすい。
曰く、多くの者がモチーフのイメージを共有している。
曰く、多くの者が装飾の石のイメージを共有している。
曰く、故に相応の力を持たせることが出来る。
曰く、多くの石とモチーフの組合せを実現できる。
曰く、故に様々な能力を発現できる。
などなど。
「そもそも、狼男に銀の弾丸が効くだとか、吸血鬼に銀のロザリオが効くだとか、銀には魔を打ち倒すイメージが浸透しているからな。 手軽に使える小物という意味合いで、こいつを広めていこうと思っている。 與座君、どうだい? 営業部でいくつか発注してみないか?」
「……えらい魅力的やん。 けど……お高いんでしょ?」
「特殊な割で拵えたシルバーだからな……。 安くても数万円はするだろうな。あぁ、割ってのは銀以外の金属の割合ってことさ。 混ぜる金属も、その割合も機密扱いだから言えないがね……」
「佐藤部長に、予算割り付けられへんか、確認しとくわ」
「ぜひ、そうしてくれたまえ。 よかったら、山村君のとこも検討してみてくれたまえ」
「検討してみます」
二人の顔は、明らかに、そのリングが欲しそうな顔だった。
その後、鋳物を使った、独鈷杵や五鈷杵などの製作工程を見せてもらい、同じように金属の割の話が始まる。 シルバーアクセサリーに共通しているのは、材料やデザインなどの話で、できるだけ、特殊能力を持たない者でも同じ品質を出せるよう、研究されているという話だった。
「刀を打つとなると、残念ながら、まだカンコツに頼っている部分が多いのが実情だ」
そう言いながら、案内してくれたのは、数人が刀を打っている工房だった。 彼らは、見学している僕らを完全に無視して、作業に没頭しているようだった。
「刀となると、割だけでなく、打つ際の温度が重要となるからな。 毎回、温度を計るのは現実的でないため、目視に頼らざるをえない。 そういう定性的な話を言語化するのは、非常に困難でね……。 個々人の経験とセンスに左右されてしまうというわけさ……」
おまけに、品質は完成しないとわからないから、どの工程がどう影響したかを見極めるためには、まず毎回同じ打ち方が出来るようになっているのを前提として、試行錯誤が始まると言うのだから、気が遠くなってくる。
きっと、烏丸が『山の典太』と呼ばれるのは、原理原則を理解し、最適なタイミング、力加減などを再現出来るからなのだろう……。
「まぁ、ざっと案内すると、こんな感じだろうな。 なにか気になったところはあるかね?」
いろいろ思うところはあるが、面白い内容だった。 今まで、こういうものは、職人が一つ一つ、手造りしながら、念を込めたり、霊力を込めたりするイメージだったが、とんでもなかった。
烏丸のイメージも、最初は職人のイメージとは、ちょっと違うなと思う程度だったが、今では完全に経営者のイメージに塗り替えられていた。
「まぁ、妖やら魔物やらを相手にすると言っても、まだ一般的に解明されていないというだけで、充分、科学の範疇にあるということだ。 生産部では、原理原則を大事にして、安定した品質の法具を提供するのが存在意義と言えるだうな。 さ、そろそろ戻ろうか」
誰も、質問してこないのを確認して、烏丸は元の部屋へと足を向けた。
ムームー
「あ、すんまへん。 電話や」
部屋へ向かう途中で、與座に電話がかかる。 正門からの、柊の師匠が到着したという連絡だった。
與座は、烏丸に柊の師匠を連れてきていいか確認し、先代の『赤の書の所有者』なら、大歓迎だという烏丸の言葉を受けて、急いで正門へと向かった。
残された僕らは、そのまま、烏丸の部屋へと戻った。




